再来と再訪
またもガバルドさんサイドです。
「は」
上か下か、右か左か、東西南北のいずれなのか、全く理解できない。
そこらの廃墟に冗談のように激突し、身体が遺憾なく弾性力を発揮したことにより、停滞することもなくそのまま反転。
縦横無尽に衰えることのない勢いに成すすべもなく吹き飛ばされるガバルド。
(不味いっ……!)
激痛で瞼が重い。
それは、失神――その先の領域へ足を踏み入れる前兆であり、それはこれを幾度となく経験したガバルドだからこそ否応なりに理解できる。
このままでは、確実に死ぬ。
ならば――自分が成すことに、なんら変異はない。
「あああああああああああっっっ!!!」
手慣れた動作で抜刀、そしてひしゃげた筋肉を酷使し、最大限にまで魔力で膂力を強化し、切っ先を廃墟へ突き立てる。
ガバルドの愛刀は錬成師の金字塔、ルシファルス家の当主により秘密裏に制作されていった品物である。
それ故に、その強度は尋常ではない。
あるいは、この衝撃にさえも堪えうる可能性もある。
だが――、
「ぐぁっ、がぁぁっ!」
刃先を突き立てる。
ここまでは、いい。
しかしながらその先――溢れ出す勢いを相殺するまでに、万力の膂力で柄を握る右腕が保つかは、定かではない。
否――正直、相当厳しい。
歯を食いしばり、絶大な衝撃に抗おうとする愚者を嘲笑うかのように骨が軋み挙げる音がやけに心地よく耳に残った。
(不味い……壊れちまうぞ、両腕!)
一応、最大限に魔力で強化しているのだが、それでもなお足りぬとばかりに絶大な負荷が押しかかってくる。
今は、まだ大丈夫。
だが、魔力の底が見え始めたこの先は――、
「――なんだ、生きてたの」
「――っ!?」
どこか中性的な声音と共に、不意にガバルドを怒涛の勢いで支配していた衝撃が、何かの拍子に消え失せてしまう。
それと同時に不可思議なことにガバルドのその身を纏っていた魔力も霧散していき、脱力感が全身を駆け巡っていった。
するとガバルドは絶大な筋力により流星が如き勢いで吹き飛ばされ、盛大に岩盤を抉る。
しかし、今回はやや手加減が施されていたようで、停滞しないことはない。
だが――、
「な、なん――」
「意識も健在、ね」
「あがっ」
何とか意味不明な状況に目を剥きつつも起き上がろうとした直度に、その顔面を土埃まみれの靴底が踏み締めていった。
「やれやれ……『英雄』も落ちぶれたモノだ」
「な、なにを――」
凄まじい恥辱に顔を真っ赤にしながら、お得意の氷結魔術を扱おうとし――構築した途端、何の前触れもなく術式が抹消されていく。
「――ッッ!?」
「……この期に及んでボクの魔術さえも見透かすことができないとは。本当に、救い難い」
「――っ」
次の瞬間、ガバルドは乱雑に、しかしながら絶大な脚力により蹴り飛ばされていった。
だが、その脚がガバルドの腹の奥底から離れていった瞬間、ふいに魔力が回帰したのを確かに察知する。
ガバルドは全身を莫大な魔力によりコーティング。
ガバルドは迫りくる岩盤に対し、今回ばかりは『英雄』という大仰な異名に恥じない洗練された動作で受け身を取る。
それでも多少なりともダメージを負ったが、それでも初回に比べてしまえば、まだマシだ。
今固執すべきなのは、己の負傷ではなく――、
「――息災か、ガバルド?」
「――っ」
――眼前で鮮烈な鬼気を醸し出す、この異常者である。
顔面を覆い尽くす黒ローブ、何を思案しているのかさえも定かではない雰囲気に、忠誠的な声音――。
どうやら、ガバルドの顔面をなんら躊躇することもなく踏み締めた主犯は、この襲撃者であったらしい。
「……俺のことは、知ってるのか」
「うん?」
襲撃者は己とガバルドとの間にある埋めがたい力量の差異を確認したからなのか、余裕綽々の態度で小首を傾げる。
そんなどこまでも場違いな態度に歯噛みしながらも、ガバルドはその双眸に隠しがたい敵意を剥き出しにしながら声を荒げた。
「俺の名前がさらりと出るってこったあ、顔見知りか? 俺の記憶だと、お前みたいな異常者、一度たりとも相まみえたことはないんだが」
「んん? 覚えてないの?」
「――?」
ガバルドも、そろそろ年だ。
それ故に純粋に忘却してしまっている可能性も無きにしも非ずであるが、この力量であろう。
それこそアキラの身体能力さえも霞むこ練度を、さしも巷で脳筋などと囁かれているガバルドであろうとも否応なしに記憶されるだろう。
だが、どれだけ戸棚を漁ろうが、これ程の異常者、どこにもいない。
だが、それでもこの襲撃者はさも知人のように口振りでこちらへ歩み寄ってくる。
意味が、分からない。
「――お前は、誰だ!?」
「ボクはボク。君は君さ」
「そういうことを聞いてんじゃねえんだよ! 俺が求めているのは――」
その言葉を続きをガバルドが口に出す寸前――襲撃者は、すっと目を細め、その華奢な指先でガバルドの額にそっと触れる。
「――ボクの素性。君が知りたいのは、それかな?」
「ああ!」
「ふっ」
やけに物分かりがいいなと、一周回って冷静になっていくガバルドをどこか疎まし気に襲撃者は見下ろし――、
「――だが、断る」
「ぁがっ」
そして、唐突に鍛え抜かれた強靭な鋼鉄の筋肉の鎧をいとも容易く貫通するような刺突を生身の片手で繰り出す。
一応加減したのだろう。
貫かれたのは、心臓や脳味噌などという急所の類ではなく、肝臓。
しかしながら幾ら当然のように魔術が蔓延っているこの世界線とはいえども、これは紛れもない致命傷。
本来ならば、今すぐ集中して治癒魔術師たちが総力をあげ、修復すべき重症なのである。
ガバルドは口元から洪水のように血反吐を撒き散らし、その双眸をくわっと見開きながら、唐突な暴行に戸惑っていると、
「認識が、甘い」
「っ」
不意に、未だ健在な左腕に、襲撃者の指先が触れる。
そして――、
「――ぁ」
バキッ。
そんな擬音が似合いそうな程に、あっさりと、あまりにも呆気なく、その根幹にまで魔力により強固にしていた大骨が、ひび割れ――割断される。
「あああああああああああ!!??」
想像を絶する激痛に悶え、絶叫するガバルドを見下ろす襲撃者の瞳はどこまでも冷徹であり、それこそモルモットを一瞥する科学者のよう。
激痛に身悶えるガバルドへ、先刻までの飄々とした雰囲気は鳴りを潜め、まるで、機械のような無機質さで――、
「君が知りたいのは、ボクの素性だってね?」
「~~~~ッッ!!」
無論、絶え間もなく神経を擦り減らすこの激痛を味わうガバルドに、そんな声音が通用することもないだろう。
だが――だからこそ、襲撃者は口元に凄惨な笑みを浮かべ、
「――『暴食鬼』」
――それは、かつてガバルドが滅ぼした筈の名で。
「は?」
『暴食鬼』……詳しくは、七章Bパート後半で書いております




