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VRMMОで異世界転移してしまった件  作者: 天辻 睡蓮
五章・「モノペウス・ザ・ネーロ」
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あれ。居たんですか陛下


 ライカちゃんは、地味に気に入ってます













「――ッッ」


 グレンが空間魔術が付与された特殊なポーチから鎖鎌を即座に取り出し、万全の状態に整え、正確無比な斬撃を放つ。

 その、二秒前。


「――――」


 帝国序列二位の青年にも引けを取らない圧倒的な脚力で帝王――ライカは『龍』の懐へ潜り込み、大剣を振るおうとする。

 その、数瞬前、


「へえええええっ」


「――――」


 浮かんだのは、焦燥でも、まして恐怖などではなく、堪え切れぬ失笑であった。


 遅れて、その異変に勘づいたライカを、クリスは立場云々の事情を一切無視し、蹴り飛ばした直後――、


「――『常闇』」


「――――」


 紡がれるのは、どこまでも億劫そうな声音。


 だが、そのどこまでも活力とは無縁場声色とは裏腹に、直後に生じた変動はあまりにも劇的であった。


「――『喰龍』」


「チッ」


 詠唱が囁かれた直後――唐突に、影が膨れ上がる。


 本来、言うまでもなく影に実態などなく、それは赤子であろうとも容易く理解できてしまう、自明の理であった。

 だが――その条理が、今、完膚無きままに崩れ落ちる。


 『龍』の暗澹たる魔力が存分に注がれていった影は、突如として暴力、やがて明確な形を織り成していく。

 ほんの一瞬で生じたのは、龍の頭部を模範した影。


 蠢くそれは、たかが影遊び。

 そう断じるのはあまりにも容易であるが――支払うツケは、あまりにも甚大であろう。

 

 そして、それは刹那の間を以て証明されていった。


「――グレンっ!」


「承知っ」


 声を張り上げるクリスの婉曲な意図を余すことなく理解していったグレンは、即座に忌々しき上司の指示に付き従う。

 幸い、クリスは武具の性質上、中距離タイプ。


 この距離ならば――まだ、間に合う。


「疾っ」


「――っ」


 脚力を存分に駆使し、死力を尽くす勢いで鎖鎌を『龍』――ではなく、クリスへとおおむろに振るう。

 この武器との付き合いもそろそろ長い。


 当初は幾度となく腕前の稚拙さ故にヘマをやらかしたモノだ。


 だが、この武具を選択してからおよそ十五年後の、今。

 

――この期に及んで、今更失敗しましたなんて、絶対に顔向けできない。

 

 そして、縦横無尽に虚空を駆け巡った鎖鎌は、グレンが狙い定めた通り、その鎖を以てクリスを雁字搦めにする。

 戦闘中、しかも未知の輩の眼前にて、この愚行。


 本来ならば無礼千万を切り捨てられてもなんら文句を言えないが――、


「はぁっ」


「――あんがと、グレン!」


 クリスが発したのは、怨嗟でも憤慨でもなく、無垢な感謝の念であった。


















 それもそう。

 なにせ――数瞬前、クリスが滞在していたその空間は、『龍』から溢れ出した異形の影により先が見えない程の傷跡を深々と刻まれたのだ。


 クリスの速力も中々のモノ。


 『最速』はあのうざったい青年により剥奪されてしまったが、その脚力はなんら衰えていないだろう。

 並大抵の攻勢ならば、容易く培った経験をフル活用して回避する。


 だが――今現在クリスへと放たれていったモノは、決して生半可な品物ではなかったのだ。


「……なんだよ、アレ」


「……おおよそ、予測はつきます」


「まあ、そうだな」


 肩で息をしながら、クリスト一瞬たりとも『龍』から目を背けることもなく、そんな会話を交わす。


(おいおい……なんだよ、あの魔術)


 魔術の異様さに、珍しくもクリスが本心から心底戦慄する。


 先刻解放されたあの影の獣。


 異常なのはその威力、及び効果範囲である。

 速力はそれこそ現『最速』さえも凌駕するレベルであり、げに恐ろしいのは、それが及ぼす魔術範囲である。


 目測で、およそ半径五十メートル。 

 

 それこそ、身躱しの達人たるクリスさえも真っ先に匙を投げるレベルである。


(いや、違う。重要なのは、そこじゃない……!)


 確かに、これだけの魔術範囲、十二分な異常だ。

 だが、それよりもなお目を剥かずにいられないのは、それだけ魔術範囲に魔力を削いでいながら、これだけの出力を安定させることができるその異彩な手腕である。


「……ったく、『自戒』っていう概念完全に無視していやがる」


「いいえ……推し量るに、逆かと」


「逆ぅ?」


 紅蓮の不可解な発言に眉をひそめるクリスへと、グレンは『龍』に悟られないように、やや小声で告げる。


「あれだけの出力を、この規模で。明らかにカラクリがあります」


「……純粋に魔力で補完してるっていう可能性は」


「無きにしも非ずですが……ほぼ、その可能性は皆無かと」


「――――」


 立ち上る魔力は、それこそ大陸レベルで最高位のレベル。

 

 だからこそ、身近にそれと同程度の魔力をさも素知らぬ顔で保有している帝王が居るからこそ、それを見破れる。


「適正にもよりますが、あるいは純然たる魔力のみでこのような神仏の御業を成し遂げるのは、不可能ではないでしょう」


「なら……」


「――ですが」


「――――」


 クリスの声音を遮るようにしてグレンが冷静に静やかな声音を発した。


「不可能ではない。ただ、それだけです」


「――――」


「おそらく、一度魔術を行使してしまうことへの難易度はそれほどまでに高くはないでしょう。――ですが、それを維持するのに必要不可欠な魔術に関しては、少々目に余ります」


「……成程な」


 基本的に、それを実行する際に必要不可欠となる初期魔術に比例しれ、それを維持する魔力は膨大になっていく。

 そしてグレンは、ちらりとこちらの様子を伺う『龍』を一瞥する。


 こちらの隙を伺い、悠々と夜を泳ぐ影も、同時に。


「……間違っちゃ、いねえな」


「ええ」


 仮にクリスの推察が的を射ているのならば、何故わざわざご丁寧にも、影を顕現したままでいるのだろうか。

 罠?


 否、それは余りにも愚昧な評論。


 影を維持する際に必要な魔力と、それを引き換えに得た小さな隙。


 これらを天秤にのせれば――どちらが重要なのかは、明白である。


「……もしかして、法王タイプか?」


「一理ありますね」


 ちなみに、帝国において法王のそのあまりにもイカれた『自戒』手段を、基本的に法王タイプと呼称している。

 定着してしまった要因は、法王の長寿さ故。


 ちなみに、彼のその生きざまに感化され、愚かにもそれを実行して廃人同然に成り果てた存在もいるのだが、それはまた別の話である。

 

 閑話休題。


「……さて、だったらどうする?」


「どうしようもありませぬな」


「そこまでハッキリ言うかね、普通」


「無論」


 『自戒』の手段は法王タイプならば、そもそもこの時点で『自戒』を解き放っているので、本当にどうしようもない。

 ただ、唯一の希望は――、


「――ですが、まだ断定はできませぬ」


「――――」


「情報が微弱過ぎる。これだけの情報では、真面に推察することなど到底不可能でしょう」


「……実験体になれってか?」


「言うに及ばず、私も同行致しましょう」


「慰めにならねえよ」


 そう悪態を吐きながらも、もはやそれしかないと悟ったのかクリスは懐から鋭利な小太刀を取り出した。


 それを見届けながら、グレンはちらりと距離的な要因から仲間外れにされていたりもしたライカちゃんを一瞥し、


「あっ。居たんですね、陛下」


「居たよ!? ずっと前から!」


「いえいえ、御冗談を……」


「何!? 君、喧嘩売ってるのかな!?」


 ライカちゃん、堪忍袋の緒が切れちゃったらしい。


 内心で「ざまぁ」と忠臣らしからぬ下衆が尾を露呈しながらも、グレンは鋭い瞳でライカを射抜く。


「陛下。私たちが足止めしている間に、魔術の用意を」


「……援護?」


「いいえ。――大魔術でございます」


「……十数人でやっとな大魔術を、時間制限つきで、しかも単独で構築しろって、ホントに無理を言うよ」


「お褒めにあずかり、光栄でございます」


「誉めてないっ」


 と、どこぞの土曜アニメの定番のやりとりを交わしながら、


「では――滅ぼしましょう。我々の手で」


「うんっ。もちろんだよ」


 互いに獲物を構え、そう啖呵を切ったのだった。

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