楽園
何気に九百話超えてる件につきまして
「――アハハ」
「ふっ」
漏れ出るのは無論失笑以外の何物でもない。
ああ、可笑しい。
これほど数奇な巡り合わせを、愚昧なる人々は『運命』などとほざくのかと、両者共に納得し、同時に頬を盛大に歪ませる。
その双眸に移るのは、熱烈な歓喜。
そして――押し殺せぬ、絶大な殺意。
「――まさか、このような場で貴様と対峙するとはな」
「おや。その言い分ですと、故意ではないのですね」
「無論だ。履き違えるなよ、憐れな王」
「……辛辣ですねえ」
「ハッ」
一見場違いにも穏やかにも思える一連の会話は、その実どこまでも乱雑かつ無遠慮なモノであり、互いにその内を燻る憤怒を隠そうともしない。
「幾年ぶりですか?」
「忘れたな。少なくとも、記憶することさえも億劫に思える程の歳月なのは間違いない」
「言い得て妙ですね、ガー君」
「……今更、馴れ馴れしくするな、下等生物っ」
「おや、これは失礼を」
「――っ」
一瞥すれば無関係であろうとも凄まじく苛立ってしまうような素晴らしい笑みを浮かべる初老の男を、依然二十代程度の青年が心底忌々し気に睥睨した。
――法王・グリューセル・アンダー
法国の国際情勢の一切合切は彼の巧みな情報操作により支配されているといっても過言ではない、国の中枢を担う超重要人物。
それはかつて数百年前に即位し、一度たりとも玉座から退いたことは皆無だという事実が如実に示しているだろう。
グリューセルが浮かべた薄笑いに盛大に顔をしかめながら、ガー君――ガルガは盛大に舌打ちをこぼす。
「……随分と、変わったな」
「逆に、貴方は一切お変わりないようで」
「そりゃあな。数百年も時間の流れとは無縁なあの空間に居たんだ。なんなら、もう少し衰弱したかったな」
「それは贅沢なことで」
「ハッ」
互いに穏便とはいえない張り詰めた雰囲気で談笑しながらも、引き連れた軍隊へ『念話』により指示をする。
無論、互いに他者を統治する存在。
そんな彼らが下す勅命が漏れ出ることは決して許されず、それ故に行使する『念話』の隠蔽性は常軌を逸しているだろう。
つまること、ここからは完全なる頭脳戦。
互いの戦力を如何に最小限の犠牲で撃破し、そして最終的には忌々しきお山の大将の首を掻き切る。
それこそが、絶対的な勝利条件なのだ。
瞑目。
そして数瞬後に目を見開いた時には既に思考は洗練されており、おぞましい程に数秒先の可能性が浮かび上がっては消える。
感知系魔術を駆使しながら脳味噌が破裂する程の勢いで思考を加速させ、血眼になりながら最善策を導き出そうとする。
――まるで、あの穏やかな在りし日のように。
「――っ」
一瞬、下らない感情が躊躇を催促する。
が、王というある種無慈悲な役職がグリューセルに私情を抱かせることを厳禁し、その数秒後にはとっくの昔に迷いもなくなっていた。
そして――、
「――殺しなさい」
「――
殺せ」
厳命は、たった一言。
その一言を口にした刹那、それまで両者の背後に控えていた精鋭中の精鋭たちが、疾風雷神の勢いで跳躍していった。
(……やはり、数百年前と比較すると、格段に私兵たちの練度が上昇しているな)
グリューセルはそう考察しつつ、適度に周囲一帯へと強力無比な支援魔術を行使しつつ的確な指示を繰り出す。
一方それなりに強靭な肉体を保有するガルガもその意向は同様のようで、特に戦闘に参加することもなく黙々と『念話』で采配を整えている。
そうした中、グリューセルは明白に上昇していった蜥蜴――否、『龍』と形容しても差し支えない眷属たちを一瞥し目を細める。
「――――」
断末魔の悲鳴と共に、宙を鮮血が舞い踊る。
それと共にたった尾の一振りで肉塊と成り果てた精鋭が、ちょうど狙い定めたようにグリューセルのすぐ傍の岩盤に激突する。
十中八九、故意であろう。
無論、それを咎める心算など皆無に等しい。
今先決すべきは、想像を遥かに上回る眷属たちの成長度合いだ。
まず、何よりも違和感を抱かずにいられないのは、その体躯。
数百年前までは依然として少々肥大化した蜥蜴程度の認識で済まされていた眷属たちが、今やゾウ程の巨体を得ている。
更に、その膂力も凄まじい。
「か」
「――ッッ」
金切声と共に放たれていった鉤爪が虚空に編み出す斬撃は容易く法国が誇る鉄筋さえも生温い鎧ごとその四肢を両断する。
四肢を切り落とされた戦士は己自身の身に何が起こったのかさえも理解できず、直後に片手間で振るわれた二の腕により彗星の如く吹き飛ばされる。
鎧を含めれば、筋骨隆々な戦士たちの質量も中々の品物だ。
それをあれほど軽々と吹き飛ばすというのか。
明らかに、その力量は異常。
(……純粋な魔力量でも数倍はされている。なんの小細工を弄した?)
ガルガの魔術は既に割れている。
魔術はその特性上、それが変質してしまうことも十二分に有り得るのだが、探ってみた限りではそのような彫刻を見受けることができなかった。
それに、ガルガの封印云々の声音にはなんら虚言の類が織り交ぜられていなかった。
単純に修練の積み重ねにより成長したという可能性も捨て去るべきなのだろう。
ならば――導き出される結論は、唯一無二。
「――アーティファクトかっ」
「さあ。どうだろうな」
「――っ」
露骨にこちらを愚弄するかのような嘲笑を浮かべるガルガの態度、そしてその声色に含まれる虚言の気配の淡白さから、ほほほぼ間違いないだろう。
ならば――、
「――出し惜しみは、禁物なようですね」
「――――」
結論は、早々に弾き出された。
これ以上現状を維持するのは愚策以外の何物でもないだろう。
ならば、何よりも優先すべきなのはこの劣勢な戦局を、捨て身覚悟で打破していき、多大な追い風を吹かせる。
無論、それを成す労力は生半可ではない。
「術式改変――」
「――――」
――グリューセルは、このまま増長した眷属を野放しにする方が高リスクだと、そう判断した。
刹那、開花するのは幾つもの鮮烈な花々だ。
この寂れ、鮮血にまみれた廃墟にはあまりにも場違いなその痛烈な花弁は、やがて微風に撫でられ、ひらひらと宙を舞う。
が、無論この程度で済まされる筈がない。
『花鳥風月』により消費魔力を最小限に抑え、展開するその領域の範囲を極限にまで拡大させていき――、
「――『王道楽土』
刹那――楽園が、生じていった。




