狂言
やっぱ、呪術面白いですやんけ
「――まあ、そんな冗談はともかく」
「――――」
不意に、今にも飛びかかりそうな程に憤っていたセフィールに水を差したのは、他でもないメイル自身。
メイルは魔王さながらの冷徹な眼差しでセフィールを見下ろしながら、心底理解できないとばかりに小首を傾げる。
「――何故、お前は沙織に固執する?」
「――――」
「なんだ? それこそ、惚れたか?」
「ええ。違う意味合いでね」
「……え」
と、若干ながらも皮肉交じりの返答であったが、それに対しメイルは不自然な程に硬直してしまう。
そして、直後に頬を真っ赤に染めながら、ドン引きしたように後退し、
「へ、変態!」
「誤解だわ!」
「嘘なのだ! お前の眼差しは妙にねっとりとしてるのだ!」
「違う意味合いで欲情しているだけだわ!」
「ち、違う意味って……! つ、ついにいろんな意味で沙織にも春が……!?」
「だから、違う!」
「はわわわ……」と先刻までの魔王っぽさはどこへやら、初心な少女らしくあわあわするメイルさん。
いっそのこと二重、否四重くらい人格があると説明された方が納得できる。
不意にメイルは若干頬を紅潮させながら、ハッキリと宣言する。
「――お前に沙織を犯させないのだ!」
「犯す!? どうしてそうなったの!?」
「自分の胸に手を当てて考えるのだ!」
「!?」
え? 私そんな素振りしてったけ……と自分でもその明瞭な断言に視線を彷徨わせてしまうセフィールさん。
「……あれ」
よくよく見れば、沙織の容姿はそれこそ同性が容易く欲情してしまいそうな程に可憐で、思わず守ってあげたくなる程に儚い。
「――ほら!」
「ち、違う……!」
今度は濡れ衣とはまた違った意味で大いに狼狽するセフィールへ、さも「真実はいつも一つ!」とばかりなメイルさん。
唐突に訪れるカオス。
先刻までの鎬を削る死闘の緊張感はどこへやら。
なんだろう。シリアスさんは虚弱体質なのだろうか。
(あれ。私の娘って、キチ〇イの類じゃ……)
それも、多分あのスズシロ・アキラと同レベルで。
「……今、物凄く不本意な評論を下された気がするのだ」
「気のせいじゃないわよ」
「またそうやって気のせいって誤魔化そうと……ん? なんだか今、嫌にハッキリと悲しい事実が断言されたような……うん、うん。きっと気のせいなのだ。私がアレな人だなんて、そんなの有り得ないのだ」
「断言するわ。――貴女、スズシロ・アキラと同系統だわ」
「ああああああッッ!!??」
おっと、メイルさん。まるで胸を撃ち抜かれたかのような絶叫を上げ、危うく転倒寸前になってしまう。
だって、あのニンゲンと、同類視されたのだ。
常人ならば誰だって同様の反応をする筈である。
「撤回、撤回するのだ! このクソ蜥蜴!」
「クソ蜥蜴ですって!? もっと教養を身に着けてから出直してきなさい!」
「べー! 教養? ナニソレ美味しいんですかあ!?」
「あっ、ちょ! 中指立てない! 女の子がしちゃいけないゲス顔も厳禁! もっと淑やかに……!」
「知らねえのだ、とコメントするのだ」
「反抗期!? 反抗期なの!?」
「ぺっ」
なんだか、普通に母娘の痴話喧嘩らしき怒声が飛び舞っていらっしゃる。
先刻までの険悪さはどこへやら。
今や理性や尊厳、そのような些事を一切合切かなぐり捨てて、喧嘩に勤しんでいらっしゃるその姿は、まるで――、
「だあからあ! 女の子なんでしょ!? そんな身なりじゃ全然モテないわよ! ガールフレンドが愛想尽くすわよ!」
「ちょ……!? ち、違うのだ! レギとは、別にそんな関係じゃ……」
「私は一度もレギウルス・メイカとは言ってませんよ!」
「あっ……」
メイルさん、どうやら墓穴を掘ってしまったようだ。
放心するメイルへ、「ざまああ」と至高の種族らしかぬ、それはもうすさまじいゲス顔を披露するセフィールさん。
成程。
どうやら、子は親に似るようである。
と、てれてれするメイルの姿を垣間見て、ふいにハッと本来の目的を思い出し、我に返ったセフィールは、メイルが片腕で抱く沙織を指さす。
そして、ようやく和んだ場面は引き締まり、肌を刺すような殺気が常時浮遊するような、そんな雰囲気が……
「とにかく! さっさとその子を返しなさい!」
「だが断るのだ!」
「むきぃ――‼」
「ねえ今どんな気持ちなのだ? 無条件で返してもらえるってそう浅ましい勘違いして、現実に直面したって人ってどういう気持ちぃ!? ねえねえ。ねえったら! ほら、早く答えるのだ。自称至高の存在さん!」
雰囲気が……張り詰める、はず……だったのかもしれない。
メイルさん、どこぞのキ〇ガイを彷彿とさせる勢いでこれ以上にないくらいにセフィールを煽っていく。
あながち、スズシロ・アキラと同系統という推察は間違っていなかったようである。
「くっ……! 埒が明かないわ!」
「ほらほら! 早く誠意を見せるのだ! 具体的には至高の存在さんが『御免なさい! 最高で格好いいメイル様には敵いません!』って地に額をつけながら頭を下げてくれたら考えなくもないのだよ!」
「煩いわね、このキチ〇イ!」
「キ〇ガイって言った方がキチガ〇なんですぅ!」
「ああもう!」
メイルさんのキャラ崩壊が留まることを知らない。
何故かかつてない程に感情が高まっているらしいメイルは、それこそ猛獣のようにどんどん無理難題を吐き散らしていく。
その一言一言の度に堪忍袋の緒が切れながらも、沙織という人質の存在により結局何も言えないらしいセフィール。
「謝って! 今すぐ謝って!」
「貴女は至高の種族になんて無礼なことを……!」
「一応私にも龍の血筋が流れていますか何か? ほらほら、至高の存在なら、至高の存在らしくDОGEZAするのだ!」
セフィールさん、発狂寸前。
何この娘。
私あなたをこんな子に育てた覚えはないわよ! そもそも育てた覚えがないわよ! と錯乱してしまう。
と、それまで罵詈雑言を並べ立てていたメイルさんが、唐突に真顔に戻り。
「――じゃ、死ね」
「え」
直後――隕石と見紛う程の岩盤が、猛烈な勢いでセフィールへ轟音と共に荒々しき大地へと激突していった。
「よし! 正々堂々殺ったのだ!」
どこが正々堂々だよ。その四字熟語の意味を調べなおしてこい。とかいう辛辣なツッコミをする者は今はいない。
メイルさんがとってもいい笑顔で落下していった隕石を一瞥する。
――沙織のプランは単純明快。
――多分、セフィールを正面突破で妥当することはできない
そう断言し、沙織は「でも」と付け足した。
――でも、邪道なら、大丈夫。
その時沙織さんが見せた微笑みを悪魔の嘲笑に思えてしまったのは、メイルのあらぬ邪推だろうか。
それはともかく。
そうしてメイルは沙織のプランを基軸にしていき、大いにこの砦にある物資をパク――借り受け、準備を進めていた。
そして、先刻降り注いだ隕石はその一環である。
(……まさかのメテオインパクト)
無論、先刻の岩盤は正真正銘の隕石には見劣る。
が、メイルが天井に張り付き、密かに何気に得手としている土砂魔術を存分に行使することにより、着実に地盤を脆くしたのだ。
後は、セフィールが足を踏み入れたタイミングで問答無用で切り取った巨大な岩石を落下させてしまえばいい。
そういう算段であったのだ。
唯一の誤算は、セフィールの到着時間。
まさか、完璧に準備が整う五分前に到来するとは……。
それ故にアドリブで沙織はメイルへの足止めを、メイルは地盤の軟化に急ぐと、速攻で役割分担を済ませる。
更なるイレギュラーは、存外早く沙織がやられたこと。
本人曰く、「温存はしない」だったが……あれほど火力、一体全体何を燃費にしたのだろうかと、小首を傾げる。
が、その分も戯言で時間を稼いだのでなんら問題はない。
「――私たちの、作戦勝ちなのだ」
そう、死に絶えたであろう龍へと中指を立て、
「――誰が、死んだって?」
「あ」
そして、次の瞬間にその愚考を存分に後悔することとなった。




