女の子に、なりたくないっ
……ここまで来るのに五万文字以上かかったきがしますけど、気のせいですね
ルシファルス家直属屋敷の眼下にて。
「どうだったかし――メイドッ!? エェ、ナンデメイドっ!?」
酷く狼狽したかのような、そんな無慈悲な声音がいんいんと木霊したのだった。
「パパは無慈悲だった」
ようやく和解も果たし、諸事情を話し込むのが終幕し、踵を返し妹と落ち合った途端この反応である。
そう――あろうことか、あの男、娘に殺人未遂な行為をやらかしたことに未だ憤っているのか、このような手段を用いているのだ。
普通に迷惑である。
控えめにって娘にひかれて泣き叫んで欲しい。
まあ、俺にがライムちゃんがいるので問題はナッシングなんですがね。
その肝心のライムちゃんが、「ちょっと何言ってるのか分からない!」とでもいうように唖然と絶句している様子だ。
それもそうだろう。
なにせ、お兄ちゃんがネコミミメイド姿で帰宅したのだ。
しかも、なぜかやたらと可愛いし。
何故か普段淡白なライムちゃんにしては珍しく、慌てながらも頬を真っ赤に染め上げ、じっと上目遣いでこちらを凝視する。
「ちょ、お兄ちゃんどうしたの!?」
「聞かないでくれると嬉しいかな……」
「……不満はあるけど、一応承知したわ、お姉ちゃ――お兄ちゃん」
「今お姉ちゃんって言おうとしたよね? したよね!?」
「ちょっと静かにしてよ、お姉ちゃん!」
「明言しないでくれるかな」
ちなみに、自分でいうのもなんだか恥ずかしいのだが、今現在俺はフリルたっぷりのエプロンで着飾っているので――めっちゃ可愛い。
沙織には依然届かないが、それでも美少女と、そう形容してもなんら申し分もない美貌となってしまっている。
つまること――、
「――子猫ちゃんたち、お茶でも、どうかな?」
野生の、貴族が現れた!
はい、何の変哲もないナンパです。
本職のメイドさんはこんな煽情的な格好は絶対にしないので、いわゆるコスプレ趣味とでも思われたのだろう。
こんな大衆の前でこんな、いっそロリータファッションともいえる服装で紛れでいるのならば、それはそれでドン引きである。
しかしながら、俺にはそれを差し引いてもデートでもしたい程の魅力があったのだろう。
そう俯瞰的に考察してしまう。
途端、襲い掛かる羞恥心。
(ちょ!? 今俺、自分のこと美貌っていってた!?)
ちくしょう、やたらとルシファルス家の面々にちやほやされてしまったので、変な意味で吹っ切れてしまいそうである。
しかしながら、勘違いしないで欲しい。
俺の性癖は実に常識的は範囲内であり、強いていうのならば沙織の影響によりロリ体系に目をいってしまう程度。
自他共に認めてしまえば、後戻りはできない……!
「て、撤退! 撤退!」
「ああ……。折角お姉様と茶会できると思ったのに」
やたらと容姿端麗なナンパ男から俺は急いで背を向け、本拠地へと駆けだしていったのだった。
「うぅ……可愛かったのに」
「だから大問題なんだよね」
ドラ●もん顔負けの便利性を保有するライムちゃんの尽力により、ようやく俺は本来の俺を取り戻すことに成功したのだ……!
なんだか後半の字面だけみると、まるで少年漫画のように感じられるのだが、実際は男装メイドがもとに戻っただけである。
だというのに、何故かやたらとライムちゃんはそれをお気に召していないようである。
「……何があったのかな、スズシロ君」
「どうせまた面倒ごとだろ。ほっとけ」
「それはそれでどこか寂しいような…」
ルイーズが怪訝な眼差しを俺へ向けるが、まるで荒れ果てた川に不要に近づく子供を咎める親のようにガイアスが諭す。
何故か、段々と年長組の親睦が深まっている件について。
「……というか、スズシロ君は今回の事変、どうするの?」
「ん? それはどういう意味ですかな?」
ルイーズが片手間のように『示念』により奇想天外な方策で料理を巧みに作り出しながら、そういえばとばかりにそう問いかける。
「そのまんまだよ。『清瀧事変』のお話」
「あー。まあ、疑問に思う?」
「当然ね」
俺の素性はとっくの昔に国王やその要人たちに露見しており、不用意に素顔を露出させてしまうと厄介なことになるだろう。
無論、それを俺が想定していないワケがない。
「安心して。今回の一件、俺は厳選したそれなりに信用できる子たちの指示と、ついでに『老龍』の足止めをするだけに留めておくよ」
「ふーん、そう――ごめん、ちょっと何言ってるのか分からない」
「――? 何か疑問でも?」
「大いにあるよ」
流れるように投擲。
手慣れた仕草で投げ入れられた絶品料理は狙い違わず俺の口元へ侵入し、直後に香ばしい牛肉の肉汁が溢れ出す。
美味なり。
と、満悦をあらわにする俺を、ルイーズははんば呆れたように見つめる。
「……君、あの『老龍』の足止めする気? 自殺願望でもあるの?」
「何、アレそんなに強いの?」
実際にやってみた感触としては、確かに龍種としての力量は十二分に上位層であるが、あくまでもそれは龍という枠組みの中での話。
俺の評価としては「絶対に倒せないけど、死にはしない」相手だ。
無論、腐食に関しても対策済みである。
それは無論ルイーズも既知のはずだが……。
「認知症って、怖いな……」
「同情したような眼差しを向けないでくれるかな!」
ナイフを『示念』で投擲するのは止めてくれないかな。
「……私として、君が死んでもらっては、死ねないから困るんだけどねえ」
「おいおい……そんだけ強大なのか?」
「うん。実はね――ぐぶっ」
「おっと。手が滑ったな」
不意に、親睦を深めていた筈のガイアスが流れるように、しなやかな筋肉を遺憾なく発揮して強烈なインパクトを……
「お巡りさん、こいつです!」
「ふんっ。――時間だぞ、スズシロ」
「――――」
「それと殴打に何の関連性が……」と問いだしたいが、殴られそうなのでスルーする。
ふいに窓の外の景色を眺めてみると、既に夕焼けの頃合だ。
「確かに……そろそろ、俺も征かなくてはな」
「アキラ。――死ねよ」
「そこは死ぬなとか、そういう優し言葉を投げかけるべきなんじゃ……」
「知らん」
そうにべもないガバルドも、よっこらしょと立ち上がり――、
「――それじゃあ、六百年の宿業に、終止符を打とうとか」
それ、俺の台詞ね!
そして――今、ようやく『清瀧事変』の幕が、上がる。
「術式展開。出力問題なし。座標固定完了。――『転移』」
紡がれる、紡がれる。
破滅を願うその声音が。
平和な一幕は、これにて終幕。
今から始めるのは――血を血で洗うような、壮絶な死闘の連続である。




