終幕
実はガバルドさんの魔術って、ある章で某神獣に瞬殺された哀れな人に類似、というか同一のモノなんですよね。
よかったら探してみてください。
「――俺は、ガバルド・アレスタ。唯の剣士だ」
そう啖呵を切るガバルドを一瞥し――途端、『暴食鬼』は心の奥底から目を剥く。
(魔力が……立ち上っている?)
否。
それ自体は、そこまで不自然な事象ではない。
スズシロ・アキラ然り。帝王然り。
魔術の域に到達した者ならば、この程度、そこまで不思議ではないのだ。
だが――数十分前のガバルドには、それが無かった。
それが、今何故か螺旋を描き荒れ狂っているのではないか。
(この短時間で何があった……!?)
と、心中で悲鳴にも似た絶叫を木霊させ――それと同時に、ようやく正答に辿り着いてしまったのだ。
「――『術式改変』」
「大正解」
即答。
温存という説もそれ相応に有力なのだが――やはり、これが一番。
ちょくちょく例外こそ存在するものの、基本的に人間、というか生物は死の間際に『走馬灯』を垣間見える。
それが、『術式改変』の原動力になることも十分考えられるのだ。
だが、懸念が一点。
「お前は……不死者の類か?」
「いいや? 全然違うぞ」
「――――」
そうでなければ、必然的にたった一つ、疑問が浮かび上がるのだ。
「なら――どうやって、生き返った?」
「――――」
「確かに。確かにボクは君を殺した筈――」
「ああ、だろうな」
「――――」
有力候補はなんらかのアーティストだ。
王国はかの付与術の金字塔たるルシファルス家が存在するが故に、大いにアーティスト生産が盛んだ。
あるいは、ルシファルス家ならば。
だが、仮にこれが的外れであった場合――、
「じゃあ、どうしてお前はこうして五体満足でいられる? ボクは確かに、お前を肉塊にまで砕いたぞ」
「ああ。俺も死んだと思ったぞ」
「なら、どうして……」
「んなの、知らねえよ」
「――――」
ガバルドの声音はどこか投げやりだ。
その仕草はさも真実を語っており、彼自身も途方に暮れていると、そう思えてしまうのだが……無論、提示された情報を信用することは、断じてない。
(駆け引きの一環か……? だが、正体不明な以上、ありとあらゆる可能性を捨て去るわけにもいかない……)
何と悪辣な戦略だろうか。
この土壇場に発言したらしい『術式改変』や、また謎の蘇生魔術さえも同時に警戒しながら戦わねばならないのだ。
厄介、極まりない。
「……悪質なっ」
「お前には負ける」
そう互いに悪態を吐きながら、ガバルドはちらりと倒れ伏す男――長身のエルフを、悲し気な雰囲気で見下ろす。
依然、心音は感じられない。
血液が凝固していることから、死後それなりの秒針が経過したと伺える。
つまり――もう、手遅れ。
そのエルフは、まるで子供を庇うかのような立ち位置で倒れており……。
「そうか。――それが、お前の生き様か」
「――――」
惜しい人だった。
基本的にどのような相手であれ素直になれないガバルドが、外面も内面も、その一切合切を尊敬していると胸を張れるような、そんな存在だった。
その付き合いは、およそ数十年前から。
それを懐古してしまえば、どうしても拭い去れない水滴が零れ落ちてしまいそうになる。
「……俺なんかに、悲しむだなんて贅沢。許されねえよな」
「――――」
そう呟きながら、俺は虫の息のあいつの息子を抱え、そして改めて『暴食鬼』へ対峙する。
「ボクが、その子供の避難を許容するとでも?」
「逆に聞くぞ。――俺が許しを請うと思うか?」
「――――」
絶対に、有り得ないだろうとそう断言できる。
無論、そのような知れたことを聞くために『暴食鬼』が問いかけた筈もなく、彼は舌打ちをしながら抱える子供を指さす。
「君が自らの魔術や異能を開示すれば、その子供を逃がしてやってもいい」
「――――」
成程、悪い提案ではない。
地球上ならば、そんな戯言を聞き入れる価値なしとそう切って捨てることも可能であったのだろう。
だが、此処は『約定の大地』だ。
『誓約』は、絶対。
それを反故することは、何人たりとも不可能である。
それを知らない二人ではない。
あるいは、交渉の余地はまだ有る――。
「――断る」
「――っ」
にべもなく切り捨てられた声音に、頬を固くする『暴食鬼』に、ガイアスはとってもいい笑顔で中指を立て、断言する。
「――テロリストと交渉しない。これは国際常識だぞ」
「――。ああ、そうかい‼」
この期に及んで虚勢を張るか。
そう舌打ちをしながら、『暴食鬼』は突拍子もなく抜刀されていった刀を、片腕でガードしようとする。
『暴食鬼』の身体能力は異常という言葉では飾り立てられない程の品物である。
故に、物理攻撃への耐性も一級品。
今更、斬撃程度、しかもガバルド程度の力量では掠り傷一つさえも刻み付けることができないと、そう認識したが故の判断である。
そして、その判断が正しいのか否かは、次の瞬間証明されることとなった。
「――切り伏せろ」
「――。――!?」
木霊したのは、苦悶に満ち足りた絶叫。
ダンッ。
そんな強かな音を奏でるのは、鮮血だらけの『暴食鬼』の右腕で――、
「!!??」
「――――」
驚愕に目を剥く『暴食鬼』であったが、しかしガバルドは一切そんな彼に頓着することなく、連撃を重ねていく。
(なんだ!? 何が起こった!?)
今、確かに魔力でガードした筈。
だというのに、なんら抵抗できず――否、それこそ幽霊をすり抜けるように、切り裂いていったのだ。
(何故!? 刀身になんらかを付与する魔術か!?)
数十分前のガバルドが振る刃は、鋭利かつそれなりの傷跡が刻まれるとはいえ、言ってしまえばその程度。
だが、それを比較しそもそも抵抗さえないとなると――話が、変わってくる。
というか、仮に刀剣をどうこうする魔術であったとしても、『暴食鬼』にとってはなんら痛痒にも感じない筈。
だというのに、この結果だ。
「お前、何をした!?」
「さあな。精々、その高度な御頭で考えてみれば?」
「――ッッ!」
先刻まであれ程までに侮辱に、尊厳を踏み躙っていた相手が、こちらが得た矜持を完膚無きままに瓦解させようとするのだ。
――必然、許容できぬ。
後悔させてやる。
そんな、あまりにも稚拙な劇場を疑いもせずに抱いた『暴食鬼』は、防戦ではなく、攻勢に移っていった。
――それこそが、勝敗を分けたのだろう。
「おいおい……お前、こんなにも器の狭い駄目男だったのか?」
「――ッ」
明らかに、煽ってきてる。
それを理解していながらも、胸の内をくすぶる烈火が如き激情を誤魔化すことができず、猛然とガバルドへと特攻していく『暴食鬼』
(剣だ! 剣さえ避ければ、大丈夫!)
魔術消費の観点からして、全身があれほどの効力を発揮するとは、到底考えることができず、除外する。
ならば、攻略法は割り出した様なモノ。
(死角――奴の切っ先が届かない範囲内で、神速で移動する……!)
プロットを設定してしまえば、後は疾風が如く。
『暴食鬼』はこうも呆気なく己のちっぽけなプライドが瓦解してしまった事実に我を失い、棒立ちのガバルドの刺客へ足を踏み入れる。
この位置。
この角度。
これならば、容易に奴の不意をうつことも不可能ではない。
「とか思ってるんだろうな~」
「な」
廃墟に木霊したのは、焦燥ではなく、どこまでも呑気な声音。
そしてガバルドは、口元に不敵な笑みを浮かべ――直後、大地にクレーターと見紛う程に巨大な傷跡が刻まれることとなる。
それ程の脚力で跳躍したか。
(『術式改変』の会得に呼応して、それまで扱えていなかった魔術のい類もある程度は併用できるようになったか……!)
そう判断する『暴食鬼』に焦りはない。
速力勝負で自分が敗北を喫する筈が――、
「――油断」
「――ッ‼」
察知したのは、強烈な殺意と気配。
それに過敏に反応していった『暴食鬼』は、その片手剣を振るい――そして、それは空を切った。
「!?」
魔力の滞在、威圧系魔術の付与。
そんなあまりにも稚拙な偽装を見破ることのできなかった。
そして、その報いは、あまりにも甚大。
「術式改変。――『被荊斬棘』」
この斬撃にて――『暴食鬼』戦、終幕。




