暗殺く~ん!
サブタイトルと本編の雰囲気が明らかに一致していない件について
どうでもいいですけど、『01』の暗殺君(ちゃんだっけ?)は、『01』屈指の私の好みのタイプです。
土煙が宙を舞い散る。
アンセルは踊り舞う砂埃を一瞬で『天呑』で吸い尽くし、視界をより晴れやかにし、目標を捉えようとするが、それは終ぞ叶うことはなかった。
「ガバルド君……」
人間における最高戦力の『英雄』の不在に、そしてそれを許してしまった自分自身に歯噛みしていた最中。
不意に、アンセルの耳朶を聞き慣れた声音が打つ。
「――魔王様っ」
「――。君か」
「ええ。息災のようで」
「――――」
アンセルを声をかけたのは、常日頃彼の背後を付き添う、ちょっと趣味嗜好がおかしい秘書さんである。
秘書の存命に安堵しつつも、アンセルの双眸は依然険しい。
「……余波の影響は?」
「魔王様の指示により、ほぼゼロでございます。遊撃部隊の損失も限りなく皆無に近似するようでした」
「それは僥倖だね。残る懸念は――」
あの膂力、あの隔絶した練度、あのおぞましき気配。
ガバルドを場外まで吹き飛ばしていったあの襲撃者。
それの対処こそ、残るアンセルに課せられた面倒極まりない課題であろうと、そう納得しながら嘆息する。
「……暇がある幹部は、どれくらいかな?」
「……セルス様以外に滞在しないかと。遊撃部隊はもとより、合流した亜人陣営も依然劣勢でございます」
「ふむ……」
劣勢。
なんとも曖昧な表現であるが、しかしながら魔人族における最強戦力である魔王を呼ばない時点でそれ程までに切迫した戦局ではないと悟ることができる。
ならば――、
「――セルス君へ連絡を」
「委細承知」
亜人陣営の戦局は、決して鬼気迫った品物ではない。
が、それでも相当に紙一重らしく、それに重鎮たちが抜けきってしまえば、大いに天秤は傾いてしまうだろう。
起用できる戦力は、あくまでも最小限に。
「……それじゃあ、君は亜人陣営に戻りたまえ。仮に不測の事態が生じたのならば、私に『念話』で呼びかけるように」
「……セルス様だけで十分なのでは?」
「――――」
推し量るに、秘書が懸念したのは、魔人国全体の事項だ。
魔人国において、魔王の存在は絶大である。
その圧倒的な力量はもちろん、全知の神々さえも出し抜くその智謀により、魔人国はいくつもの苦境を乗り越えてきた。
だが、逆に言ってしまえば、魔人国には魔王の存在が必要不可欠なのだ。
魔王ありて、魔人国が成立しているのだ。
ひょんな拍子に、魔王が戦死でもしてしまえば――確実に、魔人国が瓦解してしまうことは、自明の理。
まして、相手が相手だ。
さしも魔王であろうとも、あの異常者の相手は――、
「――大丈夫」
「――――」
そうした憂慮の一切をくみ取り、理解した上でアンセルは、まるで日常の風景を切り取ったように場違いな微笑を浮かべる。
秘書には、アンセルの輪郭がどうしても今にも消えてしまいそうな程に儚く思えてしまい、目を剥く。
「どのみち、私がこの戦場に足を踏み入れたのならば、戦死の可能性が常日頃渦巻いている。こんなの、今更だろう」
「で、でもっ。少しでも可能性を――」
確かに、アンセルが囁いた声音が的を射ているのだが、今はそれを少しでも低減するのが得策なはず。
まして、それで魔人国が瓦解するのならば――、
「――大丈夫」
「――――」
「仮に、私がへまをやったとしても、保険は残してある。彼ならば、容易に私が不在の際にも、魔人国を繁盛させるだろう」
「――っ。そんなっ」
それでは。
その言い方では、まるで今日自分の天命が刈り取られることを、至極当然のように大前提にしていたとしか――、
「――どのみち、私に残された日々は、もう無い」
「――――」
「だが、それでも彼に出会えたことは、不幸中の幸いだろうね。私の後任である、彼なら、きっとうまくやってくれる」
「そう……ですか」
「うん」
もはや、秘書に魔王を停滞させることは叶いやしない。
たとえ物理的に阻止しようとしても、きっと強引に振り払われて、それでお終いという結末が関の山だろう。
故に――、
「――死なないでくださいね。魔王様」
「――。もちろんさ」
そう言い残し、魔王は秘書から背を向け、ガバルドの元へ――、
――銃声
「あ」
木霊した、乾いた銃声が響き終わると共に――アンセルの腹の奥底に、風穴が開かれていた。
「あー。あーー。あーーーーーー」
それは、粗悪な声音であった。
どこまでも無遠慮で、度し難い程に不躾で、吐き気が差す程に無思慮。
ふらりと、廃墟をさも当然とばかりに蹴り一つで崩壊させながら、男はこちらをその強烈な眼光で射抜いている。
誰の血液なのか、その漆黒を基調とした服装の端々が深紅の鮮血により染められており、特段不似合いな純白のコートは、今や真っ赤だ。
男はつい先程の暴虐の一切をスルーしながら、盛大に場違いな欠伸を零す。
「これで、魔王? ――存外、弱い」
「――。お前は、誰だ」
「――。ん?」
不意に、あまりにも呆気なく倒れ伏してしまった魔王を嘲弄するかのような男の鼓膜を底冷えするかのような冷徹な声音が震わせる。
それまで礼儀正しかった秘書であったが、突如として主が重症の傷を負ったことに、相当苛立っているらしい。
否、もはやそれは憤怒や憎悪に酷似しているだろう。
その証拠に言葉遣いも存外粗悪な品物に変動している。
「ん。知らない?」
「――知らないんじゃねぇんだよ。削ぐぞ」
「ん」
無口なくせに表情だけがどこまでも多彩で、それ故に魂の歪が明瞭とする男を、秘書は殺人鬼さながらの眼光で射抜く。
無論、既に治癒魔術を併用済みだ。
秘書は、あくまでも秘書。
しかしながら、その主はかの『魔王』だ。
それ故に、秘書も主を支えるために回復魔術をはじめ、護衛としての機能を全うにできるだけの技量の魔術も会得している。
(さて……どこまでなら気づかれない?)
極限にまでに隠蔽した魔力だ。
そう安易に看破することはできないだろう。
問題は、他者を平然と殺害しておいて顔色一つ変えやしないこの殺人鬼が、この茶番ともいえる時間稼ぎに応じるか否かである。
男の口元はまるで別の生き物のように悲痛な、狂喜な、複雑な表情を象る。
その内心は、表情筋の異端性も相まって、推し量ることは、到底不可能。
だが――せめて、あと数分は命をかけても時間を稼ぐ。
魔王が目を覚ます、その時までに。
「……俺の素性。知りたい?」
「ああ。何の前触れもなく魔王様を撃ち抜く程に倫理観が欠如した男の素性。誰だって、興味を示すだろうが」
「そう。分かった。分かった」
「――――」
男は鷹揚に頷き、
「――唯の暗殺者。以上」
「死ね」
そう述べた直後に、再度銃声が木霊する。
最後の文章、『銃声が木霊する』と打ちたかったのに、『受精が木霊する』になってしまっていたことに気が付き、慌てて修正しました。
……受精が木霊するって、何なんでしょうね。ホント。




