紅の惑星
ちょっとサブタイトルハチさんのあの楽曲に影響されましたかね。
ちなみに、本編に彼は全然関わっておりませんよ。
「――――」
沙織の首筋から、滝のように汗が滴る。
今現在、沙織が展開し、そして余すことなく掌握してしまっている烈火の範囲は、それこそ廃墟を覆い尽くす程の規模だ。
そもそもの話、火炎魔法の過程に、炎熱の掌握なんていう概念は存在しない。
指向性もクソもない、ただただ無様な火炎を吐き出すだけである。
無論、この世界はそれで生きていける程、甘くはない。
それ故に、己の不甲斐なさを自覚した沙織が不断の努力により会得したのが、この魔力掌握術なのである。
熱量、指向性、速力。
それら一切合切を、さも当然とばかりに調節できるまで、一体どれほどの歳月を棒に振っただろうが。
だが――ようやく、それが実を結んだ。
そう、目下の光景を見上げる沙織は、感慨を抱かずにはいられなかった。
同時に、
「――『インフェルノ』」
「くぅっっっ‼」
そこらに展開してあった烈火をこねくり回すことにより、稚拙ながらも簡易の刀剣を生成していった。
だが、異常なのが、その物量。
「……もう、なんでもありだわあ」
「誉めてくれて、ありがとね」
「何度も忠言するけど、称賛した覚えはないから」
セフィールが頭上を見上げながら、乾いた笑みを浮かべる。
月下を煌くその刀剣の総量――およそ、二万。
そして沙織は。、それら一つ一つを、余すことなく支配していた。
(前言撤回よ! この子にとって、魔術なんかなくてもいいんだったわ!)
もはや、何故その領域に達していないのかが心底不思議である。
魔力の掌握は魔術において基礎的な技術であり、同時に最難関でもある。
それを、この年でこれほどまでの練度で仕上げてしまうとは……。
「……恋人共々、化け物ってことね」
「ち、違いますう! そんな関係じゃないよ! ……今は」
「――――」
なんだろう、この気持ち。
仲睦まじい二人の仲を、文字通り爆破してしまいたくなってしまったセフィールさんであった。
「青春かよ!」とツッコミたくなるのを誠心誠意我慢し――直後に、実に素敵な不敵な笑みを浮かべる。
「私は貴女の恋路を応援しているわ。――たとえ、不慮の事故でその片方のお亡くなりになっても、ね?」
「――射抜く」
瞬間――幾星霜もの、致死の弾丸を、夜空を彩った。
その前兆を過敏にも察知したセフィールは、人間体でありながら、その背中に龍翼を生やし、超高速で飛翔していく。
(……本当なら、完全な龍形態を披露したいわねえ)
が、それは終ぞ叶うことはないだろう。
この密度の弾幕だ。
龍形態に転変するのならば、必然的に龍鱗に覆われることとなり、耐久もそれ相応の品物となるだろう。
だが、悲しいかな、その反面、面積の大きい龍形態では、格好の的になってしまうのも、また事実。
それに、押し寄せる弾丸の威力も並大抵のモノではない。
それこそ、龍たるセフィールさえも危惧する程の練度。
(だから、変幻するのは翼程度で十分……!)
この規模だ。
流石に、ただの魔法使いがいつまでもこの火力を維持することは、到底不可能であることは、容易く推し量ることができる。
(あの子の魔力からして、タイムリミットはそう遠くない筈……!)
推測では数分程度という塩梅だろうか。
この火力は十二分に龍たるセフィールを滅ぼしてしまう程のモノであるが、それももうじき魔力枯渇により収まるだろう。
セフィールが焼き滅ぼらせるのが先か、それとも逃げ切れられるのか。
「……中々にくそげーね」
と、どこかの誰かが日々口癖のように呟いていた声音を反芻しながら――一拍、その瞳を凝然と見開く。
「――来い、ニンゲン」
「征く」
刹那――業炎が乱舞し、氷結が大いに猛威を振るっていった。
「――――」
瞑想し、視界を飛翔する爆炎に移し替える。
この行為を実戦で扱うとは、想像の埒外ではあるのだが、現状あちらにこちらを害する暇がない以上、心配は無用だろう。
それに、沙織の周囲には最高火力の烈火が覆っている。
万が一のことがあったとしても、即死するということはないだろう。
仮に負傷したところで、こちらは治癒魔法持ち。
ならば、多少のリスクをここで背負っておくべきなのだろう。
「――ッッ」
加速していった炎剣がセフィールの柔肌に斬撃を刻む――寸前。
直後、炎剣は容易くセフィールにより片手間で氷結されてしまい、本来の宿命を真面に果たすことができなくなってしまった。
が、その代償に、セフィールの意識をほんの少しでも削ぐことに成功。
「足がお留守だよ」
「――ッ」
足元へ、烈火が存分に牙を剥く。
荒れ狂う魔力の荒波の中、微弱な魔力の流れから、次手を推察するのは至難の業であり、その証明に、次第にセフィールの負傷も多くなっていく。
だが、セフィールとて『龍』。
その自己治癒能力は生半可な品物ではない。
(……もう修復している)
先刻の、足首を切り払う心算で振るった烈火により刻みこむことに成功した傷跡も、今や見る影もない。
――龍は、至高の存在。
おそらく、その評論は案外間違っていないだろう。
その魔術操作技巧はもちろん、最も常軌を逸しているのは、その瞬く間に致命傷を無傷で転変してしまう自己治癒能力。
その動力源は、おぞましい程に膨大な魔力。
残滓さえも、生半可な魔法に浪費するであろう魔力に匹敵してしまう龍のその体内を巡る魔力により、ありとあらゆる必中必殺の一撃は、そこらの有象無象が放った初級魔法同然へと成り果ててしまうだろう、
「……本当に、面倒だね」
「それは、結構っ、だわ」
「だから、誉めてない」
激戦故に途切れ途切れなセフィールの返答にやや微苦笑しながらも、沙織は一向に攻勢を緩めることはない。
夜空を満天に飾り立てる幾多もの炎剣は、縦横無尽に虚空を駆け抜けていき、セフィールへと到達する――、
「――だから、無駄よ」
「――――」
あくまでも、こうしてセフィールが無様にも逃げ惑っているのは、一度に多大なダメージを喰らわないようにするため。
今更、その断片を喰らったとしても、なんら痛痒も感じないだろう。
「――それは、どうかな?」
「――――」
直後、夜空をその爆炎は照らし出す。
だが、明らかにそのサイズが異常であった。
それこそ、東京タワーにさえも匹敵する程の大きさであり、無論如何なる小細工もこれの前では不毛と成り果てるだろう。
ご丁寧にも、インパクトの直後に『獣宿』という熱烈なプレセントつきである。
ちなみに、『獣宿し』は基本的に魔術師にしか生じない現象であるのだが、それは魔術師程度しか魔力の掌握を習得していないため。
『獣宿し』の本質は、結局のところ魔力掌握術に帰結するのである。
だからこそ、このような芸当も、基礎さえシッカリしていれば容易なのである。
更に、この広範囲。
「……貴女、そんなに純粋な魂もってて、なんて殺意なのよ……!?」
「メイルを嘲弄したからね。――御免けど、私情もりもりだから」
「――ッッ。らしいわねえ」
死闘に私情を織り込むのは禁忌ともいえる所行なのだが、そんなの、本当に今更だと、そう思いっきり開き直り――、
「――悲しいけど、眠って」
「随分と控えめな表現ね!」
そう、頬を引き攣らせながらセフィールが怒鳴った直後――世界を、深紅が染め上がる。
それは、流星群のように、無慈悲な神の意志を体現するかのように、セフィールを滅ぼさんと、牙を剥く。
「――ッッ」
セフィールの龍翼が存分に羽ばたく。
もはや、回避なんていう概念が酷く滑稽に思える程の広範囲の流星であるのだが、一応抗う所存らしい。
無論、無駄だが。
「落ちて、星」
「――――」
そして――刹那、夜景を星々が深紅に染め上げる。
「――『紅星』」




