暴走
アキラ君だって極まれにブチキレるんだよってお話です。
詳しい原因とかは、また後程。
「――ア”ァ?」
「――――」
誰も彼もが、何も言えない。
俺を起点として発せられるのは壮絶な殺気であり、子供はもちろん、生半可な騎士程に卒倒してしまうだろう。
あるいは、即死さえもあり得る程の威圧感。
だが、それも納得の理由が、俺にはある。
「――テメェら、殺すぞ」
「は」
意味が分からず硬直する少年へ、俺は一瞬で急迫する。
――そもそもの話、今回は俺の失策だった
ライムちゃんは絶対にこの戦場に必要不可欠であり、しかしながら彼女以外に沙織を死守できる余裕は皆無。
ならば、いっそのことこの戦場へ連れてしまえばいいと考えたのだ。
それに、沙織だって蹲っているだけでは、到底納得しないだろうと。
そう、思っていた。
だが――大間違いだ、それは。
「ふんっ」
「ぁはっ」
壮絶な殺気に萎縮する少年へと、俺は目が覚めるかのような回し蹴りを披露、そのままその顔面を躊躇なく殴り飛ばす。
その華奢な細身ではその勢いを殺すことは叶わず、少年は盛大に吹き飛んでいった。
が、無論これでお終いではない。
「――蒼海乱式・『裂鯨』」
「なっ」
もはや、躊躇も、遠慮も、考慮も、一切合切が不毛。
とうの昔に憤慨が沸点に達した俺は、それでもなお洗練された術式を構築し、虚空に巨大な水塊を出現させる。
直後にそれは鯨を象り、どこまでも木霊するかのような咆哮を轟かせる。
そして、
「――喰っちまえ」
「――ッッ」
爆音。
そうとしか形容できない程の衝撃音が響き渡り、その不可に耐え切れずに鼓膜が破れるが、今更そんな些事に頓着する筈がない。
必然、彼の生死など知れたこと――、
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!! ああ、最高‼ 最高潮だよ‼」
「チッ」
またも鉤爪のような器官を駆使し、驚嘆すべきことに襲来していった水鯨を細切れにしてしまったらしい。
しかも、先刻の一撃もほとんど効いていない。
ならば――、
「――消すぞ」
「――ッッ」
無尽蔵の大量、城塞が如き強靭さ、凄まじい凡庸性の器官。
それがどうした。
ならば俺を阻む障害の一切合切をこの手で消し飛ばしてしまおうではないか。
そんな俺のただならぬ気配を過敏にも察知したのか、微かに少年は瞠目するが、しかしながら今更理解しようが無駄。
少年との距離は数十メートル程なので、ほとんど一瞬で――、
「本性を露呈したな、化け物がっ」
「――。化け物、ね」
と、それを実行する寸前、鮮烈な殺気と共に思わず神話の一幕と見紛いそうな程に壮観な雷光が轟く。
それこそ、俺でさえも真面に喰らえば即死してしまえる出力。
しかも念には念を入れて追尾式にもしていやがる。
回避行動が意味を成さない必中必殺のあまりにも致命的なその裁きを下されてしまえば、誰もが7絶望し、神を呪うだろう。
無論、俺はそんな阿呆な真似は死んでもせんが。
「――いい加減学べよ」
「――っ」
俺は片手間で『月下』を振るい、いとも容易く神々の威容を垣間見ることができる神秘を足蹴にする。
無論、『老龍』はそれも織り込み済み。
その思惑は――、
「ナイス、おじさんっ!」
「助かります、王!」
一瞬。
俺が立ち止まり『月下』を振るう際に生じる、このたった一瞬の停滞こそ、『老龍』が欲してやまなかったモノなのだろう。
もちろん、俺はそれを含めて把握済み。
それでも奴の策略に乗ったのは――ある種、嗜虐心でも刺激されたのだろうか。
肉薄するのは先刻俺が勢いよく吹き飛ばした少年と、巨体は不利だと悟ったのか繊細な動作が可能となる人間形態へ移り変わった腐食龍だ。
どうやら、高位の龍は人間形態へ転変することもできるらしい。
なんとも便利な設定である。
それはそうと、
「逆にさ、不思議なわけ」
そう一人呟き、俺は『月下』を納刀し、そして懐にぶら下げた鞘から、『滅炎』の赤褐色の刀身を垣間見せる。
そして急迫する刺客たちに狼狽する仕草も見せずに、たった一歩を踏み込み――、
「――『厄滅」ッッ‼」
「いい加減、死に腐りなよ‼」
腐食龍は己を翼を太刀のようにしてもぎ取り、そしてその刀身に彼の生来の魔術を付与しながら鋭利な刀剣を振るう。
肩や少年は謎器官で龍を象り、俺へとその顎門を肉薄しようとする。
そして、彼らの必中必殺の一撃が俺へと直撃――、
「分を弁えろ。――彼我の実力差くらい、本能で悟れ」
する寸前、虚空に赤黒い軌跡を描いた『滅炎』の刀身が、遺憾なく猛威を振るった――、
――『羅刹・滅炎』
本来ならばこれは数えるのも膨大な手数により初めて尋常ではない威力を発揮するという実に非合理的な太刀だ。
そのポンコツぶりは俺がそれを所有していたことを忘却してしまっていることから推して知るべし。
無論、こんなポンコツ、そうそう併用する機会なんてない。
しかしながら、この余程という形容は実に厄介であり、それが絶対だとそう断定する材料なんてどこにもないのである。
それ故に駄目元でヴィルストさんに改良を頼み――そして彼は、この赤褐色の刀身へ神秘の魔術を付与したのである。
付与された魔術は、『超振動』。
無論、それだけでは何の効力も発揮できないだろう。
しかしながら、ヴィルストさん曰く、鬼切丸に付与された魔術は数百回もの斬撃が絶対条件という縛りにより強大な威力を成立させているらしい。
成程、確かにそういわれてみれば納得である。
その条理に従うのならば、決してあの億劫なプロセスを省略することはできず、故に鬼切丸は本格的にお蔵入り――と、いう手筈であった。
が、ここで諦観しないのがヴィルストさんクオリティーである。
彼はそんな劣悪な条件にも屈することはなく、改良を続け――そしてついに、『超振動』に辿り着いたらしい。
『超振動』という魔術は、文字通り起動すれば凄まじい頻度で刀身が震えるというモノ。
――振動って、斬撃に入るのかな?
これは大貴族迷言集から抜粋したモノである。
無論、大いにそれは暴論だ。
そんな理屈、通るわけがない。
だが、ヴィルストさんは微かな振動でも十二分に致命傷にまでは至らないものの、掠り傷程度は刻める程度に調節。
こうして、一度振るえば、。それに呼応して連鎖的に数千もの斬撃が発動する仕組みとなっている。
無論、それだけでは足りないので依然色々と制限をかけているのだが……それはまた別の話。
兎にも角にも、今重要なのはこうして超高出力が成立しているという事実で。
「――月まで吹っ飛びな」
「ぁがっ」
無論、木霊するのは鼓膜を容赦なく圧迫する爆音であった。




