リスペクト
ガバルドさん視点です
「ボクの名?」
「聞いたろ」
「……ああ、もしかして驚愕のあまり脳が理解でも拒んだのか」
「なら、脳裏に焼き付くまで囁くよ」
「――『暴食鬼』」
「かつて、君が、お前が滅ぼした組織の、その首謀者だよ」
――何故。
確かに、『暴食鬼』はあの一件の際、騎士団たちの包囲網を命からがら抜け出し、何とか逃げ延びたという。
そして、その足取りは依然不明。
無論、騎士団も『暴食鬼』を血眼になって暴こうとした。
しかしながら、一向にその足跡一つを補足することさえも満足に叶うことはなく、結局迷宮入りしたらしい。
それに、それ以降『暴食鬼』は目立った動きを露呈させていなかった。
それ故に国家は無害とみなされた『暴食鬼』の追跡に、貴重な戦力を削ぐことを断固として拒み、奴は死亡したと、そう認定された。
必然、調査もそれにて終幕。
以後、『暴食鬼』と国家が直々に干渉は一度たりともなかった。
無論、ガバルドはそれに猛反対したのだが、それはまた別の話。
あくまでも、それは大前提に過ぎないのだから。
今焦点を向けるべきは――その、滅んだとみなされた男が、何故かこの場に、こうして『英雄』を足蹴にしているという事実。
「お前……滅んだんじゃなかったのか……?」
「? ボクの死体でも目の当たりにしたか?」
「――――」
確かに、相手の息の根が途絶えるのを見届けてから、初めて安息を享受することができるのもまた自明の理。
というか、そもそもこの世界には蘇生なんていう神仏の御業が存在するのだ。
それ故に、こうして『暴食鬼』が生存している可能性も、無きにしも非ずであろう。
そして、なによりをも根拠はこの隔絶した力量。
かつて、ガバルドもたった一度だけ真向から『暴食鬼』とやらと対峙したことはあるが――惨敗だった。
あの『英雄』が、である。
肉体が最高潮の全盛期でだ。
その動かぬ事実、そして老衰していったとはいえ、十二分に騎士団ナンバーワンの称号をほしいままにしているガバルドを圧倒した事実から、ほぼほぼ奴の開示した素性に、相違が生じることはないだろう。
だが――、一つ、気になることが。
「なあ……一つ聞いていいか?」
「答えられる範囲なら」
そう、冷徹な眼差しでガバルドを見下ろす『暴食鬼』に、左腕の激痛に歯噛みしながら、唯一の懸念を尋ねる。
「――お前は、どうしてここに居る?」
「ほう?」
その要領を得ない問いかけに、『暴食鬼』が、愉快下に目を細める光景がありありと目に浮かんでしまう。
ガバルドの射殺せんとばかりの眼光をのらりくらりと受け流しつつ、『暴食鬼』はその威圧感に似合わぬ、やけに可愛らしい動作で小首を傾げた。
「随分と抽象的な質問だな?」
「じゃあ、阿呆のお前でも否応なしに理解できるようにハッキリと言ってやんよ。――どうして、お前は『龍』の加勢を?」
「――――」
押し黙る『暴食鬼』へ、ガバルドは苦痛に呻きながら、虚言を逃さないとばかりに目を見開き、凝視する、
「何故、それを疑問に?」
「そもそも、お前らの理念なんて俺みたいな部外者が知る由もねえよ。――だが、お前のその理念は不俱戴天の怨敵である龍と組む程なのか?」
「もちろん」
「――――」
即答。
こうも迷いのない発言、どこぞのゴリラ野郎でも困難だろう。
そんな現実逃避にも近い思案にふけながら、なおもガバルドは問いかける。
「じゃあ、そもそもの話、お前の理念、目的ってなんだ?」
「――――」
「ただただ鮮血に飢えた……ってことは、これまでの悪辣な手口からしてないよな。あんなモノを考案するやつがそんなイカれなわけ、ない」
「そうとも限らないんじゃないのかい?」
「断言してやんよ。――絶対に、お前はそんなイカれじゃねえ」
「――――」
その、どこまでも力強い明言に『暴食鬼』が、どこか疎まし気に目を細めていった。
――『■が■■■、A■■っ■■■』
――『■っだろ■、■■■■ト゚』
――『ど■■て、■■し■…■』
「……騒々しいな」
「?」
ガバルドの『耳』は特別性。
その優れた『耳』は、容易く巧みに隠蔽されていた他者の本音を、どこまでも無遠慮に丸裸にしてしまう。
『耳』は十分機能している。
否――機能し過ぎているのだ。
それ故に、対峙する男から溢れ出す、その魂の奥底から吐き出された声音も、所々ノイズがかかっているようだ。
これが、ガバルドが『暴食鬼』に成す術もなく圧倒されていたもう一つの理由。
「……ホント、どうなってんだよ、お前」
「さあね。ボクでも、ボクがどんな存在なのか、全く把握できていないよ」
そう、心底愉悦そうに、口元に薄笑いを浮かべる『暴食鬼』は、そろそろ頃合だと、仰向けに倒れ伏すガバルドに止めを刺そうと――、
「ああ。――そうかいッッ!」
――寸前、銀閃が煌めく。
「――――」
ゼロ距離からの音速斬撃。
それこそ、相当な練度の騎士であろうとも、この距離で振るわれた一閃を回避は言うまでもなく、受け止めることさえも、至難の業だろう。
殺った。
そう、確信した直後――鈍い苦痛が、万力にも勝る掌へと、深々と浸透する。
次の瞬間――骨の髄にまで響き渡るような、絶大な衝撃が全身を駆け巡る。
「アァッ!?」
「――ッ」
もはや、受け身を取る暇さえもない。
ガバルドは、それこそ大砲から吐き出された砲弾のような勢いで、猛然と荒れ果てた廃墟へ撃沈していった。
『暴食鬼』の身体能力は異端の一言。
それこそ、片手間で投擲された小石であろうとも、彼が投げいれば容易くレールガン程の威力にまで昇華される。
そして――此度の蹴り上げに、妥協も、遊戯も、慢心も、何一つありやしない。
ただただ、対象を殺害するために放たれた、鮮烈な一撃。
それを真面に直撃してしまえば、人間は言うに及ばず、それこそ『龍』であろうとも例外なく肉塊に成り果てるだろう。
その猛撃を、この距離で。
もはや、死は免れない――、
「――んなわけ、ねえだろうが‼」
「なっ……」
が、ガバルドは、激突の寸前、高速で虚空を数回転することにより、勢いを極力押し殺し着地する。
それでもなお絶大な衝撃が響くが、我慢。
この程度、初撃に比べてしまえばあまりにも生温い。
それこそ、母親の温もりさえも思い出してしまうレベルである。
「まあ俺、生まれてこのかた母親なんて奴と対面したことねえけどな」
「――ッッ」
ガバルドは、そのなけなしの魔力を酷使することにより、足元に氷細工のスケートブーツを生成していく。
そして、そこら一帯を余すことなく凍結。
そうしてガバルドは、スケートの要領で超高速で地を蹴り上げ、『暴食鬼』をその自慢の速力で翻弄――、
「――できるとでも?」
「だろうな」
無論、できる筈がない。
相手は、『英雄』たる己さえもちっぽけに見える、超常的な存在だ。
言うまでもなく、その動体視力も一級品。
それ故に、この程度の速力でそこらを自由自在に滑走しようがしまいが、結局のところ、結論に変則はないのだ。
暴食は廃墟をぶち壊しながら、猛烈な勢いで跳躍。
膨大に蓄積していった戦闘データからガバルドの次点を見据え、先読みしていくことにより、その阿呆なずらに鉄拳を――、
「浴びせられるとでも?」
「――――」
ガバルドは、己へ視認さえも不可能な程の速力で跳躍する『暴食鬼』を視認し――そして、盛大に露骨な嘲笑を浮かべた。
そして――、
「――虎の子だ。たらふく喰らえよ、『暴食』野郎」
「――ッッ」
魔力が、極限の意思により、卓越した技巧により集束していく。
そして――、
「――『龍穿』」
そして、ガバルドはどこぞのロクでなしの十八番を、今完全に模範し、その指先から吐き出していった。




