何ぃ!? 何この子!?
まさかのコメディー。
作者の業の深さが伺えます。
「――甘いのよ、貴女!」
「――ッッ!」
この至近距離で、しかも雷光を彷彿とさせる程の速力で正確無比に放たれていったその弾丸は吸い込まれるようにして沙織へ迫りくる。
そして――、
「――ぁ」
「――――」
そして、本来の砲弾程のサイズとは打って変わった微弱な弾丸は、されど確かに沙織の胸元を穿つ。
血反吐が無作為にぶちまけられ、セフィールの頬を深紅に染め上げた。
風穴が刻まれた胸元は、明らかに致命傷。
それこそ、今すぐに治癒魔法を投与すべきで――、
「――ッッ‼」
「――――」
それでも、沙織は大鎌を振るう。
もはや、生への執念は、無い。
ただただ、友人が生きて欲しいという純粋無垢で、おぞましい程に透き通った想いを原動力に、その大鎌が振るわれる。
その鋭利な刀身がセフィールの首筋を撫でる――その、寸前。
「――だから、詰めが甘いわ」
「――っ」
あれだけの熱量でもなお軋みさえしなかったその暫定アーティファクトである扇が、その刀身を遮っており――、
「――『氷爆』」
「――――」
直後に、その奥義を媒介としていき莫大な魔力が溢れ出し――そして、それに呼応して鋭利な氷結していった破片が、散弾のように沙織の華奢な身を穿っていく。
激痛?
否、そのような生易しいモノではない。
例えるのならば、口元に吐瀉物でも呑み込んだかのような、そんな痛烈な異物感が全身を苛んでいった。
そして――神経が、壊れた。
「――――」
度重なる負傷により沙織の脳内はその激痛を受け止めることを断固として拒絶していき、その宿業を放棄していった。
五感が真面に作用しない。
何も感じない、そんな幸せない世界――、
「……死んでないわね」
「――っ」
不意に、不可思議な浮遊感が覚束ない全身を支配していく。
当惑さえもできず、空虚な眼差しで天井を見上げる沙織の、そのシミ一つない首筋を片腕で持ち上げ、セフィールは目を細める。
「――正直、危なかった」
「――――」
「あと一歩で、あるいは私が貴方の立場になっていたのかもしれなかったわ。――貴女は、『弱者』なんかじゃない」
「……ぅっ」
そしてセフィールは、先刻まで路傍の石でも一瞥するかのような眼差しから一転、図々しい程に親しみの込められた眼差しで問いかける。
「もし、貴女が魔術を会得したら、あるいは私を上回る魔術師になるのかもしれない」
「――――」
不意に、沙織のその細身を淡い陽光が包み込んでいき、次第に凄惨な傷跡が逆再生でもされたように修復していく。
これこそが、セフィールなりの誠意の示し方で。
「――貴女は、まだ生きて」
「――っ」
「貴女なら、きっと更に強くなれる。安心しなさい。私が、直々に指南するわ。気づいた時には、きっと貴女は私を超えている」
「――――」
「それでいい。貴女なら、それでいいわ」
既に沙織の致命傷と形容すべき傷跡は満遍なく治癒されており、鮮血さえもご丁寧にハンカチにより拭い去られている。
セフィールが沙織へ注ぐその瞳は――さながら、実の母親のようで。
それは、余りにも歪な、されど不確かな『愛』であった。
故に――、
「――ッッ‼」
「……あ”ぁ?」
――直後、セフィールの右腕に壊れ物でも扱うように大事に抱かれた沙織を、そのうなじに龍翼を羽ばたかせたメイルが奪還していった。
「――貴女、空気を読みなさい」
「――――」
吐き出された、その声音は、どこまでも鋭利であり、明らかに、娘に対する温かみは皆無であった。
その事実に微かに眉をひそめながら、メイルは龍翼により薄暗い空を浮遊し、セフィールを見下ろす。
「誘拐? なんだなんだ。『龍』。お前、少女趣味だったのだな?」
「あらあら。最高に苛立つような声音、ありがとうね。――死になさい」
「――――」
直後、セフィールはその瞳に如実な憎悪と憤慨をあらわにしながら、それでも沙織には被弾しないように圧縮していった弾丸でメイルという愚者を撃ち抜こうと――、
「――秘儀、沙織バリア!」
「!?」
した直後、照準の焦点に突如として沙織が割り込んだ――割り込まされたことにより、全力で狙いを変更。
セフィールの執念により、何とか弾丸は明後日の方向へ。
もちろん、セフィールが沙織の無事であるというたった一つの事実だけに安堵し、その暴虐を許容する筈もなく。
「貴女……その子は、貴女のお友達でしょ?」
「ああ、そうだのだ。でも先刻の雰囲気から察するに、お前沙織に危害加えることできないのだろ? なら、利用するまでなのだ」
「――ッ!」
「それに、万が一沙織がこれに被弾しようが全責任はお前にあるのだ。私は全然悪くないのだ」
まさに唯我独尊。
某傲慢野郎を彷彿とさせる薄笑いを浮かべるメイルを、それこそ射殺せんとばかりに睥睨するセフィールであった。
が、それもこれも的外れではない。
一度沙織を認めてしまった以上、もはや後戻りはできない。
故に、彼女――否、身内に危害を加えるような未来は断固として唾棄しなければならず、故に攻勢に移ることが叶わない。
「このクズが……っ!」
「――勝てばよかろうなのだ」
クズである。
めっちゃクズである。
もちろん、あくまでもこれはセフィールを扇動するためであり、決してメイルという少女の本心ではない。
にしても、だ。
このゲス顔、他者の尊厳を徹底的に踏み下すその眼差し、そして一切合切に干渉されぬとばかりに天上天下唯我独尊の化身ともいえる、圧倒的な威信。
普通に悪役でいらっしゃった。
観察眼に長けたセフィールがいとも容易く騙されてもなんら可笑しくはない位は。
ただ単にメイルが役者なだけなのか、それとも常識人の裏側はだいたいこんな悪辣なカンジなのか……。
いずれにしよ某幼馴染が視認してしまえば吐血しそうな光景である。否、普通に悶死するだけなのか。
閑話休題。
メイルは笑顔で「攻撃したら、分かってるね?」とこれ見よがしに沙織を押し出す、誇張していく。
その度にセフィールの額に幾筋もの青筋が浮かぶ。
いつ堪忍袋の緒が切れても可笑しく無い状況である。
だが、それが成し得ないのは、あまりにも脅迫材料が強力であるが故で。
「この、外道……ッ! 私の家族を返しなさい!」
「返せと言われて素直に返す阿呆な泥棒がこの世界に何人存在するというのだ? ちょっとよく分からないから、聡明な龍殿にご指南願いたいのだ」
「――ッッ!」
演技……きっと、演技……多分。
端麗な容姿の女の子がしちゃいけない顔で、されど正論を嘯くメイルさんのその姿はもはや極悪な犯罪者にしか見えない。
そもそもつい先程までバリバリ殺し合っていた癖に、今更「危害を加えるな!」とか言われたとしても、片腹痛いとしかコメントすることができない。
つまること、半分本心、半分演技である。
「……見逃す代わりに、その子を明け渡すってこと?」
「――?」
セフィールがメイルの意思をくみ取り、そう推し量る。
が、違う。
それは全く見当外れな見解である。
だって、実際は――、
「いいや、違うぞ。蜥蜴」
「?」
メイルさん、今日一番のゲス顔で、もう堪え切れないとばかりに痛烈な嘲笑を浮かべ、宣言しちゃう。
「――お前が自害すれば、沙織を解放してやるのだ」
「ちょ!?」
何その極悪非道な魔王も真っ青な外道な発想!?とばかりに殺戮者が愕然とする脅迫内容を素知らぬ顔で口にするメイルさん。
普通に無理難題であった。
なんだろう、セフィールさんが物凄く頬を引き攣らせている。
数百年ぶりに再会した愛娘(笑)が、こんな有様に……と流石にドン引きしていらっしゃるようである。




