対峙する二人
それから、三度月が満ち、日が昇った。
ちなみに、俺は未だこの屋敷の全体図を把握することに成功できていない。
当然だよね!
なにあの複雑さ。
防犯対策なのは理解できるけど弊害が凄い。
もうちょっとそこら辺のことを考慮できなかったのか。
俺はただ設計者にクレームを申したい。
さて、閑話休題。
そんなわけでこの出鱈目屋敷に精通した姫さんの案内がないとたちまち迷ってしまうわけで。
「そんな訳でおっさん……お父様の執務室に案内してくれ」
「確かに三十路なのは認めますけどまだおっさんと揶揄されるほどお父様は老いていませんよ? あと、それが騎士様の態度ですか」
「だって俺騎士じゃないもん」
「また屁理屈を……」
あくまで俺は姫さんを守るだけ。
面倒な騎士とかに誰がなるかよ。
というか、本当に今更だなその話題。
「まぁ、俺もそろそろ報酬を貰いたいわけですよ」
「――〈黄昏の賢者〉との茶会、でしたか」
「そうそう。 それもお父様から教えてもらったの?」
「ま、まぁ……」
へぇ、シルファーももう既に把握しているんだ。
まぁ、知られても特に悪影響も弊害もないんだけどね。
そういえば、後一つ聞かなければならないことがあった。
「そういえば、姫さん。 あんた魔術使えないんだって?」
「……どういうわけか、そうみたいですね。 魔力はあるらしいんですけど、中々それを操作できないんですよ」
「そうか……」
これもついでに賢者とやらに聞いておくか。
そして俺はシルファーの背を負って扉を潜り、廊下へと出る。
当然、幾多もの同じような扉が乱雑に展開されていた。
だが、よく見ると似ているようで細部が異なっているのだ。
確かに、屋敷の情報を完全に把握すれば侵入できるかもね。
「やっぱクッソ広いな。 これ作ったのホント誰だよ」
「かなり古い情報なので確かではないのですが、初代の当主が直々に設計し、一夜で作り上げたらしいですよ」
「秀吉かっ」
ホント、ファンタジー極まりないな。
だが、この屋敷は明らかにアーティファクトの類だ。
それに込められた魔力はまず間違いなくその当主とやらのモノ。
つまり、当主は代々受け継がれた魔術以外にもなんらかの――空間系統の可能性大――魔術を保有していたということか。
これがシルファーのような者にも適用されるのか、それとも単純に初代当主とやらが異常極まりないのか。
少なくともこれの確認はシルファーが魔力を使えない以上できないしな。
困った時は〈黄昏の賢者〉に聞いてみようそうしよう。
そんな風に思考を巡らせている間にも、何度も何度も扉を開き、通り抜け、迷いない足取りで進んで行く俺達。
これを暗記できるシルファーの脳味噌は普通に異常だよな。
まぁ、暗記なら負ける気はしないがな。
「――着きましたよ」
「お、やっぱ早いな。 案内してくれてありがとよ」
「当然ですよ。 なんせわたしですから」
「さいですか。 あ、用済みみたいで悪いけど、シルファーはもう帰っていいよ。 ゆっくり話したいしね」
「むぅ……アキラさんが言うなら」
不満そうに頬を膨らませながら、渋々シルファーは俺へ踵を返した。
気配が完璧になくなるのを確認しながらm俺はドアノブを引き、その扉の奥へと進んでいった。
「――やぁ、アキラ君。 久方ぶりだね」
「えぇ、そうですね。 丁度一週間ぶりです」
そして今、俺とおっさんは対峙していた。
おっさんは今もにやにやと愛想の良い笑みを浮かべているがそれがギラギラと輝いている双眸を見ると嘘偽りであることは明白。
流石、交渉慣れした当主様だ。
その場に彼が存在するだけで周囲に絶大なプレッシャーを放ち、交渉の手綱をどうしても握らせてくれない。
こりゃあ面倒なことになりそうだな。
「いやー、君のおかげで娘がかつてないほど元気を取り戻しているよ。 本当に感謝している。 だが、やっぱりちょっと嫉妬してしまうね」
「それはありがたいことです」
俺としてはありがたくもなんともないし、というか逆に迷惑以外の何物でもないんだけどねと言ったら殺されるだろうか。
よし、お口チェックだ。
「――おっと、そろそろ本題に移るべきだね」
「えぇ。 ――〈黄昏の賢者〉との面談、本当なんですね?」
「ハッハッハ、これでもそれなりに人族や王国へ貢献してきたルシファルス家の当主さ。 当然、約束は守るよ」
「それは僥倖」
これで賢者とやらが偽物だったりおっさんだったら絶対ぶっ殺すけどな。
そんな迷惑極まりないオチ、誰も望んでいないぞ!
もしおっさんだったら俺はおっさんと出会うためにここまで苦労してきたことになってしまうからな。
それだけは流石に回避したいのである。
「なんせ私は――いや、この世界で鼓動し、息を吐く生物は皆約束を破れらない、破れない主義なんだからね」
「そうですよね」
確かに、敵に回ると厄介極まりないルールである。
だが、逆にこちらがそれを利用すれば十分な武器と成り得る要素でもる。
また一つ、確証を得ることができた。
「この屋敷は空間魔術〈ネクト〉によって現世の空間を無理やり歪め、そしてそれ故にありとあらゆる場所で転移することができる」
「――つまり、この扉を使えば〈黄昏の賢者〉とも会える、ということですか。 強盗とかに便利な魔術ですね」
「滅多なことを言わないでおくれ。 賢者殿の森へ繋がる扉は、アレだ」
そう告げおっさんは横眼でやたら豪華絢爛な扉を一瞥する。
成程、これか。
「ありがとうございます。 あと、一応言っておきますがこの先も護衛は続けさせてもらいますよ? なんせ、色んな意味で収入がよろしいですからね」
「ハッハッハ、問題ないよ。 後、くれぐれも無礼がないように」
「分かりました」
そして俺は扉へと立ち、その奥へと侵入していった。




