失恋
開き直ってほとんどオリジナルになってる件につきまして
「ふむ……シルファー、最近なんだか薄着が多いな」
「そ、そりゃあ部屋着ですからね……」
「成程。ならば俺もそれにならって部屋着に……」
「ちょ!? 何全裸になろうとしてるんですか!? も、もしかして……」
何故かおおむろにズボンを脱ぎすて、そのままの勢いでパンツにも手をかけようとするアキラを物理的に制止させる。
シルファーは突如としてそれなりに気になっている異性が突如として全裸になろうと試みた事実に頬を赤らめながら、露骨にベットをチラリ……
その姿、実にあざとい!
無論、万人が魅了されてしまいそうなその恥ずかし気な姿にも、あの真っ白な少女に恋をしてしまった狂人――もとい、アキラには何の痛痒にもならない。
明らかに勘違いしているシルファーちゃんへ、無慈悲な言葉を投げかけた。
「――? もしかしてってどういう意味だ?」
「!?」
「いや、俺ってさあ、私室では全裸なタイプなんだけど……」
恥ずかし気に語るアキラのその姿に、思わず羞恥心が吹っ切れてしまった。
「いや、それでもいきなり全裸にならないでくださいよ!」
「お前だってほとんど裸同然だろうが!」
「ちょ、ちょ!? そんな風に思ってたんですか!?」
「そりゃあそうだよ!」
「!?」
そう、そうなのだ。
本人は無自覚であるのだが、何故か無闇矢鱈とシルファーの私服の露出は、通常の品物と一線を画しているのだ。
露出する肩!
大胆に開いた胸元!
パンチラを指そう丈が短すぎるワンピース!
普通にアキラ君視点からすると痴女以外の何物でもないのだ。
しかしながら幼い頃からロクに同世代と交流を深めたこともないシルファーには、どうやら何を咎められているのかちょっとよく分からなかったらしい。
「――? アキラさん、疲れてるんですか?」
「殴っていい!? 殴ってもいいですか!?」
「何!? この令嬢」と憤慨を露わにするアキラに、余計シルファーさんは首を傾げる始末であった。
(……ああ、そういえば、そろそろ一か月か)
不意に、何の益体もなくそんな感慨を抱いてしまう。
――そう、スズシロ・アキラがこの屋敷に来訪してから、およそ一ケ月もの歳月が過ぎ去っていったのだ。
あの日、上目遣いでパパに懇願したシルファー。
無論、娘大好きなパパさんがその「お願い」を拒否することもできず、呆気なく実行に移してしまったらしい。
「お願い」とは、お察しできる通りスズシロ・アキラへの護衛依頼だ。
今現在ルシファルス家が抱える問題点の筆頭として挙げられるのは、人材不足だ。
ヴィルストの護衛に関しては、レイドが携わっているから、まだいい。
しかしながら例の一件により、残虐な『傲慢の英雄』が使用人たちを蹂躙し尽くし、今現在シルファーは完全にフリー。
ならば、これを口実にしちゃえばいいんじゃない? と、そう思案した次第であった。
それに、ヴィルストの『目』はガバルドとはまた違った意味合いであり、たとえ如何に巧妙に本心を包み隠そうとしても、容易く看過されてしまうだろう。
故に、面接に合格できてしまえばなんら問題もない。
シルファーの唯一の懸念は、器が小さ――娘を溺愛してしまい盲目になってしまうパパの裁量であったが――、
『ん? ああ、大丈夫。割と甘く見るから』
それはそれで……と呆れたものの、ヴィルスト曰くあくまでもアキラは「人格破綻者」であり、シルファーを狙おうとする意図は感じれないらしい。
だからこそ、こうして安心して言い合えることができるのだ。
「は、離せ! 俺は全裸になるんだ!」
「そんな「魔王は俺が倒す!」的な口振りで変態発言しないでくださいよ!」
「だが断る!」
「もうっ」
と、不意にアキラはなんとなしにその衝撃の事実に気が付いてしまう。
性格はさておき、十二分に美少女とも形容できるシルファーから、傍から見ればパンツを剥かれているとしか思えないこのシチュエーションは――、
「!? な、なんだかおっきくなって……」
「お構いなく」
何の変哲もない生理現象である。
――瞼を閉じれば、色んな想い出が浮かんでくる。
『天龍祭』にヴィルストには無断で共に出かけたことや、また迷子を見つけ、親元まで届けていたりもしていたこと。
ついでにちょっと太刀にロマンを感じちゃって指南を志願したこともあるのだが……彼女の泣き面から推して知るべしである。
(退屈だなんて、全然思えないな……)
もう、とっくの昔に「自分なんかが生きていいのか」なんていう葛藤は消え去っており、ただただまだ見ぬ明日へと期待だけがシルファーの胸の内を支配していた。
億劫に思えた明日にこんなにも楽しみに思えるなんて、昔の自分が効いたのならばら到底信じられない現状である。
――だが、何事にも終止符というモノは必ず存在する。
それこそが、この世界において不変の真理。
シルファー程度の小娘が、その摂理から抜け出すことなんて、到底不可能であったのだ。
それを理解できていなかったからこそ――もう一度、同じ過ちを繰り返してしまうのだろう。
「――っ」
人気のなくなった私室で横たわり、シルファーは一人寂しくすすり泣く。
無論、それを慰めてくれるあの藍色の髪の美少年はもうとっくの昔にシルファー自身が拒絶してしまったので不在だ。
その事実が、かえって幼気な少女の心を締め付ける。
「……どうしてっ」
――それは、『失恋』だ
時折アキラは魔人国を見据えながら、どこか切ない表情をするのが気がかりでこそあったが、それでもそれは咎める程のモノではない。
でも、それも今となっては――、
――俺は、沙織が好きだよ
そう、告げられてしまった。
心地いいとさえ思えたその声音は、呪言となり、シルファーという少女を確かに蝕んでいった。
その声音を聞き取ってしまった瞬間、いつのまにか頬からあの時のように涙が通り過ぎてしまっていた。
その後の醜態は思い出したくもなく、恥も外聞もなくアキラを追い払ってしまったことだけはある程度把握することができる。
そして、独りぼっちになってようやくシルファーは自覚したのだ。
――自分は、スズシロ・アキラのことが異性として好きなのだと。
それも、ある意味必然であろう。
馬車での助言である程度アキラのことは意識してしまい、こうして一ケ月同棲にも等しい生活を送っていたことがやがて決め手となった。
永劫のように感じられた日常を刹那にしてもらえた人。
きっと、シルファーはとっくの昔にその少年のことが好きで好きでしょうがなかったのだ。
だからこそ――その失恋が、存外胸を締め付ける。
「――っ」
どうして自分じゃないの?
そんなどうしようもない妬心の念を抱いてしまい、その度にそんな醜悪としかいいようのない様に嫌気がさしていく。
そんなプロセスを幾度繰り返したのだろう。
やがてアキラの輪郭は一ケ月にも渡りシルファーの私室から消え去ることとなった。
(……これで終わりか)
きっともう、あの人とは二度と出会うことはないのだろう。
仮に再開が果たされても煙がられるだけ。
だって、好きでもない相手に誰が好意的に振る舞える?
――シルファー・ルシファルスの精神性は非常に幼い。
それは今日この日に至るまで箱入り娘としてほとんど挫折を経験せずに暮らしていった弊害でもあるのだ。
だからこそ、どうしても意見を「ほどほど」に妥協することができない。
故に、彼女の思念はずっと極端のままだ。
それはきっと、どこまでも摩訶不思議な物語の世界をこれまでシルファーがこよなく愛していた、その弊害なのかもしれない。
だが、それを本人が気が付くこともなければ、成長が促されることもない。
「――よお、久しぶりだな」
――その扉が、もう一度開かれるまでは。
たまにはじんさんの楽曲もよきかな




