グッバイ
「あー。面倒」
「――――」
襲撃者は、欠伸を噛み殺しながら、流れる水が如き自然さを以てさも当然とばかりに引き金を引く。
それに呼応して木霊する発砲音。
こびりついた鮮血を拭い去りながら、襲撃者はその焼死体を冷ややかな眼差しで見下ろす。
「ん」
「――――」
全身を爆炎により包み、更に脳天や心臓までをも念入りに銃弾で貫いたので。
これだけの致命傷だ。
これを治癒するのは、どれだけ高位の魔術であろうとも到底不可能。
一応、心音も確認したが特に反応もない。
「呆気な」
「――――」
もう少してこずると思っていたのだが……どうやら、買い被りだったらしいと己の慧眼に疑心を抱きながら、歩み寄る。
力なく倒れ伏す、魔王の元へと。
「安心して。――仲良く、殺すから」
「――――」
襲撃者はその瞳に怜悧な――それこそ、機会を彷彿とさせる感情のような紛い物を宿し、魔王を見下ろした。
(拍動は……健在か)
どうせ、散っていった秘書が治癒魔術でも行使したのだろう。
だが、あの激闘の最中満足のいく治癒を成せたとは到底思えない。
(意識もない。存外簡単だったな)
そうどこか落胆にも近い念を抱きながら、襲撃者は弾丸を再度リロード、そして照準を正確無比に絞っていく。
無論、狙い定めるのは無様なその脳天。
この位置、この角度。
如何なる神仏の御業であろうとも、回避は不可能。
「――死ね」
「――――」
廃墟に響き渡るのは機械的な声音――そして、乾いた銃声だ。
相手は魔人族最強の存在。
それ故に、その対応は魔術師として高位ながらも戦闘経験の浅い秘書とは比較にならず、何度も念入りにトリガーを引く。
やがて、六発吐き出し、死亡の有無を確認しようする襲撃者は、なんら前触れなく西南へと全力で跳ね上がった。
直後――鮮やかな火花が荒々しい大地を掠める。
それは、あらぬ方向から弾丸が吐き出された何よりもを証拠――、
「――ッッ!」
「――――」
読み違えた。
そう察知しながら、襲撃者は頬を歪ませ後退しようとするが、そんな彼へと鉄槌と見紛う程に痛烈な一撃が。
腕が弾け飛んだかのような錯覚に陥る。
だが、それらを一切無視し、振るわれたその剛腕の勢いを一切押し殺すこともなく、襲撃者は廃墟の奥深くへ。
「やれやれ……無茶するよ、本当にっ」
廃墟に反響したのは凛とした、されどどこか飄々とした声音で。
青年――『魔王』アンセルは悲壮な表情で立ち上がりながら、ちらりと目下に倒れ伏す、その焼死体を一瞥する。
意識が消失していたが故に、眠っていた間に如何なるイレギュラーが生じてしまったのかは定かではない。
だが、それでも一つ確かに明言できることが。
「……本当に、なんて無茶をっ!」
――やがて次第に灰塵へとなっていくこの焼死体の正体はずっとアンセルを慕っていた秘書で、主の御身を死守するために死力を尽くしたいたことも。
「ん」
「…………」
が、もはや感慨にふける暇なんてない。
木霊していった銃声に敏感に反応していったアンセルは、痛まし気に秘書に死体を一瞥しながらすぐさま飛び退く。
そんなアンセルを掠め、弾丸が虚空を彷徨う。
(銃……どうしてこんなモノが)
銃は、ルシファルス家の代名詞のようなモノであり、同時に今現在はとっくの昔に廃れてしまった品物でもある。
銃を生成できたのは初代当主以外に存在しない。
それ故に銃というアーティファクトは一国に数個存在すれば上出来という程に稀少な物資ということになってしまっているのだ。
それを、何故この男が。
そうした疑心を抱くのは至極当然だろう。
魔王だからこそ、その希少さは心得ている。
と、視線からアンセルの疑念を悟ったのか、襲撃者はどこか誇らしげに、銃をこちらへ見せつける。
「不思議?こんなモノ持ってって」
「……ああ、もちろんだとも」
「ふーん」
「――――」
本音を言うのならば、胸の内を燻るこの激情を手っ取り早く発散してしまいたい。
だが、その愚考は王としての理性が許しやしない。
せめて、会敵するのならば、必要最低限――否、如何なる些細な情報さえも重宝する心構えが重要なのである。
情報は、誇張でもなんでもなく落命の有無に直結する。
だから、今は我慢だ。
と、そんなアンセルの思惑を知ってかしらずか、襲撃者は更にこちらを当惑させるような、そんな発言をする。
「別に隠す程のことでもないからいうけど――拾ったの」
「……は?」
「聞こえない?」
「いや……有り得ない」
「――――」
上記の通り、銃というアーティファクトは既に意図は不明だが初代当主の手により製造方法共々闇に屠られている。
そんなモノを、拾った?
(……明らかに虚言だな)
どうやら、対話を試みたアンセルはとんだ阿呆であったようだ。
そう自分自身に割と辛辣な評論を下しながら、アンセルはそこらの餓鬼であればたちまち泣き叫んでしまうような眼光で襲撃者を射抜く。
「成程。――では、お話はこれまでにしよう」
「同歩」
もはや、会話は不毛。
そう判断し、アンセルは久方ぶりに嫌と言う程に感じるこの激情を発露すべく、馬鹿正直に襲撃者へと特攻していったのだった。
馬鹿正直に突撃?
某ゴリラ野郎じゃないんだ。
もっと、合理的な手段が幾らでも存在する。
「――『天呑』」
「ん」
虚空に展開したのは、ブラックホールのように常時渦を巻く漆黒の空洞だ。
アンセルは躊躇することなく先の見えない暗闇へ身を投げ出し――それと共に、風穴の出入り口が閉じる。
(逃げた……?)
確かに、それは魔王の肩書を考慮してしまえば当然の判断であろう。
そう納得する反面――違和感。
(いや、違う……)
先刻のあの悪鬼が如き形相。
あんな、耐え難き憤怒に染まってしまったような輩が、果たして忌々しき襲撃者を野放しにするだろうか。
――十中八九、否。
「面倒な」
意識を研ぎ澄ませ、微かな物音さえも聞き逃さないように瞑想する。
視界は周囲に散らばった彼らで補うことは可能。
というか、多方面で戦局を観測できるあの目を併用した方が得策である。
(さて……どうくる?)
こちらには数々の視点、更に感知系魔術を多用しているが故にほとんど奇襲なんて通じないことは分かり切っている。
だが、仮に相手がそれを看破していたのならば。
(奇襲不可のこの状況で、相手は如何なる手を打つか……)
聞いた話によると、魔王はその華奢な外見に似合わず、それなりの近接タイプであり剣技の腕前も中々らしい。
ならば、仕掛けてくるのは白兵戦か。
いずれにせよ、現状相手の手札の一切合切を把握していない以上、ありとあらゆる可能性を配慮しなければならないだろう。
(魔王の魔術は……確かに、『天呑』か。相応に厄介だな)
聞く話によると、『天呑』は異空間を生成する魔術らしく、更にそれを悪用してしまえば疑似的な転移も容易だとか。
だが、それならば多角的な視点で対応できる。
「――――」
装備も十二分。
少々得物を浪費し過ぎてしまった感もあるのだが、それを差し引いても有り余る程にこちらの保有物は多い。
(さあ――来い)
瞳は依然閉じられたまま。
が、それ故に視界が移転したことによる混乱が生じることはなく、どこまでも俯瞰して現状を分析することができた。
そして――、
「――ッッ‼」
突如、僕の視界に移りこむモノが。
それを補足した瞬間、襲撃者は開眼することもなく、ただ淡々とそれを正確無比な照準により打ち落とす。
形状からして爆破物の類か。
だが、爆破物も銃弾と同等とはいかないものの、中々に貴重。
それ故に物量を気にする心配は無いな。
そう分析し、次撃に備えようとした次の瞬間――、
「……は?」
唖然と、絶句してしまう。
だが、隠密のエキスパートがこんな間抜けな顔をしてしまったのも致し方ないのだろう。
――なにせ、宙より万もの爆薬が文字通り雨のように殺到していっていたのだから。
刹那――爆音が、廃墟を支配する。
誰がグッバイしたのかは、推して知るべしです。




