生きたい
……回想シーン故に原型を維持しなくちゃですけど、そもそもアレは今現在の私の美学と相反するような内容でしたので、訂正しました。
実はなぞらえるのが面倒くさくなったとか、そんなことはありませんよ。うん。
――溢れていく。
それまで、魂が拒絶していたその残酷な現実がようやく己へ急迫し――同時に、口元かは途方もない嘔吐感が込み上げる。
それと同時に、痛烈な自己嫌悪がなおもシルファーを苛む。
(忘れていた……忘れていたッッ‼」
あれだけ己を呪ったのに、それでもその身を投げ出してシルファーを死守しようとした、彼らを忘却してしまおうとしたのは。
到底、許容できない。
もはや、贖罪の余地なんてない。
そして、果てしない自己嫌悪に沈み、眼下の光景さえもその瞳で捉えることができなかったシルファーは、
「――落ち着け、姫さん」
「――ぁ」
呆れ果てたような、心底理解できないような、そんな様子でアキラはやれやれとシルファーを現世に引き戻す。
「ったく、流石に度肝を抜かれたぞ。 なにせ、いきなり発狂?されたからな」
「……すみません」
「いーいい。 気にするな。 まあ、状況からだいたい事情は理解してるし」
「――――」
アキラはすっと目を細めながら、続けざまに問いかける。
「記憶してるのはそれだけか?」
「いえ、朧げでこそありますが、微かに『傲慢』という単語に耳にしました」
「あ”ぁ? ったく、またかよ……っ」
「――――」
苛立ち気に頭を掻きながら、アキラは「はあ……」と重苦しい溜息を吐く。
その乱雑な姿に一瞬びくっと肩が震えるも、途端アキラを取り囲んでいた険悪な雰囲気は消え去り、元の快活なモノに後戻りする。
(……なんなんだろう、この人)
いきなり歴戦の猛者のような鋭い眼光になったり、その直後軽薄かつ人格破綻者に豹変したり、本当に忙しなく、掴み何処のない少年である。
少年は薄笑いを浮かべながら、肝心の事実を問いかける。
「――で、その後は?」
「すみません、夢の世界に揺蕩うような、そんあ心地だったので……」
無論、これは虚言。
あの刹那がシルファーの脳内から消去されているはずもなく、それはいまもなお健在であり、瞳を閉じればありありと浮かんでくる。
だが、それでも決して口にはしない。
だって、きっとあんな惨状を口にしてしまえば、また頬に水滴が通り過ぎてしまうから。
独りぼっちなら、まだいい。
でも、他者にそんな醜態を晒すのは、シルファーの微かな自尊心が到底許容しなかった。
「そうか。 ――なら、俺が話すのはその後の話だ」
「――――」
そんなシルファーをアキラは咎めることもなく、淡々と語り始める。
ルシファルス家当主の依頼を承諾した王国がアキラを筆頭とした騎士団を派遣したことも、それにより救済されたことも。
語られた声音を噛み砕くには少々の時間を要したが、それでも自分が度し難い程に蒙昧であることは否応なしに伝わった。
やがて、沈黙が馬車を木霊していき、非常に居た堪れない空気が続く中――身勝手に、唇が音を発した。
「ジュースは、よく私の悪戯を叱ってくれたんですよ。そういえば、幼少期に彼と結婚するなんてことも言ってましたっけ」
「――――」
「カペラは、何も考えていないようで、その実こっそり私のフォローをしてくれたんですよ。そういえば、そこそこ絵もうまかったですね」
「――――」
「ジーザスさんは、最近入ったばかりの子だったんですよ、本当に可愛くて、なんどもあのゆるふわな髪を撫でてましたね」
唐突に羅列されたその名にアキラはすっと目を細め、突き放すかのような声音で不可解へ問いかけていく。
「何が言いたい?」
口先が未だかつてない程にまわる。
だからこそ、ついうっかり話す筈もないことを口にしてしまったのだ。
「――私が、殺したんですよ」
「――――」
「私が、私が悪いんですよ。 私がそこにいたから、私がパパの娘だったから――私が、生れ落ちたから」
「――――」
慰めの一言が、欲しかったのだろうか。
それとも、地獄に垂れ流された蜘蛛の糸に縋るように、降りかかる耐え難き温情でも望んでしまったのだろうか。
そして――結局、そのどちらの幻想も完膚無きままに叩き潰されることとなってしまった。
「――「そんなわけない」「あなたが悪いんじゃなくて、諸悪の根源は魔人族だ」「苦しまなくてもいいよ」。以下ほとんど同文」
「――――」
「そういって適当に慰めるのが俺の役割だったんだが――止めだ止め! 気が滅入る」
「――ぁ」
物語の王子様は、ヒロインが傷ついた時、いつだって優しい言葉で鼓舞し、もう一度立ち直らせる契機を作り出した。
だが――既に、シルファーの夢物語はとっくの昔に砕け散っている。
それに、殊更痛感する。
「ああ――お前のせいだよ。 お前がいたから、皆死んだんだよ」
――それは、言葉の棘だ。
吐き出された声音に宿るその鋭利な棘は、容易くシルファーを蝕み、そして比類なき暗闇の深淵へと突き落としていく。
そうだ、自分は何を期待しているのだ。
どうして、今更になって温情の一言をもらえると、そう履き違えていたのだろうか。
――本当に、救えない
「聞こえるまでなんどだって言ってやるぞ。 ――お前が殺した。 お前が生まれたから、あいつらは死んだんだ」
「ち、違っ――」
「違う? おいおい、さっきまで述べていた懺悔と矛盾してるぞ」
「――ッ!」
この少年の言葉はどれだけ言い繕うが取り消すことのできない動かぬ事実であり、そしてシルファーにはもはやそれから目を背ける活力さえもない。
存在するのはこのゴミ屑のような世界へ希望を見出すことへの諦観と、矛先が定かではない果てしない嫌悪の念。
そして――、
「――自分自身の罪と向き合え、なんて残酷なことは言えねえよ」
「――ぁ」
「俺がつい最近互いの顔を見知ったお前を口出しする権利なんてないし、そもそもそんなことする義理もねえよ」
「――――」
「自分が嫌で嫌でしょうがなかったら己の寝首を掻けばいいし、なんなら俺が手伝ってやろうか?」
「ひっ」
直後、アキラはその冷淡な瞳でシルファーを射抜き――そして、ぶら下げた鞘から蒼穹の刀身を引き抜き、それをシルファーの首筋へ添える。
「ほら、首を微動させたら楽に死ねるぞ。 経験ないけど、即死なら多分痛覚なんて概念、存在しないだろうし」
「あっ、ぇっ」
剥き出しの刀身に萎縮するシルファーをアキラは心底つまならそうに見下ろしながら、目を細める。
アキラという少年は確かに自分を窮地から救い出してくれた少年であるのだが――それでも、その美貌がまるで化け物を思わせたのは気のせいか。
無論、その鋭利な刃を向けられてしまえば、瞬く間に華奢な細身が硬直し、精神が盛大に錯乱するが、その総意に変動はない。
「い、嫌だ……っ。死にたく、ないっ」
――即ち、生きたい、と。
自分自身でさえもそれが本心であると、そう錯覚していた自己嫌悪は結局のところただ慰めてもらいたいが故に生じたモノであり、この極限状態でそれを誤魔化すことなんて、脆弱なシルファーには到底不可能であった。
「――なんだ、生きたいんじゃん」
「――――」
アキラは漏れ出たその本音を満足げに聞き入れ――そして、シルファーの首筋に添えられていた刀身を再度収めた。
鍔が鞘と触れ合う硬質な音が響き渡ると共に張り詰めていた空気が霧散していく。
「それが、お前の本音だろうが。んなの、俺でもないのに誤魔化すなよ」
「――――」
「この先、色々と苦難が待ち受けるのかもしれないが、さっき漏れ出た本音を忘れるなよ。――きっと、それがお前の一助になる。俺がいいたいのは、それだけだ」
うわっ!?
ちょ、PC付近に蜘蛛の巣がっ!?
キッショ! 蜘蛛キショ!
……現在、スパ●ダーマンを彷彿とさせる自由自在な動作で逃げ惑う蜘蛛と死闘を繰り広げております。
私、こんな小説書いてますけど、虫系は苦手なんですよね……




