秘書! 秘書ですから!
久々のギャグシーンです
「――『辻切り』」
「へえ……」
ガバルドはその体格に似合わぬ軽やかな動作で跳躍し、勢いを一切押し殺すこともなく、彼が通過する度に次々と首が宙を舞い踊る。
そんな獅子奮迅の活躍にどこか苦笑いにも近い複雑な表情を浮かべているのは、もちろん魔王こそアンセルである。
「……どうしたました、魔王様」
「いやね。彼も、存外強者だったんだって、そう再認識しただけ」
「――?」
傍らに控えていた秘書にそう返答するも、彼はそんな魔王に対し怪訝そうな眼差しを向けるだけである。
――なにせ、あの『英雄』だ。
数十年前から王国のみならず、魔人国に至るまで大いに名を馳せた、あの神話の根源ともいえる存在が、脆弱は筈がない。
だからこそ、あの力量は実に分かり切ったモノである。
それ故に、何故今更になって魔王がこんな感慨を抱くのか、ちょっとよく分からなかったのだろう。
それを的確に察した魔王は嘆息しながら苦笑する。
「いやね、彼って私にとっては『アレな人』程度の認識だったんだよね」
「えっ!? 『英雄』がどうしてそんな見解に!?」
「いやあ……」
無論、犯人など知れたこと。
奴である。
やたらと智謀にたけ、更に純粋な戦闘能力も魔王さえも凌ぐ程の練度で、だからこそ内面の残念さが浮き彫りになる、あの男である。
『おいクソ野郎! お前、なんで同僚たちに変な噂流してんだよ!?』
『――嫌な事件だったね』
『言っとくけど、主犯はお前だからな!』
『おいおい、濡れ衣も大概にしろよ。訴えるぞ』
『だったら俺はお前を名誉棄損罪で起訴してブタ箱おくりにしてやんぞ! ア”ァ!?』
『そんな……監禁だなんてっ。変態っ』
『そういう意味じゃねえよ! 俺をお前の妹と一緒にするな!』
『ライムちゃん以上に俺を愛しているって……この変態っ!』
『が、ガバルド……っ。俺はお前のことは絶滅危惧種の常識人だと認識していたが……そういうヤツだったのか……』
『ご、誤解だぁっ!』
……そう、アンセルにとって、『英雄』とはこのような人物像である。
子供のように大人げなくはしゃぎ、一見してみれば憤慨しているように見えて実は心の奥底ではこのやり取りを楽しんでいる、そういうヤツだ。
それ故にガバルドと『英雄』が直結しないのである。
だからこそ、この光景に度肝を抜かれてしまう。
「どうやら、私の慧眼も老いぼれたようだね」
「……一体、私が不在の間に何があったんですか」
「スク水を着せられてたよ」
「!?」
秘書さん、「嘘でしょ!?」と心底驚愕していらっしゃるが、スルーだ。
「さて。休息を済ませたし、そろそろ私も戦線に復帰しましょうかね」
「承知っ」
何故か頬を紅潮させながら、そう明瞭に返答する秘書さん。
別に、妄想なんかしてない。
意外と童顔な魔王のスク水姿を思い浮かべてしまって、ちょびっとだけ興奮してるとか、そういうことはないったらないのだ。
私、秘書!
そう心に言い聞かせ、あそこを意識してかちょびっと内股になりながら懐から鋭利なナイフを取りだす秘書さんであった。
「――――」
鈍感なのか、それとも看破してはいるがデリケート故に言及することは避けたのか、そんなどことなく挙動不審な秘書さんを意に介することもなく、魔王はそれまで納められていた鞘から、その黒塗りの刀身を露出させる。
「――これを抜くのも、久しぶりだね」
「ッ!?」
『抜く』という単語に露骨に反応する秘書さん。
もちろんスルー。
剥き出しになった刀身の幅は広く、所謂大剣と言われる類の武器系統であり、岩盤程度ならば容易くその質量のみ両断できてしまえるだろう。
だが、何よりも恐ろしいのはその大剣に付与された絶大な魔力だ。
かつて己に宿る異能を全開でアンセルへど挑んだレギウルスさえもたった一振りで返り討ちにしてしまったその大剣は、まるで主に握られることを喝采するかのように禍々しいオーラ―を放っている。
アンセルはその大剣を軽々と、それこと枝木を持ち上げるかのように素振りして感覚を確かめると、それまで遮断していた気配をようやく露出させる。
そんな露骨な罠すらも関知できないのか、数十体の血肉に貪欲な眷属たちがアンセルへと群がってくる。
が、アンセルは微動だにすることもなく、まして冷や汗の一筋さえも流すことはなく、ただただ威風堂々と来訪を心待ちにしている。
そして、眷属たちが広大な間合いへと一歩、また一歩と足を踏み入れた刹那、
「――『禍翔星』」
「がヵjろっ」
うめき声は、一瞬。
数瞬後には襲い掛かる眷属たちは声を発するために必要不可欠な喉さえも細切れにされ、そして地面の染みと化す。
その壮絶な光景を一瞥し、ようやく秘書さんも正気に戻ったようだ。
そう、決して上司に、王に、しかも同性に魅力なんて感じていないのだ!
断じて、断じてである!
と、自己暗示しつつ、秘書は手慣れた動作で鋭利なナイフを投擲する。
「がぁjt6っ」
木霊するのは断末魔の悲鳴だ。
秘書が正確無比に狙いを定め投擲したナイフは、確かに魔王の死角をすり足歩行で肉薄する眷属mの眼球を刳り貫く。
更に、その刀身に塗ってあった即効性の魔術的な劇毒が存分に猛威を振るい、数秒後には頭部を溶解させながらも眷属は絶命していた。
流石、秘書さん。
時折挙動不審が玉に瑕なのだが、その実力はお墨付きなのである。
「おや、アシスト有難うね」
「秘書として、至極当然です」
「それはそれは」
魔王スマイル!
必然、秘書は尊さのあまり悶絶する。
と、なんだか場違いなコミカルな雰囲気が持続すると思われていた、その時。
「「――ッッ」」
同時、『英雄』と『魔王』は盛大に目を剥く。
お互い滝のように汗を流しながら、察知できてしまったその絶大な気配を噛み砕き、そして即座に伝達する。
「――総員、聞け! 魔王レベルの素性の知れぬ新手がこちらへと向かってきている! 眼下の敵は後回しに、準備を整えろ!」
「――――」
その指示に誰もが瞠目するが、しかしながら首を傾げる理性に反し、手先はガバルドの言葉通りに動いている。
――なにせ、あの『英雄』なのだ。
ならば、衆愚の内の一人である己たちに、それに歯向かうことはないし、逆にデメリットしかないと考慮したのだろう。
そして、両陣営共に新手の襲撃への準備を万端にし――、
「――ぽんっ」
――次の瞬間、拠点としていた廃墟が盛大に爆破していった。




