三人目
九章の伏線をさりげなく設置するスタイルです。
「――成程」
「――――」
嘆息。
それと同時に盛大に息を吐くヴィルストさんを中心に静謐な雰囲気が響き渡っており、鼓動の一つさえも勇気がいる。
そんな、沈黙を破ったのは他でもない本人自身だ。
「――アキラ君」
「――――」
目を鋭くさせるヴィルストさんの形相は真剣そのものであり、そしてその瞳からその真意を推し量ることは至難の業。
故に、直後放たれた声音は、十二分に度肝を抜かれることとなった。
「――ネコ耳と、メイド服。 どっちがいい?」
「……は?」
今、かつてないシリアスな場面だよね?
絶滅危惧種なみに稀有なシチュエーションを平然と素知らぬ顔でぶち壊したヴィルストさんに瞠目するなか、彼はそんな俺をお構いなしに淡々と語る。
「君ならどちらも似合うと思うが……やはり、本人を希望を聞かないとね。 それで、君はどう思う?」
「ヴィルストさんの頭のネジがぶっ飛んでいるだと思います」
「ふむ……幻聴の症状、か」
「いや、聞き間違えたワケじゃないから」
何?
ヴィルストさんってこんな変人だったの?
俺の凪いだ魂が未だかつてない程に狼狽しているのを肌で感じながら、俺はおそるおそる問い返す。
「えっと……一体全体、あなたは何を大前提に?」
「? 無論、君への制裁だよ」
どうやら最近の極刑とはメイド服の試着らしい。
(あれ、もしかして知らぬ間にまた異世界転移しちゃった?)
そうとしか考えれない惨状である。
しかしながら俺の予測が的外れな場合……どうやら、ヴィルストさんへの評価を改めなければいけないらしい。
無論、悪い意味合いで。
「すみません、制裁っていう単語に関しては理解できるのですが、その内容がちょっと理解できないと言いますか……」
「察しが悪いね。 二点減点だよ」
「加算システムが意味不明なのはスルーするとして……察し?」
とりあえず、俺はヴィルストさんの指摘に従い、何を見過ごしていたのか模索し……そして、ようやくその正答に辿り着く。
「――無罪放免、っていうことですか?」
「いいや、それは誤解だよ。 ネコミミメイド服姿の撮影がある」
「何故か統合されている衝撃の事実にはツッコミませんよ」
男のネコミミメイド姿なんて吐き気しか誘わないと、先日大衆の前で女装写真集を晒した俺は呆れる。
ブーメランとかいうツッコミは無粋である。
それはそうと、
「そんなの、『白日の繭』と比較すれば全然ですよ?」
「だろうね」
「だろうねって……」
肯定するのか……。
その意味不明な発言にただひたすら俺であったが、現状ヴィルストさんにそれを慮ることはないらしい。
キャラ崩壊も甚だしいぞ。
しかしながら『白日の繭』なんていう最悪の実刑の可能性が常に存在する中で、彼は俺にこんな罰ゲーム程度の軽い贖罪しか求めなかった。
どういう心境の変化なのだろうか。
と、ツッコむ寸前、ヴィルストさんはすっと目を細め、それこそ視線で人を殺害できてしまいそうな眼光で俺を射抜く。
「――私はね、君に同情……いや、同調してるんだよ」
「――?」
同情ならば、まだ辛うじて噛み砕くことはできる。
しかしながら同調なんて表現、不自然の極みでしかなく、あるいは下衆な勘繰りを指そうような、そんな発言であった。
それにただただ困惑する俺へ、ヴィルストは平淡と告げる。
「今は、この言葉の意味を知らなくてもいい」
「――――」
「でも、きっとこの先君は否応なしに私のベールを剥がすこととなく。 ――その時、君がどんな顔をするのか。 心底、楽しみにしているよ」
「――っ」
そう、口元に弧を描くヴィルストさん。
だが、その微笑からは、どこか俺に通じるモノを感じられることができた。
「偶然にも、こうして私たちが集まったんだ。 きっと、四人目も――あるいは、『彼』さえも、来訪するのかもしれない」
「――――」
「君にあった時、こうなる予感はあったんだ。 まあ、あんまりこんな物騒な予言なんて的中して欲しくないんだけどね」
「そう、ですか……」
「おや? 大いに疑念が抱いているのだろう? 問いかけないのかい?」
「だって、答えないでしょ、ヴィルストさん」
「御名答」
「はあ……」
だろうな。
こういう意味深な発言をするヤツ程に己の本心を表に出すことは稀有であることはよーく分かっている。
うん、今回もブーメランとか言わないでください。
俺の場合、単純に信頼している相手が極端に少ない……というか、もう、沙織以外に存在しないからな。
閑話休題。
「……んじゃ、改めて聞きますが、俺への制裁は如何いたします?」
「さっき口に出した通りだよ。 是非とも、娘と一緒に鑑賞会をしてみたいね」
「うわあ……鬼っすね」
女装ネコミミメイド服姿を鑑賞される程の恥辱なんて、きっとこの世界には存在しちゃいないだろう。
まあ、それはともかく。
「……んじゃ、許可は得たってことで、オッケーですかい?」
「否定はしない。 無論、その過程で娘を泣かせるようなことがあったら――どうなるか、分かっているよね」
「それこそ、愚問ですよ。 実際のところ相性とかもありますか、最強の手数を保有するヴィルストさんには多分勝てませんしね」
「おや、分かっているではないか」
「謙虚は姿勢って、日本人唯一無二の美徳なんだね……」
この世界の人々は、皆一様に何故かやたらと傲慢……というか、ただひたすらに図太い傾向である。
レギウルス然り、ガバルド然り。
やはり、この世界唯一の天使は沙織で決定だな。
と、そんな俺の邪な思案(?)を過敏にも看過したのか、ヴィルストは問いかける。
「そういえば、深くは聞いていなかったんだけど、君と、君が好んでいる異性は、付き合ってでもいるのかい?」
「あー。 ちょっとよく分からないですね。 一応、いい雰囲気にはなるんですけど、互い色々あって一線を踏み越すことができないんですよね」
「成程。 死にな」
「――ッ!?」
木霊する発砲音に目を見開きながら、俺は凄まじい反射神経を遺憾なく発揮し、虚空を足場に縦横無尽に跳躍し、辛うじて回避。
「えっと……無罪放免っていう話で落ち着いたんじゃないんですかね」
そう恨めし気に上目遣いで問いる俺へ、ヴィルストさんは慌てながら、
「チッ。 済まない、指がすべってしまった。 ほら、一発くらいなら誤射ってよく言うのではないかい」
「その誤射で危うく脳髄が弾け飛ぶ寸前だったんですが。 というか、今舌打ちしませんでしたか!?」
「アキラ君。 ――疲れてるんだよ」
「あなたがね!」
キャラ崩壊、禁止!
その後、俺はほどほどに雑談を交わし――そして、ヴィルストさんと踵を返し、ようやくその扉へ手をかけたのだった。
そして――、




