機械仕掛けの
……最近、一話三千文字が通常運転になっているようですけど、きっと気のせいです。
きっと! きっと!
――それは、在りし日の話。
時刻は真っ昼間。
「――――」
俺とアキラは、龍艇船で姦しくはしゃいでいる女性陣を眺めながら、まるで定年退職した中年のようにだらしなくポテチを口に運ぶ。
ちなみに、このポテチなるお菓子はアキラの手作りだ。
本人曰く「パクリ」とのことだが、その香ばしい味わい深い薄地は見事の一言。
「……お前、変なところで器用なんだな」
「うわあ……気色悪っ」
まるで汚物でも垣間見たようにこちらから背を向けるアキラ。
控えめに言って挽肉にしてやりたい。
「あ”ぁ? 俺がお前を称賛したことがそんなにおかしかったのか?」
「控えめに言って、自害しても嘔吐感が収まりそうにない」
よし、殺そう。
「そろそろお前にとっての俺についての印象を話し合わないとな」
「? ゴリ――」
「それ以上その禁句を口にしたのならば――首筋が描き切れると思え」
懐から、紅血刀をチラリ……
「――ゴ〇エみたいだな」
「……なんだか、すごく不本意な例え方だと思うぞ」
「気のせいよ」
「うん、あの女装中年とレギウルス……似てるな! 案外似てるぞお!」と、戯言を吐くアキラにはもちろん鉄拳をお見舞いする。
「……ホント、どうしてカメ――沙織がお前なんかを好きなんかにながはっ」
「ふんっ」
と、苦言を零そうとした直後に、顔面に絶大な衝撃が。
どうやら俺の不躾な問いかけに短気なアキラの堪忍袋の緒が切れ――、
「てめっ、誰に許可得て沙織を呼び捨てしてんだよ。 ア”ァ?」
「存外理不尽な理由だった!?」
「ア”ァ? やんのかゴラァ」とすごむその姿は、紛うことなき頭文字に「ヤ」がつく自由人……。
(……沙織。あいつ、顔はいいけど、男の趣味は最悪だな)
と、嘆息した直後に、消化液が溢れ出す程の勢いで胴体に拳が叩き込まれる。
「――お前、沙織をけなしたその大罪、死を以て償えやい」
「何!? どうして俺の心中を……っ!?」
「沙織関連ならば、俺に不可能はない。沙織の趣味や好物、野菜系が嫌いな嗜好はもちろん、住所や休日の生活サイクルまで把握済みだぜっ」
素直なス〇ーカー宣言である。
「お前……もう何も言わないよ」
「なんだ、その釈然としない顔は」
隣人が度し難い変態だったって発覚したら誰だってこんな渋面になるであろう。
というか、こいつが変態だってことくらい、自明の理だわな。
「大丈夫だ、アキラ。シラザキなら、お前が幾ら度し難いストーカであろうとも甘んじて受け入れてくれると思うぞ」
「ストーカーってなんだよ、ストーカーって!」
メモ帳さえも一切閲覧することもなく、スラスラと女の子の個人情報を吐き出す不審者のことである。
無論、この男にそんな補足をしてしまえば逆上するので、スルーである。
無視。
それこそが常日頃神経を逆撫でするような戯言を吐き出し続けるアキラと付き合ううえで、最低限の鉄則である。
とりあえず、適当に話題ですり替えないと他殺されると判断した俺は、流水が如き手並みにより、それを遂行する。
「そういや、意外だったな」
「何が?」
ふう。
依然怪訝そうな眼差しを向けてくるものの、一応はこちらの声音を素直に聞き入れる時点で、ある程度機嫌が直ったのだと判断することができた。
俺はその事実に安堵の溜息を吐きながら、ちらりとアキラを一瞥し、吐き出す。
「いやさあ、魔王城での一件だよ。お前との付き合いもそろそろ長いんだけど、お前があれほどまでに怒髪冠を衝くのは初めてみたぞ」
「あー」
自覚はあるのは、アキラはまるで黒歴史ノート―でも無断で閲覧されてしまった人みたいに恥じ入りながら、それまで秘めていた想いを吐露していった。
「いやさあ、俺って自分でも自覚あるんだけど、沙織が関連してしまうと、不思議なくらいに感情が荒ぶるんだよ」
「――――」
そういえば、普段基本的に軽薄な雰囲気を崩すことのないアキラであったが、時折感情をあらわにすることがある。
それは決まって沙織が関わった事象であり、逆にそれ以外は記憶にない。
つまり、それだけ沙織を想う愛情が深いということなのだろう。
基本的にアキラという少年はどこまでも胡乱な男であるのだが、しかし、それだけは否応なしに確信できてしまう・
「まあ、これも戦闘とかでどうしても弱点になっちゃうから、さっさと更生したい所存なんだけどな」
「――――」
確かに、参謀に要求されるのは如何なる戦局であろうと至極冷静にメスのように鋭利で的確な判断を下すことだ。
そういう観点から俯瞰すれば、アキラのそれは短所以外の何物でもない。
合理性を基調としたアキラからしてみれば、今すぐ消してしまいたいような、そんな欠落なんだろうな。
だが――、
「――別に、そんなの更生する意味なんて、ないと思うぞ?」
「……どうして?」
俺が唐突に投げかけた声音に、どこか煩わしげに目を細めるアキラであったが、今更睨まれた程度でひるむ筈がない。
こちとら、毎晩のように悪夢を垣間見てしまう程におぞましい人間の命を根絶やしにしてきた『英雄』なのだ。
あの怨嗟と比較してしまえば、この程度の睥睨、恐れるに足らない。
「お前のその欠点って、沙織を大事に思ってるから生じるんだろ?」
「あ、ああ……」
「なら、殊更にそれを消し去ろうとする必要性なんて、皆無じゃん。誰かを想うことを罰する権利なんて、それこそ天上の神々でさえも持ち合わせちゃいねえよ。それに、今更お前が沙織を頓着しないとか、逆に気持ち悪いわ」
「だが、それじゃあ参謀として――」
「だーかーらあ!」
依然として躊躇するアキラへ、俺は呆れ果てジト目になりながらその頭髪へ、強烈なチョップを披露していった。
「うげっ」と下品に呻くアキラを見下ろしながら、俺はまるで不出来な生徒を説き伏せるように論じた。
「お前はさあ、一切合切をたった一人で片付けようとし過ぎなんだよ。――もっと、誰かを頼ってしまえよ」
「――――」
「お前に足りない部分を補うために、俺たちが居るんだろ? なら、今更協力を惜しむことなんて、しやしないさ」
アキラは珍しくも心底驚愕したように唖然と目を見開き、まじまじと幽霊でも垣間見てしまったかのようにこちらを凝視する。
ホント、聡い癖に鈍感な男だ。
そう内心でこれ見よがしに溜息をつきながら、俺はアキラと目を合わせ、堂々と臆することなく宣言する。
「だからさあ――いい加減、一人で背負うのは、止めとけよ」
「――っ」
数瞬、アキラの瞳に水滴が零れ落ちそうになるのを俺の優秀過ぎる動体視力は容易く看破していたが、当然見ないふりだ。
こんな奴でも、きっと俺たちと同じように魂の奥底には、どうしても抗えない闇を抱えているのだろう。
それ故に、あくまでも他人であるアキラへ、俺は助言程度しかできない。
だが、その声音が、少しでもアキラの不貞腐れた魂に木霊しているのならば――、
「……ゴリラって、こんなに聡明だったけ」
「コロス」
結局、真剣な空気は一瞬で霧散し、直後には和やかな日常が回帰した。
だが、気のせいだろうか。
アキラの笑みが――どこか、機械仕掛けに思えたのは。




