笑みと失笑
……ようやくネタバレです。
「――アッハッハ」
上手くいった。
それも、この上なく。
「おいおいレギウルス、お前って自称ゴリラじゃなかったのか? ん? なんだよ、あの迫真の演技」
「自称ってなんだよ、自称って」
「それってあなたの感想ですよね!?」
「酷くブーメランだな」
「嘘だ!」
「真理だよ」
と、どこまでも場違いな――だが、確かに互いに親しみの溢れたやりとりが廃墟に木霊していった。
その事実に、それまで隙あればこちらを殺害しようと目論み、その結果永劫無防備を晒していた龍たちが目を剥く。
その龍鱗はレギウルスが放った斬撃により深々と無遠慮に抉られており、なんならいつ欠損しても可笑しくはないな。
流石、俺が見込んだだけの男でもある。
「貴様ら……一体全体、どういう心算だ‼」
「お前こそ、どういう心算だよ。無傷って」
ちなみに、かの『老龍』は一切傷跡を負うこともなく、されど眷属が致命傷を負った事実に憤慨をあらわにしていらっしゃる。
どうやら彼も被害者の心情をとくと味わえたようだ。
良かったなり良かったなり。
我ながら外道の発想である。
まあ、それはともかく――、
「――不思議か? つい先程まで殺し合っていた俺たちがさも友人のように談笑していることがよお」
「おいアキラ、お前は『赤の他人』と『友人』の意を履き違えているようだぞ」
「酷くない!? この期に及んで他人扱いは、酷くない!?」
「因果応報だろ」
「確かにッッ!」
「いや、認めるのかよ」
心底呆れ果てたような表情をするレギウルスを横目に、俺は心底愉快下に目を細めながら嘆息する。
「――で、どこで違和感を?」
「そりゃあもちろん、殺害宣言だよ」
「だろうな」
俺はレギウルスに対し、どこまでも容赦情けなく氷柱を筆頭としていった殺傷能力の高い魔術を叩き込んだ。
その際に、俺は老龍にも聞こえるように宣言したんだよ。
――もちろん、殺す気だよ
これこそが、俺が張った唯一無二のトラップ。
一連の流れは、相手の微かな油断と綻び、そしてレギウルス・メイカという男の格を更に昇華するためのプロセスであったのだ。
「そりゃあ、誰だって気が付くさ。お前は、俺に対して『誓約』――生殺与奪の権を握っていやがるんだ。本当に殺すなら、即座に狂死させることができる」
「違いないな」
「んで、そっから先はもっと簡単。殺意全開とか言っておきながら『羅刹』とやらも行使してないってことで確信を得たんだよなあ」
と、したり顔で滔々と語るレギウルスに対して、俺は先刻滅多殴りにされた意趣返しとして皮肉る。
「アッハッハ、ゴリラにしてはやるじゃんか。やっぱ、聡明なゴリラは他とは違います~」
「もう一度その顔面砕いてやろうか」
「や、止めろ! そんなことしたら、俺の美貌が台無しに……!」
「安心しろ。きっと、今よりは美形になる」
「おいコラ、どういう意味だ? ア”ァ?」
「ん? 俺、また何かやっちゃいました?」
「その顔面でな〇う主人公は止めろおお!」
「意味が分からん」
どうやら、この異世界は呪〇や〇滅とかいう作品は流通しているらしいのだが、流石になろ〇はなかったらしい。
まあ、あれはPCあってのモノだからな。
と、雑感にふけつつ。
「ねえ今どんな気持ち? あれだけ余裕綽々で俺たちのいがみ合いを観戦してたのに、今に至ってこの様ってどんな気持ちぃ? いや、俺ってお前らみたいな無様……可哀想な羽目にあったことないからさ。だから、教えて教えて!」
「うぜえ」
「うざったいな」
レギウルス、『老龍』はともかくお前は何故味方陣営を悪罵する。
まあ、流石に今のはうざったいなあという自覚はあったので、俺は微苦笑しながら、その口元にいつもの不敵な笑みを浮かべながら――、
「――アキラ。言っとくけど、俺は虚言を口にした覚えはないからな」
「へいへい」
そう咎められるが、もちろんここは適当に取り繕わせてもらおう。
だって――今更になって本心を露呈させるなんて、格好悪いだろ?
そんな俺を、まるで手にかかる愚弟でも見るかのような眼差しを向けながら、レギウルスは嘆息する。
「飛ばすぞ。――ついてこい」
「誰に言ってんだよ」
そうして、廃墟を舞台に繰り広げられる死闘が再始動していったのだった。
共に足踏みを揃え跳躍した瞬間――その進路を不可思議な物質が遮る。
「――アハハハハ、やっぱり驚かされるなあああ、君たちには!」
「……お前か」
推し量るに、なまじき小柄であるが故に、先刻の万人を殲滅してしまえるような鮮血の雨も躱すことができたのだろう。
もしくは、直撃したもののやせ我慢しているだけか。
まあ別に、俺としてはどっちでもいいんですけどね。
「レギウルス」
「分かってる」
「そりゃあ俺も安泰だ」
「言ってろ」
傍から見れば、ほとんどその真意を推し量ることができないのだろう。
それでいい。
俺たちだけが互いの意思をくみ取ることができたのならば――それでいい。
「どこませ通用するか……実験鯛一号は、お前に決まりだな」
と、したり顔で肉薄するレギウルスを、先刻までの交渉はどこへやら、糸が切れたように無表情となった少年は、
「――実験体? 殺すぞ、餓鬼」
「――ッッ」
その無機質な瞳に込められた感情は――さしも俺でさえ推し量ることができなかった。
俺は心中で「戦闘でも恋愛でも安易な発言は慎めよ。地雷踏むから」と助言しながらも、レギウルスのフォローを。
(いや……不要か)
俺が勢いを落としたのは、そう考慮したのもあるし、純粋に覚醒したレギウルスの力量を確認しておきたいという意味合いもある。
まあ、そんな雑感はともかく。
「さあ――そろそろ、格好いい処、見せてくれよな。レギウルス」
「へいへい」
レギウルスは、口元に似合わない微苦笑を浮かべながら、『紅血刀』片手に猛然と少年へと急迫していった。
少年は先程までと打って変わって黙々と、されど純粋な殺意が否応なしに感じられる鉤爪を繰り出す。
その範囲は、それこそ数十メートルは離脱している俺にさえ余波が及ぶ程に広大だ。
「――――」
これだけの広範囲。
これは流石に『傲慢の英雄』たるレギウルス・メイカであろうとも回避など到底不可能――なワケあるか。
だが、レギウルスがそのような素振りを取ることはない。
それも至極当然。
なにせ――そもそも、回避する必要性なんて、ないんだからな。
「――死ね」
「断る」
端的に告げられた殺意の衝動に対し、レギウルスはどこまでも無関心で――次の瞬間、その紅の刀身が迫りくる鉤爪の一切合切を弾き飛ばした。




