忠犬アキラ
こんな忠犬、誰が欲しいのでしょうか。
……まあ、この数字を見てしまえば、現実逃避の一つや二つ、普通だったらやりたくなるよなあ……。
「――三十万」
「ひっ」
「しかも、その中におよそ五体、国程度なら平気で滅ぼせるレベルの奴がいやがる」
「……私が先日討ち果たしたモノかい?」
「まあ、そうだな」
アレは『老龍』云々関係なく魔王の不祥事により生じたモノなのだが、その力量は五分五分といったところだろう。
憂慮すべきなのは数だけではない。
「それと、追記しておくと魔獣たちは時々魔石に宿った本質的な魔力を浪費して、発狂モードに陥る場合がある」
「……その場合、どれだけの実力なのか?」
「うーん……個体差もあるんだけど、サンプルからして多分、騎士レベルだと思う」
「うぼっ」
その非情な現実に打ちのめされる魔王。
王国の騎士は全員が精鋭であり、各員単独で幹部と渡り合うことさえも可能だというのが共通認識だ。
その影にガバルドの鬼畜指導もあったのだが……あまりに凄惨だったので割愛しておく。
「ガバルド……お前って、Sだったんだな」
「どういう意味だ!?」
「大丈夫。 分かってるから。 王国が誇る英雄は、筋骨隆々の男を鞭打って興奮してるだなんて、広める気ないから」
「止めろよ!? ホントに止めろよ!」
「と、言いつつ……?」
「なんだよその返し!」
ちなみに、ガバルドのS疑惑に関してはあまり関わりのない面々は何を言っているのか分からないと首を傾げている。
余談なのだが、若干一名男装中の自称女子が噴き出すのを堪えている様子だ。
「……だが、実際のところ三十万なんていう大群、本当に『亡霊区』なんかに収容することができるのか?」
「愛と希望と夢と気合で」
「帰っていいか?」
「呆れましたよ!」と露骨に表明するガバルドへ、俺は咳払いをしながら肝心の概要を語り始めた。
三十万もの眷属が果たして、一斉に王国周囲へ放たれたらどうなる?
必然、開演するのはおぞましき蹂躙劇。
ただただ無慈悲に人々が『龍』という抗いようのない存在に一蹴され、抵抗する余地さえもない、そんな劇だ。
生存できる者なんて、それこそ数百人で頑張った方だろう。
が、これでは本末転倒。
そんな体じゃ俺が奮闘した甲斐もなくなるので、なるべく外部への被害を最小限にしていくために様々な策を練ったのは。
その内一つが、コレ。
「……大規模転移、か」
「そそ。 適当な廃墟にでも落として、それからゆっくりと一網打尽にしていけばいいじゃんっていう算段。 お分かり?」
「理解できんな。 三十万もの大群を一斉に収容するなど、どれ程のエネルギーを浪費するのか分かっているのか?」
「帝王さん、竹を割ったような性格は美点であると思うんだけど、時にはそれが刃となることも考えてよ」
一応記載しておいたんだけどな……。
まあ、あまりに荒唐無稽すぎて、おそらく信じられないというのが彼らの正直な見解であろう。
が――、
「ほら、敵さんが頑張って陣作ったって、そういったじゃん」
「――――」
「俺がしたのはその陣を上書きする形で補正を加えてだけ。 ちなみに高度な隠蔽魔術を付与してあるから、ほぼほぼ看破されることはないよ!」
「それは僥倖だな」
「吞みこみ、存外早いね」
そう、正直なところ確実性を上昇させるのならば適当に巨大な陣を描けばいいのだが、それじゃあ勘づかれるからな。
あくまで、俺はしたのは小細工。
具体的には、座標を王国ではなく――亡霊都市と言われる廃墟に変更しただけである。
「……廃墟を鞭打つのはいささか無遠慮だと思うが」
「倫理? ナニソレ美味しいの?」
「ライカ、諦めろ。 スズシロが救い難い程に正確と顔がブスだってことは、もうとっくの昔に判明した自明の理だろ?」
「何故罵倒されたし」
性格ならばともかく、顔面まで揶揄される筋合いはないと思うのだが……どうやら『英雄』にその常識は通用しなかったようである。
――亡霊都市。
それは、かつて『暴食鬼』の面々がアジトとして利用していた都市のことを指しており、当時は恐怖の代名詞であったようだ。
が、しかし盛者必衰とでもいうべきか、ガバルドやライカら騎士団によりかつて完膚無きままに叩き潰されていたらしい。
無論、年はすぐさま閉鎖。
それこそ当時のルシファルス家当主に頼み込んで結界さえも運用してしまってりう始末である。
「もちろん、人口も0だろ?」
「……一応、そうなるな」
「仮に0じゃないとして、管理人は適当に避難させておけばいいだろうし、そうじゃない奴は知らん。 勝手に死ね」
「あ、アキラ、そういう言い方はちょっと……」
「そうじゃない人は、是非とも安らかに永眠なさって欲しい」
「違う、そうじゃない」
言い方を変えたのに、何故か苦言を申された。
解せぬ。
「……まあ、それはさておき、確かに亡霊都市ならば収容するに十二分に適しているな。 ……いっそのこと封印してしまえばいいんじゃね?」
「はーい、脳筋発言ありがとうございました! おめでとう、君は紛うことなき阿呆――ッ!?」
「ライカ、ありがとな?」
「手が滑ってだけだ」
股間が、股間が……!
というか、何故こうも激痛に苛まれ、悶絶しているというのに誰も、沙織さえも救出してくれないのか。
せめて回復魔法の一つや二つは欲しい。
と、苦言を申すと沙織はちょこんと可愛らしく首を傾げ――、
「――だって、そういうプレイなんでしょ?」
「メイルヲ、コロス」
「落ち着けスズシロ。 言動が世紀末になってるぞ」
メイル、貴様は何故こんな乙女に『プレイ』なんていう邪悪な概念を指南したのか……
が、一応メイルもれっきとした沙織の友人ともいえるかけがえのない存在なので、俺も自重してやろう。
「ツインテール&ゴスロリ姿永久保存くらいで妥協しておいてやる」
「――浮気?」
「なんでもありません」
「……忠犬だな」
「忠犬だね」
ああ、トラウマがっ……。
かつての事件の恐怖がその無機質な瞳により再熱し、喘息を起こす俺を心底哀れそうに眺めるガバルドであった。
沙織ちゃんが、汚れちゃったよお……
当初は沙織ちゃん=天使だったんですがね。
どうしてこうなった、




