妹が、誰にでも愛嬌を振りまくとは言ってはない
最近更に設定が増えた妹の話です。
だいたい九章で明かされると思いますね。
一方、時間は少し遡る。
そこは、広大かつ閑静な砦だ。
かつて凶悪な災厄によりその砦に生息する生命の一切合切を奪い尽くし、そこらかしろに頭蓋骨が転がっている。
綺麗だ。
まるで、肉だけが溶け堕ちたかのような、そんな惨状である。
「……はあ。面倒なのだ」
「まあまあ、メイルちゃん。確かにレギウルスくんが居ないのが残念だってことは理解できるけどね」
「……一言もそんなことは言ってないのだ」
「? てっきりそうだと思ったけど、違った?」
「……なんだか、誤魔化すのも段々と面倒くさくなったのだ」
「???」
酷く辟易した様子で溜息を吐くメイルのその様子は、どこか疲れ果てたサラリーマンを彷彿とさせる。
そんなメイルを困ったように眺めるのは色素が抜け落ちた印象の美少女、沙織である。
「というか、今更なのだが、カメン……いや、沙織ってちゃんと喋れるのだな」
「じゃあ気になるんですけど、今まで何だと思ってたの?」
「コミュ障」
端的に返され、でも実際のところ当初は割と物騒な雰囲気に萎縮してしまっていたのも紛れもない事実なので言い返せない沙織さんであった。
どうも既に開き直ったのかその容貌を遮る忌々しき(アキラさん的に)仮面はとっくの昔に外されている。
あくまでも、沙織が魔人族サイドについたのは一種の気まぐれだ。
個人的に腐敗しているようにしか思えない人族とはあまり関わりたくない……というのが本音である。
それはそうと、
「……それにしても、意外なのだ」
「? 何が?」
天然な親友(?)が小首を傾げる情景を「本当に同性なのに、スゴイ格差だな……」と容姿の良し悪しを気にするメイルであった。
ちなみに、メイルも十二分に年の割には美少女とも形容できる可憐な外見であるのだが、悲しいかな。
それでもなお人知を上回る沙織に勝利することはできなかったらしい。
そんなどうでもいい雑感を思案しながら、メイルはちらっとその件の沙織を一瞥する。
「あのニンゲンは、お前を参戦させること。正直度肝を抜かれたのだ」
「あー」
大体何が疑問なのかを察し、澄み渡った声音で呻く沙織であった。
「――――」
不思議なことにそんな姿も可愛らしく、すこぶるつきで可愛らしいので、妬心の念を一瞬抱くが、沙織の純粋無垢さに毒気がぬかれる。
沙織という少女は、ひたすら無垢なのだ。
虚言という概念を知らず、他者を疑ったこともない。
それは短所でもあるのだが……割かし汚れてしまったメイルからしてみれば、どこか羨ましく思え仕舞う。
そんなメイルを横目に、沙織は口元に可愛らしい微笑を浮かべながら滔々と語る。
「多分、アキラはどちらにしろ危険性は変わらないって、そう思ったんだと思う」
「――? どういう意味なのだ?」
戦場と存外に呑気な王国。
これらを比較すれば、どれが安然を得るのに適しているのかを推し量るのは一目瞭然だと思うのだが、どうやら沙織の見解は少々異なるらしい。
「――『厄龍』」
「――――」
それは、少々馴染みのない単語である。
アキラからある程度の概要を聞き入れたのだが、しかしながら、情報提供者はあのスズシロ・アキラである。
奴が吐き出す情報を信頼するなんて、愚の骨頂。
そして、メイルはどこぞの真っ白な少女と異なり、他者を常に疑うことこそが天職な一応とはいえ参謀な少女。
記憶する価値はないと、ほとんど聞き流してしまったというのが残念な本音である。
無論、明らかにアキラに対して淡い念を抱いている沙織の眼前でそんな無遠慮な発言、禁句である。
だからこそ、返答は曖昧模糊とした沈黙を以て執り行われる。
なんとなく雰囲気から知らないんだなあと、そう察した沙織は、大雑把に語る。
「『厄龍』ってのはね、なんか悪い人! うん、説明終わり!」
「大雑把が過ぎるぞ」
まるでどこぞの日曜朝アニメのように要領を得ない発言にジト目になるメイルであったが、実際あながち間違ってもいない。
『厄龍』ルイン。
かつてこの混在する世界線を作り出してしまった黒幕であり、一応メイルもおぼろげな意識でこそあるが面識はある。
彼が発する気配は邪悪そのもの。
なんとなく、沙織の印象が理解できた気がして苦笑してしまう。
「『厄龍』ってさ、アキラ曰く本当に神出鬼没らしくてさ、気づいたら背後に現れているらしんだよね」
「あー」
何となくアキラが何を考えて最愛の女の子をこんな物騒な戦場へ参戦を促した意図が理解できてしまい、間抜けな声音を響かせてしまう。
『厄龍』はどこにでも出没し、故に如何に巧妙に気配を隠蔽しようが、如何に安全な場所に咽頭しようが無意味。
ならばいっそのことメイルという護衛的存在がいるこの砦に配置したのだろう。
無論、あの沙織を溺愛するあまり女装写真集の撮影さえ嬉々として受け入れてしまう、そんなアキラである。
流石に護衛役がメイルたった一人では不味いと、そう考慮したのだろう。
だからこその、この少女である。
「――――」
「……ねえ、沙織。あのニンゲンに本当に妹なんて居るの?」
「う、うーん、少なくとも、三年前ではそんな気配もなかったし、たとえ三年前に生まれたとしても、年齢の辻褄が合わないと思うよ」
「だよね」
皆一様に、じーとその幼女を一瞥する。
幼女様は、何故か王様のようにふんぞり返っており、じっと、それこそ射殺せんとばかりに沙織を睥睨している。
その瞳に宿る敵愾心は疑いようもなく、こんな敵意剥き出しの子が護衛か……と、ちょっと不安に思える。
が、そもそも戦士に護衛がつく時点で特例なのだ。
自分ののような身分が、そんな贅沢言ってはいけないとそう自責の念を抱きながら、沙織はせめて歩み寄ろうと、少々引き攣りながらも微笑を浮かべる。
「あなた、アキラの妹さんなの?」
「――黙れ」
「ア、ハイ」
アキラへ接する際の、あの愛嬌に溢れた仕草は、今や鳴りを潜め、今は歴戦の猛者もかくやという眼光を放っている。
どうやら沙織は既に根底的に幼女様に嫌われてしまっているらしい。
その事実にちょっと傷心しつつも、それでもなお沙織はめげない。
「ほ、ほら、飴ちゃんあるよ~」
「息を吐くな。臭い」
ビキッ。
切れてしまったその堪忍袋の緒は一体誰のモノであったのだろう。
幽鬼のように、その瞳に友人を無条件でけなされたその事実に憤慨をあらわにするメイルが立ち上がる、その寸前――、
「――陣っ」
直後、何の前触れもなく廃墟の国の国土面積の一切合切を喰い尽くす程に広大な魔法陣が浮かび上がり――直後、極光が迸った。
……「本編二十話くらい書いたら、番外編書きますよ!」とか言いやがった作者は一体全体どこのどいつでしょうか。




