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VRMMОで異世界転移してしまった件  作者: 天辻 睡蓮
五章・「モノペウス・ザ・ネーロ」
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今になって












――夢を見た。


 幸せな、どこまでも穏やかな微睡み。


「――ねえ、■■■」


「うん? 何かな」


 はにかむ少女の紅葉のような華奢な手先には、可憐とは言い難いものの、美麗と思える花が握られていた。

 少年は何の前触れもなく声をかけてきた少女に瞠目しながらも、ちらりと一瞥する。


 少女は年相応に無邪気な様子で、その花をさも自慢げに胸を張りながら見せつける。



「どう! ようやく見つかったの、この花っ」


「ああ……そういえば、■■君が君がその花を探しているって言ってたね」


「■■■さん死すべし」


「流石にそれは早計なんじゃないのかな……?」


 突如として一転したその容貌にドン引きしながらも必死にフォローに励む少年。


 きっと、あどけない乙女的に地雷な内容だったのだろう。


 不可思議な女心に内心で当惑しながらも、何とか少年は傍付きの彼の被害をほんの少しでも減衰させるために必死に話題を逸らす。


「そ、それで、その花ってどんな名前なんだい……?」


「殺す、マジ殺……ああ、名前?」


「…………」


 少年が、その年にそぐわない渋面を見せる。


 少女はそんな心底複雑そうな少年を毎度の如くスルーし、直後に花が咲くような笑みを口元に浮かべた。


「――クサギっていうんだ、これ」


――きっと、ここから三人の運命は狂っていたんだろう。


 そう、今になって少年――■■■■■は、思う。












 術式改変・『王道楽土』。


 グリューセルの魂の根底を具現化し、四方八方に鮮烈な花畑が展開され、心地の良い花粉が鼻腔を擽る。

 その本質は、温厚な人柄?


 否。断じて、否。


 王という役職において情などという下らぬ感覚など不要以外の何物でもなく、それ故に今更になって幼児期の心を思い出すことは、決してない。


「――――」


――食虫植物という概念がある。


 甘い色香で惑わし、一切合切の哀れな羽虫たちを餌食にするその性質は悪辣の究極系であり、それを悪質な罠であると看破することさえも限りなく困難。


 この楽園は、そういう場所だ。


「チッ」


「――ッッ」


 一閃。


 跳躍と同時にそれまでグリューセルが術式改変を行使するまでにひたすら反撃という選択肢を投げ捨て、回避に専念していた私兵たちの動向に変化が生じる。


 直後に戦士たちは電光石火が如き勢いであっという間に眷属たちの懐に潜り込み、その心の臓腑へ強烈な刺突を繰り出す。

 それに呻き、盛大に血反吐を撒き散らす眷属たち。


 溢れ出す鮮血の一端が青年の頬を深紅に染め上がる。


「――汚っ」


「――っ」


 嘲弄の一言を置き去りにし、青年は懐から抜刀した小太刀で頑強な龍の寝首を掻き、鮮血のスコールを浴びる。

 その動きはどこまでも洗練されており、それ以上に不自然な程に力強い。


 周囲を見渡してみると、そこらの私兵たちも同様だ。


「ふんっ」


「疾っ」


「――ッッ」


 先刻とまでは比べ物にならない程の速力で龍たちの死角へ忍び、そのまま急所へ的確に鮮烈な斬撃を浴びせる。


 やがて、それまで機械が如き無機質さに覆われていた戦士たちの士気が変動を迎えることとなった。


「あはっ」


「……おぞましい」


 まるで、薬物でも服用したかのように機械を彷彿とさせる無表情がデフォルトされた騎士たちの頬に、どこまでも悲惨な笑みが浮かんだ。

 その瞳は明らかに狂気に爛爛と輝いている。


 その明白な異常事態に、ガルガは反吐を吐く。


「……ドーピングかっ」


「さあ。どうでしょうね」


「ハッ」


 先刻の意趣返しなのか、グリューセルはどこまでも見え透いた笑みを浮かべる。


 そのどこか哀愁を催促する笑みに、どこか悲しそうに頬を歪ませるガルガ。


――術式改変・『王道楽土』


 それが齎す効力は単純明確。


 本来、術式改変では己の魂の根底を吐き出すことはない。

 そのような愚行を成せば、『天魔魔術』に至った猛者ならばともかく、たかが人間ならば即座に魔力が枯渇するだろう。


 魂の具現化は改変魔術において猛烈な難易度を誇る神仏の御業だ。


(だが、私は常日頃『自戒』行為を行っているので、辛うじてこれが成立する……!)


 『自戒』。

 

 これは魔術にまつわるモノを自分自身で制限することにより、それにより空いたリソースで利害を一致させるという芸当だ。


 例としていえば、極端な話己に刻まれた魔術を放棄し、代わりに身体強化に全神経を注いでしまえば、容易く神々の領域へ至ることができる。

 

 そして、グリューセルが己自身へ課した『自戒』は単純明快。


「――ご存じの通り、私は普段意識と口元を除いて、あえて植物状態にしているんですよ」


「――――」


「ですから、必然これ程に長寿ですし、こんな神業も、甘んじて扱うことができる」


「……心底、おぞまし執着心だな」


「それはどうも」


 そう、グリューセルは普段政治的に必要不可欠な脳味噌と口元の神経以外の一切合切の機能を停止しているのだ。

 

 食料や栄養分などの問題も多々あるが、その点は先々代のルシファルス家の当主に直々に依頼して制作されたアーティファクトにより解決している。

 無論、憂慮すべきなのはそれだけではない。


 人間とは、肉体があるからこそ人間として成立しているのだ。


 これが、ただの植物状態ならばまだよかった。

 しかしながら王という役職はグリューセルにそんな怠惰を決して許容することは、決して無かったのだ。


 魂と口元だけの機能を残し、後は一切合切を捨て去る。

 そんなの――少なくとも、正気の沙汰ではない。


 だがしかし、この男はそれを平然と、それも幾百年も狂気に染まることもなく、至って正気のまま持続させているのだ。


――否。

 

 正気などではない。


「――今更、こんな下らない体に固執なんてしませんよ」


「――――」


「私は、まだ生きなければならない。――あの子の、敵を討つために」


「……下らないな」


「でしょうね」


 今更、奴に同感を求める筈がない。


 そんなモノを得たとしても、あの日失った日常が回帰することがないのなら――、


「――ガー君。今日は、生きさせてもらいますよ」


「――――」


「なにせ――今日さえ乗り越えてしまえば、私の宿業は果たされるのですから」


 どういうことだ、そう問いかけられるような、そんな雰囲気ではない。


 微かに微笑するグリューセルの姿はどこまでも痛々しく、思わず今は紛うことなき敵対者であるガルガでさえも涙ぐんでしまいそうな程に、悲痛な響きが宿っていた。

 だから――、


「――貴様を殺すのは、俺だ」


「いいえ。――私ですよ」


 そう、狂人は嘲笑し――直後、再び戦場に火花が散っていった。

 


 明日も、更新しますよ!


 ちなみに、休日と更新頻度は同義です。

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