その身に獣を宿して
レギウルスさん視点です
ああ、そうだよな。
あんなクズ野郎に期待した俺が阿呆だった。
そもそもの話、これだけお膳立てされたのにも関わらず、これだけ苦戦してたんじゃあ、心底格好悪いよな。
だから――これからは、それを差し引いても誇らしげに胸を張れるような、そんな逆転劇にしなければ。
と、言うワケで。
「餓鬼。残念なことに、お前はメイルに褒めてもらうための踏み台になってもらうぞ」
「ふーん。できるの?」
「ハッ」
こんな会話を交わしている最中にも、俺の両腕は神速の勢いで加速し、殺到する凶器の雪崩を捌き切っている。
だが、おそらくそれにも限度があるだろうな。
対して、推し量るに餓鬼の方は制限無し。
『自戒』の観点からしても間違いないだろうな。
長期戦は圧倒的に不利。
望ましいのは、ほぼ一瞬でケリをつけられる状況下。
俺は、必死に迫りくる凶刃を捌きながらも、それに平行して打開策を編み出そうとする。
だが、悲しいかな。
俺の知能はそこまで高くはない。
というか、ぶっちゃけゴリラと同義である。
アキラのような聡明な奴でもない限り、この集中力が確実に削がれていく状況下でそんな余裕はないだろう。
俺もまた然りである。
だが、無策で挑むのは愚の骨頂。
しかし、編み出せる策略が存在しない。
そんな時に、どうすれば得策なのだろうか。
「――んなこと、分かり切ってんだよ」
「――――」
そう嘆息し――直後、俺はそれまで握っていた『紅血刀』を、鞘に納めていった。
「!? 自害でもする気なのかな!?」
「いいや、違うぞ」
心中?
プライドという概念が服を着て歩いているような存在である、この俺が?
「――片腹痛いわあ」
「――――」
俺がどうして得物を捨て去ったって?
そんなの、分かり切ってるっしょ。
どこか失望したかのような眼差しで餓鬼は俺を射抜き、そして最大出力で凄まじい密度の弾幕を拾うしていった。
全方位から溢れ出す管の一切合切を回避するのは、神仏の御業であろうとも、流石に無理があるだろう。
詰みの局面だな。
「――――」
「な」
そう俺はやけに俯瞰して分析しながら、無造作に剛腕を振るった。
それと同時に、一足早く俺へと急迫していった管の奔流が跡形もなく消滅していき、のみならず余波のみでそこらの器官が崩壊していく。
俺はやや痛む右腕に眉を顰めながら、ちらりと唖然とする餓鬼を一瞥する。
「お兄さん……なんだ、その膂力は」
「なんだ? もう、知ってんだろ?」
「――――」
そうだ。
俺がつい先刻併用していった技は、アキラ曰く魔術師ならば一度は経験していった奥義にして諸刃の剣らしい。
それ故に、愛用する酔狂な輩なんて世界中のどこを血眼になって探し出したとしても、きっと存在しないだろうなあ。
――それは、魔術界における三大バグの一つ。
それこそ、『月』にまつわる彼らさえも想定だにしていなかったそのイレギュラーは、今だけは俺に比類なき万力を分け与えてくれる。
「――『獣宿し』」
「――ッッ」
直後――深紅の閃光が迸り、立ちふさがる一切合切を薙ぎ払っていった。
「くう……! これなら――」
「――――」
やや錯乱したように無闇矢鱈に鞭のようにしなっていく、変幻自在の管が肉薄していくが、その程度、創意工夫とは言わないな。
俺はそう心中で指摘しながら、乱雑に腕を振るう。
それと同時に、鮮烈な稲光と共に迫りくる管の一切合切が消失していった。
「お兄さん……それは、まさか……」
「ん? ようやく気が付いたか?」
どうやら、あの餓鬼も、先刻燦然と煌めいていった閃光を一瞥して、俺が如何なる奥義を併用したのか、悟ったようだ。
そのネコ科を彷彿とさせる真ん丸な瞳に宿ったのは、隠し切れぬ畏怖だ。
だろうな。
このバグを、こうも多用するだなんて、正気の沙汰じゃない。
それこそ、あのアキラさえもあれを使用してしまった途端、骨髄至るまでが軋み挙げ、激痛に悶えていたほどだ。
だが――、
「お兄さん、死ぬ気!?」
「いや、違うぞ」
大海原を彷彿とさせる勢いで俺へと波打つ器官の一切合切が傷跡を刻み込むこともできず、無様に消えゆく。
が、それに反して俺は無傷同然。
否、実際は少々骨やら筋肉やらが甚大な衝撃によりひび割れていたりもしているが、言ってしまえばその程度。
それ故の異常事態に唖然を目を見開いているのだろう。
俺も、そろそろ人間離れしてしまったなあ……と呆れ果てながら、今度は防御ではなく、攻勢にでる。
「くっ……!」
「――――」
それは、魔術界における最大のバグ。
魔力因子が意図的にぶつかり合うことにより、膨大という形容さえも相応しくはない勢いでエネルギーが膨張していき、そこら一帯に甚大な衝撃を加えていく。
が、しかしこれは諸刃の剣。
それを行使する度に、波の術師ならば血肉が抉れ、十中八九死に至ってしまっているだろう。
が、悲しいかな。
俺がその苦しみを体感することはない。
『自戒』により保有する魔力の一切合切を強制的に身体強化に極振りしてしまった俺の肉体は、もはや生物などという範疇を明らかに遺脱し、いっそのこと新種生物同然の身体ということになってしまっていた。
それ故に反動を気にすることなく、こうも連打することができるんだよなあ。
まあ、そんな雑談はともかく。
「さて――逆転劇の開幕だぞ?」
「――ッ!」
珍しくも、餓鬼は俺の戯言に付き合う素振りさえ垣間見せることもせず、黙々と管の包囲網の見る度を上げていく。
ついでに、魔力によるコーティング込みだな。
それ故に、その強度は初期の状態の比ではない。
だが――それも、不毛だと思うがな。
「ふんっ」
「――っ」
横薙ぎ一閃。
そもそも俺は生身なので一閃もクソもあるかとそうツッコみたいのだが、膂力が上昇しすぎてこんな様になってしまったようである。
流石に俺自身もドン引きである。
まあ、それはともかく。
「さて……餓鬼。ちょっくら、付き合ってくれよ」
「――!?」
直後、俺の姿形が掻き消える。
が、今回に関してはさしも餓鬼であろうとも、気配を探ることが叶わず、その視線は常に彷徨っている。
なにせ、今現在俺は全身に『獣宿し』を併用しているのだ。
そして、『獣宿し』が及ぼす効果は脚力も例外ではない。
一陣の疾風と化し、そこらを転々とする俺を、もはや餓鬼は視認することもできないようで、直後にもはや補足を諦観してしまったようだ。
直後、暴虐ともいえる愚行に打って出る。
「いいよ。ボクに姿を見せない心算なら――嫌でも、引きずり出す」
「――――」
直後に俺を射抜いたのは猛烈な狂気とも形容できる、そんなおぞましい感情の渦――。
そして、餓鬼はそれまで展開していた管の一切合切を、たった一点へ加圧、圧縮、集束させていく。
そうして出来上がったのは、歪な色彩の球体である。
何をする心算なのか。
そんなの、分かり切っている。
(おいおい……全方位に、無作為に管を伸ばそうってか!)
確かに、それならば強引とはいえども、俺の輪郭を補足することはできるし、できなくとも距離を取り、負傷した傷跡を治癒することも容易だろう。
そうなれば、少々厄介だな。
「――っていうワケで、死ね」
「だろうね‼」
俺はそう判断し、即座に餓鬼の背後に回り込むが……それを敏感にも察知した餓鬼の口元に浮かんだのは、醜悪な嘲笑。
嵌められた。
そう看破した時には、もう何もかもが手遅れであった。
「アハッ。圧縮した管。――これなら、お兄さんを貫くこともできるでしょ?」
「――――」
餓鬼は響いたのとほぼ同刻、圧縮していった管の球体が蠢きだす。
そして球体は、やがて超高速で鋭利な大槍を象り、俺へと最高強度の一撃を猛烈な勢いで放っていった。
それを認識した瞬間、本能がけたましく警鐘を鳴らす。
――死ぬ
そう、察知し――俺は、毎度の如く笑みを浮かべることもなく、ただ裂帛の気合を響かせ、虚空を踏み込んで――!
「――『臨界』ッッ‼」
――そして、火花が散っていった。




