悪辣な嘲笑
ガバルドさんサイドです
ある、朝日が燦然と煌めく、在りし日にて。
今現在――アキラさんは、とっても面倒臭そうな顔をしていらっしゃった。
「龍穿ぅ?」
「ああ、そうだ」
断定を受けて、更に嫌そうに顔を顰めるアキラさん。
何を隠そう、ガバルドに声をかけられるその直前まで、愛しの沙織と談笑に興じていたりもしたのだ。
そして、その実沙織はあるルーツ故にコミュ障気味だったりする。
天真爛漫で朗らかな性格であるのだが……初対面、もしくはそれに類似する関係の他人と接するのは、地味に苦手なのである。
そして――ガバルドの顔面は、ちょっと……。
マフィアさながらの風貌の男が、心底不機嫌そうにこちたへ声をかけてきたのだ。
気弱な、沙織に!(誤解)
必然、逃げる。
それはもう、脱兎のように。
必然、アキラさんもキレる。
「ん? 何のようでございますかねえ、クソ野郎」
「……なんでキレてんだよ」
「自分の胸に手を当てて考えてみればあ!?」
「?? やってみたのだが、全く理解できんぞ」
「天然かよ!」
ガバルドさん、アキラの痛烈な皮肉を外面だけ受け取り、実行してしまっていらっしゃった。
この年で、その顔面で、あの風体で、天然。
常人なら、盛大に嘔吐するであろう悪夢である。
無論、純真枠は沙織において他ならないという確固たる持論を保有しているアキラも、ちょっと危なくなった。
が、何とか堪え、心底恨めしそうにガバルドを睥睨する。
「……で、何の用? 三秒で済ませろ。さもないと殺すぞ」
「いやいや、今回は冗談でも洒落でもなく、マジなんだって……」
「三秒経ったぞ」
「ぐはっ!?」
アキラさんの突拍子もない鉄拳、鳩尾にクリーンヒット。
何気に身体強化されていたので、さしも『英雄』たるレギウルスであろうとも悶え苦しんでしまう。
流石のアキラも、その苦しみ様に憐憫を――、
「オラッ、何寝っ転がってんだよ。さっさと俺の機嫌を伺いながら、本筋を手短に、分かりやすく話せよ」
垂れる筈がなかった。
成人した大人であろうとも、その眼光を浴びた瞬間無様に泣き喚きそうにメンチを切るその姿は、完全にヤ〇キ……。
どうやら、余程沙織との談話を邪魔されたことが腹立たしいらしい。
なんとも理不尽な理由である。
「お前……絶対後で殺すっ!」
「『英雄』。ケツを開拓させられたくなかったら、もうちょっと順々になれ」
「自分マジ調子乗ってました!」
アキラが懐に下げた『羅刹』の刀身をのぞかせた途端、恥も外聞も一切合切投げ捨て惚れ惚れするような土下座を遂行するガバルドさん(四十代)。
ちなみに。こうしてガバルドがプライドもなく全力で許しを請うのには、『前例』が存在したからである。
(悲しい、事件だった……)
率直な話、沙織は滅茶苦茶可愛い。
それこそ、女神さえも溜息を吐きそうな程である。
故に、ちょっと商店街へと足を運べば、たちまち注目の的となってしまい――時には、古臭いナンパなんていう愚行を決行する者も。
ナンパなんて愚の骨頂。
なにせ、一つ間違えば犯罪なのだ。
今時、そんな愚昧な真似を決起するような酔狂な輩は、何気に治安がいいこの国には存在しない――筈であった。
だが、悲しいかな。
沙織という存在は、そのリスクさえも霞む程に魅力的だったのである。
そして、丁度その現場にはアキラさんが隣に居て。
結果、ナンパという愚行を遂行した輩には、「制裁」という名目により、その尻に物凄く太い太刀をぶっ刺されたのである。
無論、他殺の有無を問われるのは面倒なので治癒魔術は仕掛けてあるが、出血自体は停止させたものの、穴はご丁寧にもお残しするという嫌がらせつき。
その後、男の子でも女の子でもなくなった彼ら(?)がこの先どうなったのかは……きっと、神のみが知るだろう。
そして、彼らのアフターストーリーを一瞥してしまった一人であるガバルドさんは、もちろん性別不詳の存在に成り果てるのは勘弁である。
それ故の誠意、それ故の土下座である。
「ふむ……実るほど何とやら。余程頭が軽いと見える」
「――――」
と、どこぞの暴君みたいな台詞を言っちゃうアキラさん。
(こいつ、絶対ぶっ殺してやる……!)
『英雄』あるまじき恥辱に顔を真っ赤にしながらプルプルと小刻みに震えるガバルドを、アキラは家畜でも見下ろすかのような眼差しで見つめる。
そして、流石のアキラも、ガバルド(四十代)の晴れ姿(笑)を哀れに思ったのか、目を細め、酷く慈愛に満ちた声音で――、
「――三年後、話を聞いてやるよ」
「ぶっ殺してやんよおおおおおおおおおッッ‼」
自らに非があるとはいえ、土下座までして、この仕打ち。
ガバルドのこの激昂も、あるいは頷けるのかもしれない。
無論、無情かつ不機嫌なアキラさんに、そんな言い訳が通用する筈もなく、その後ガバルドが謎生物の瀬戸際を彷徨ったのは、もはや言うまでもない。
(悲しい、事件だったな……)
あの後、色々と弁座を図りながら、絶好のデートスポットやらをありったけアキラに指南することにより、何とか生還を果たしたガバルドは、その在りし日のちょっとした事案に、場違いにも苦笑してしまう。
だが、あの土下座には、意味があった。
――情報の礼だ。十分程度なら話を聞いてやるよ
アキラさんの口から吐かれたこの台詞に、ガバルドが「ツンデレかよ!」と声を張り上げたのは言うまでもない。
地味にガバルドへの敵意が募っていたりもしたアキラが、その後笑顔で某帝王ちゃんにあることないことを吹き込んだのも、言うまでもないだろう。
閑話休題。
ようやく、あのアキラから妥協を得ることが叶ったガバルドは、その後起こるであろう悲劇を知る由もなく、直々に指南してもらい――そして、遂にそれを会得するに至った。
「――『龍穿』」
――神話の存在、『神獣』が愛用したその弾丸を。
加圧、圧縮、発射。
言うは易く、行うは難しなんて言葉がピッタリなプロセスである。
懇切丁寧なマニュアルがあるアキラは、まだマシだ。
それをアキラの助言があったとはいえども、ほぼ独学で会得したガバルドのそれは、もはや執念ともいえるだろう。
だが、風体なんて、どうでもいい。
「お前……ッッ」
――ようやく対峙した怨敵の脳天を射抜けるのならば、心底どうでもいい。
ガバルドが虚空より生成していった水滴を加圧していき、極限の域に達した直後に、氷結してしまう。
その切っ先は、それこそ太刀に匹敵する程に鋭利となっている。
これこそが、『蒼梟』の技巧を、ガバルド龍にアレンジしていった秘儀である。
そして――その弾丸が、猛烈に加速していき、憎き怨敵の脳天目掛けて虚空を直線状に飛翔していった。
「終いだ、『暴食鬼』」
「くっ……!」
これまで、ただただガバルドは隔絶した『暴食鬼』の、その力量に成す術もなく圧倒されてしまっていた。
無論、純粋な力量という問題もある。
だが、その大きな要因は、それだけではないのだ。
気づかれぬ様に。
壊さぬ様に。
一切合切をぶち壊してしまえる様に。
慣れぬ繊細な魔力操作を駆使していき、今に至ってようやく完成していった、その術式は、存分に猛威を振るう。
そして、その氷点下の弾丸は、バターでもすり潰すかのように、確かに『暴食鬼』の脳天を撃ち抜いていった。
『暴食鬼』は確かに、脳を蹂躙され、何事かをうわごとのように呟き――倒れ伏した。
「俺の……勝ちだ」
そう、脱力しながら強かに宣言するガバルドの胸に、何の前触れもなく、鋭利な刀剣が生え渡っていった。
「――ッッ!?」
血反吐をなおも足りぬとばかりにぶちまけ、唐突な事態に目を剥くガバルドを、
「――言ったろ? 最後まで、油断するなって」
そう、『暴食鬼』は悪辣な笑みを浮かべたのだった。




