水着じゃ、ないな!?
「……お前ら、本当によく脱線するな」
「怖い……無機質な笑顔、コワイ……」
「何があったんだよ」
と、何故か絶え間の無い痛烈な恐怖に怯える俺へ、ガバルドが容赦情けなく張り手――そのまま流れるような動作で殴打、更に間髪入れずに蹴りも忘れちゃいない。
ああ、靴底の味……。
「駄目だこいつ、もう悟りを開いていやがる」
「……本当に愉快だね、君達」
その後天使のような沙織の微笑が舞い降り、それにより萎えていた魂が全快し、俺はようやく我に返る。
「……えっと、どこまで話したっけ」
「お前はジジイか」
「中年に言われたくない! 知ってるんだぞ、お前が日々記憶量の低下に思い悩んでいることなんてな!」
「キッショ! なんでんなこと知ってるんだよ!」
「それくらい、普段の態度で分かるわ!」
この後俺は沙織に、ガバルドは帝王とОHANASIしたのは言うまでもない。
「……確かに、亡霊都市云々だったな。 でも、だいたい話たろ? それに資料に詳しいプランを記載しているだろうし」
「いや、そこは理解している」
「――――」
今回の会議はあくまでも最終確認兼補足だ。
ルイーズをこき使って……勤勉な俺は誠心誠意分かりやすいように努力を積み、この資料を作成したのだ。
故に、そこまで長引く可能性もないと思っていたが、誤算が生じたな。
そう自嘲する俺へ、帝王は嘆息しながらその腹の奥を探ろうとする。
「亡霊都市にて一網打尽と記されているが……実際のところ勝算はどれくらいなのか? それと、配置は?」
「あれ、帝王さん分からないの?」
「――――」
「オッケーライカ、落ち着け。 刃を研ぐのは止めようか」
また俺何かしちゃいましたか。
「……癪ではあるが、私はそもそも判断を下すのに必要不可欠な情報が致命的に欠如してしまっている」
「あー、そういうことね」
「理解したようでなによりだ、メスガキ」
「もしかして根に持ってません……ん? メス? ちょっと何言ってるのか分からない:
「? 貴君はその実、女の子であろう? 沙織とやらが写真集を渡してくれたぞ」
「――――」
俺は、機械のようなぎこちない動きで沙織を一瞥する。
沙織さんは、申し訳なさそうに目を背けていらっしゃった。
「――沙織」
「ひっ」
未だかつてない無機質な声音に肩を震わせる沙織であったが、しかし今回ばかりは俺も甘やかすことはできない。
「――スク水姿は、掲載していないだろうな」
「そこ!? そこなの!?」
「う、うん。 それは私が永久保存してる」
「ならいい」
「許すんだ!」
自分でいってなんだが、俺はいわゆる女性が似合う系の男子らしく、たまに沙織の着せ替え人形と化している。
別に今更女装の一つや二つ、なんなのだろうか。
無論、俺自身はそれが趣味になっていたりもしれいないし、俺ってそこらの女性よりも可愛いななんて思ったりしてない。
だから――、
「……あの頃の清いスズシロは、もういないんだな」
「ぴえんぴえん、悲しいよお、魔王さんはとても悲しいよお」
「なんだその言いにくい鳴き声」
だから、どうかまるで遠くに行ってしまった友人を暖かく眺めるような、そんな眼差しを向けないで欲しい。
「……可愛かったな」
「……可愛かったね」
「憎たらしい程にな」
「君達何か俺に恨みでもあるのですかね」
紆余曲折あり、何故か沙織が携帯しているらしい写真集を刮目していた面々が何ともいえない表情をしている。
ちなみに、流石に俺は大衆の前で、しかもほぼ全員が知人というこの状況で女装写真集を閲覧されるのは恥である。
羞恥心故に顔を真っ赤に染めながら、俺はじっと恨めしそうに沙織を一瞥した。
「……というか、俺写真集なんて許可したっけ」
「……その背中が、全てを物語っている」
「ねえよ」
なんだろう、これまで天使のようだった沙織がどんどん周囲の面々に毒されているような気がする……。
「沙織、友達は選ぶべききだと思います」
「お前が言うな、お前が」
「大丈夫。 私はどんな問題児でも、傍らにいてそれで楽しいのなら、なんでもいいから」
「どうして俺を見て宣言する」
まるで言外に俺が度し難い問題児であることを暗喩しているかのような口調である。
数分後、ようやく永遠のように感じられた羞恥心のオンパレードが終幕し、ようやく俺は心の平穏が保たれることとなった。
「……確か、勝算だったっけ」
「……ああ、相違はないな、アキラちゃ――貴君」
「待って。 今俺の事アキラちゃんって言いかけたよね? 言ったよね!?」
「ごほんっ。 どうやらアキちゃ――貴君は少々頭がおかしいようだ。 なんならもとよりの外科を紹介しようか?」
「待って。 今悪化した」
何故愛称で……。
何故か不本意にも女装キャラとして定着しつつある戦慄すべき事態に唖然としながらも、俺はなんとか話題の修正を図った。
「――さて、話をしよう」
「あ、アキちゃん、今度一緒にお茶でも……」
「話を、しようッッ‼」
余計な茶々はいれない!
なんだか最近帝王のキャラ崩壊が激しいなあ……と遠い目をしながら、俺はさっさと本題に切り出すことにした。
「……戦局にもよるけど、総合で見ると五分五分だな。 まあ、強いていうのならばあっちの方が有利だと思う」
「……如何なる思考回路を以てその結論に?」
「――――」
先刻までの女の子らしさは一気に霧散し、『王』としての威厳を十分に示す帝王へ、俺は薄い笑みを浮かべながら答える。
「――同盟国の勢力は存外強大だ。 それと、これまでの記録を読み漁った結果弾き出した考えであるぞい」
「……肝心の『老龍』は、任せていいのか?」
「正確には俺とレギウルスだけどね」
「――――」
俺の読みが正しければ、『老龍』は時間さえ稼いでしまえば容易に打ち倒すことのできる相手である。
が、逆に言ってしまえば時間を浪費させることを失敗すれば、必然悲劇を免れることは叶わないだろう。
他はともかく、この人選は少数人数かつ最大の効力を発揮する人員に整た。
「……ふむ。 一応、納得しよう」
「ありがとさん」
まあ、帝王には帝王なりの思惑があるだろうが、そこら辺はまた別の話で。




