呪言
地味にローブさんの詠唱は呪術の帳に影響されたと思います。
「――――」
紡ぐ。
紡がれる。
紡がれて、しまう。
その魔術師の容貌は漆黒のローブにより隠されており、如何なる方角からも素肌の一つも見せやしない。
それも、ある意味当然であろう。
が、それはまた別の話である。
「――鮮血よりもなお痛烈で、絶叫を上回る悲鳴を。万の生命よ。途絶えてしまえ、その拍動。今ここに、再度龍の厄災を」
不意に、伏せられていた陣が眩い光を放った。
それはさながら燦然と輝く太陽のようで、触れてしまえば即座に焼ききれてしまいそうな気さえもする。
そして――、
「いでよ。――『森羅万象』」
今ここに、神話が始まるのだ。
無論、それは月並みにありふれた英雄譚などではない。
それは、絶叫と、魂の奥底から吐き出された悲鳴により彩られる、壮絶かつおぞましき設定により構築されたストーリだ。
汚く、どこまでも醜悪な。
「――だから、ボクは君たちの見方をさせてもらうよ」
それは、男なのか、あるいは、女性なのかも定かではない、曖昧模糊とした中性的な声音であった。
だが、これだけは判別できる。
「――さあ、宴だ。鮮血の海の荒野で、嘲笑しようか」
――その人物の人柄は、どうしようもなく薄汚れてしまっていたのだと。
だが、一向に王国を覆い尽くす程に生じていったはずの害悪という概念の化身ともいえる彼の眷属は現れない。
それも当然だろう。
なにせ、陣にはあの少年が小細工を施したのだから。
(……あれほど強固な陣、初めてみたな)
少年が刻んだ陣は、いわざプログラムでたとえるのならばバグだ。
それを取り除いてしまえば連鎖的に他の機能が不具合を起こし、不用意に触れることさえもため割られる品物。
「本当に、厄介だね」
どちらにせよ、あの胡乱な男からはそれを取り除くことを禁止されている。
その禁を、今更になって破る心算など、毛頭なかった。
「――――」
幾度となく自分たちに敵対していたあの少年は、今頃何をしているだろうか。
談笑?
それとも、らしくもなく真摯にこの事変に向き合っているのかもしれない。
いずれにしろ、その末路に差異はない。
「――全員、殺してやる」
――それは、決意であり、誓約であり、呪言でもあった。
微かに、ローブからその瞳が垣間見える。
微かに見出すことのできるその瞳には多種多様な色彩が綯い交ぜになっており、思わず吐き気さえもさしてくる。
そんなおぞましき瞳に宿るのは――堪え切れぬ、激情であった、
一切合切は、このゴミ屑のような世界への復讐でしかない。
願わくば、その過程で『あの男』の素性が明瞭になってしまえばいいと、そう瞑目しながら思案する。
「死神。――覚悟するんだな」
そう、かつて己へ絶え間もない激痛を浴びせた存在へ、細腕に巻き付いた無数の包帯を指すリながら、そう呟いたのだった。
――静謐な雰囲気が、木霊していた。
否、それでは少々語弊があるだろう。
今現在、未だかつない戦局に皆一様に固唾をのみ、途轍もない緊張感が口をつぐませてしまっているのだ。
瞑目するガバルドもその一人だ。
故に、その弱気な態度を咎めることもできずに、じっと仮眠を済ませる。
不意に、気配。
「おや、ここに居たのかい。『英雄』」
「……魔王、何しに来た?」
「そう邪険しないでよ。というか、君達絶対私の本名忘却したでしょ」
「ちょっと何言ってるのか分からない」
「さいですか」
傍らの廃墟のブロックに傍らる魔王の瞼には大いに隈が刻まれており、どうもその瞳は焦点を失っているように思える。
度重なる労働で身体が悲鳴をあげていることは一目瞭然である。
「……一旦休んだらどうだい?」
「――二十七日」
「?」
不可解な言動に怪訝な眼差しを向けるガバルドであったが、次の瞬間魔王の衝撃的な発言に大いに瞠目することとなった。
「これが、私の最大連続徹夜日数だよ」
「いや、誇るべきことじゃないと思うぞ」
魔王さん、未だかつてないドヤ顔!
どうやら、魔王にとってそれは十二分に自慢すべき内容であったらしい。
ちなみに魔人族と人族は根底的に身体の構造が異なっているが故に徹夜できる日数にも差異が生じるのだ。
余談だが、どこぞの変態紳士は二か月連続で仮眠さえも後回しにデスクワークに勤しんでいたりもしていたのだが……それはまた別の話である。
「……そういや、毎朝スズシロのところに行ってるよな。夜這いか」
「なんで真っ先にその選択肢が到来するのかな?」
「違うか。あっ、確かに失念していた。――百合だもんね」
「どういう意味!?」
大丈夫、俺空気読んでるから……とさりげなく魔王から距離をとるガバルドであった。
ちなみに、余談であるが、最近になってガバルドはシルファー救出の一件や、またアキラの護衛以来斡旋などによりそれなりにヴィルストと親しいらしく、今日何故か彼から一枚の写真が送られていたりもする。
なにこれ可愛いじゃん。
そう思った直後に見目麗しいネコミミメイドの正体をしって「うがーーっ」と発狂したのは言うまでもない。
アキラさんは、黙っていればイケメン(もしくは美少女)。
これはもはや共通認識と化していたりもしていた。
「……ちょっと、死闘を前に質問していい?」
「遺言か?」
「物騒だね。いやね。ちょっと、君の態度の不自然さにちょっと不可解に思えただけなんだよね、うん」
「――。態度?」
それこそ逆に不明慮な発言に眉を顰めるガバルドであったが、しかしながら魔王の表情は真剣そのもの。
魔王は、どこぞのキ●ガイとは異なる、未だ数少ない常識人であることがこのたった一幕で否応なしに理解できてしまうだろう。
閑話休題。
魔王は嘆息しながら、滔々と語る」
「いやね、君って、相当古参の騎士でしょ?」
「否定はしねえよ」
ガバルドが騎士団に入団したのが十五。
今の年齢を考慮すると、それこそ最古参とも形容できるだろう。
だからこそ、納得ができない。
「ならば、私たちが如何に残虐な仕打ちをしたのことを理解していない筈がないと思うんだよね。それに君、よく根を持つタイプでしょ?」
「……悪口か?」
「そうともいうよ」
悪気もない魔王の態度に「はあ……」と重苦しい溜息を吐きながら、すっとガバルドは閉じられていた瞳を再度見開いた。
「――勘違いするなよ」
「――――」
「憤りは、今もなお健在だ。俺の脳裏には、未だあの悲鳴が焼き付いて離れねえよ。それは未来永劫、変わりやしねえよ」
「そうかい」
「だが――今は、憤慨といっても、ちょっと毛色が違うんだよ。自分でもわけがわからん。だから、そんなモノを今更押し付ける心算なんて、ない」
「――――」
本当に、誠実な男だな。
そんな、不倶戴天の『英雄』へ感慨を抱いた直後――、
――それは、悪寒であった。
まるで、神経を無作為に嬲られるような、そんな感触。
「「――ッッ!!」」
互いに飛び退き――体制を、整える。
来るべき災厄へ向けて――、
ちなみに、黒ローブさんはまたもスピカ君から派生したキャラです
だいたい『厄龍』絡み。
テーマは「外道だけど、事情知ったら憎めない奴」です。
NAОYAスタイルともいう。
そういえば、呪術いつ休載復帰するんでしょうかね




