始末と
その実、私「設定はもちろん考えてますよ!」とか言っておきながら、スピカ君の設定ほとんど考えなしだったんですよね。
だがしかし!
今回の執筆で何故か設定が膨れ上がり、何故か九章の主要キャラ、なんなら主人公とさえいえるレベルまで成り上がっていた件について。
どうしてこうなった!?
「――ひいいいいいいっっ」
「スピカ君、これが豚の鳴き声だよ。 人生においてこれが参考になるときなんてほとんどないと思うけど、覚えておきなよ」
「委細承知」
――執務室に、甲高い絶叫が響き渡る。
俺は、鮮血でぬれていった頬を手の甲で拭いながら、ふと激痛に泣き喚く亜人族――グルンを一瞥した。
傍らのスピカ君の華奢な細腕には、この男を刺し貫いた狂気である鋭利な小太刀が握られている。。
と、散歩にでも向かうかのような気安さを醸し出す俺たちへ、今の今まで無様に喚いていたグルン尾矛先が向けられる。
「何をしたんだよ! 俺が一体何をやったんだよ!」
「色々、やってんでしょ?」
「――――」
「王国にもいるんだから、もちろん亜人国にも存在しちゃうよな――『管理者』」
「どうして、そのことを……」
呆然自失状態とはいえ、それを認めた時点で減点だな。
こいつは有能とはいえ政治官タイプ。
故に、このように片腕を切り落とされるような人知を遥かに超えた痛覚には不慣れ、否経験したことさえないのだろう。
「にしてもちょっとうるさくない?」
「舌、削ぎます?」
「いいや、いいよ。 会話できなくなったら困るし」
「――ッッ」
ナチュラルに頭のネジがぶっ飛んだ会話を繰り広げる俺たちを、グルンは心底戦慄したかのような唖然とした眼差しで凝視している。
「おいおい、そんなに見てどした? 俺の美貌に惚れたか?」
「いええアキラ様。 僕ですよ。 この美少年の、僕に惚れたんですよ」
「いやいや、美少年っていう意味合いじゃ俺も中々だと思うぞ」
「ちょっと待って……アキラ様、ギャグセンスも流石ですね」
「ボケていないが」
言外に罵倒された気がしたのだが、きっと気のせいである。
まあ、それはさておき。
「――はーい、じゃあ吐ける情報全部吐いてから死に腐りましょうね、『管理者』さん」
「……いつ勘づいた?」
「うーん、数か月前?」
およそ『獅子の目』が結成された頃合である。
実のところ『獅子の目』は全国に派遣しておき、各国の要人たちをこの数か月の間、些細な言動にまで気を配って監視していたのだ。
そしてその結果、この男は明らかに不審と、そう判断された。
後は転がり落ちるが如く。
俺直々に確認し、そして相違はないと、そう判断した。
「だ、だったらどうして今更」
「だって適当に泳がせておけば色々と都合良いでしょ? おかげでお前らが巻き起こそうとしている事象のおおよそは把握したよ」
「なっ」
ルインは基本的に現世に干渉しない。
その代行人こそ『管理者』であり、どこに居るかもわからないルインを無作為に捜索するよりマシだと判断したまでだ。
その甲斐あっては既に事変の概要は理解できている。
まあ、大体予想が的中していたんだけどね。
……さて、そんな至極どうでもいい余談はさておき。
「今後を考えるとまた新しい奴が手先になるのはそれはそれで面倒なんだけど、やっぱそれよりもお前ら危険だわ」
「な、何故っ」
「いやさあ、内通者で存外厄介なの。 そもそもお前ら証拠残してねえし。 念話の履歴も、普通は判別できないからさあ、立証できないのね。 普通に面倒! それにある程度把握しているとはいえども、暗躍されると本当に困るんだよね」
「――――」
こいつはこれまで『管理者』として、亜人国の重鎮としての特権を大いに多用しながら適度に歴史に介入してきた。
そしてそれは、これからも持続するであろう。
それに、もうおおよその把握は済んだ。
利益よりも損害の方が上回った結果――、
「――恨むなら、俺好みの行動をお粉分かったお前自身を存分に恨みなよ」
「――ッ!」
「……うっさ。 ――スピカ君」
「承知」
俺の指示が響く数秒前にスピカ君は跳躍。
そしてその勢いを殺さぬままに決死の覚悟で逃げ出そうとするグルンのうなじを切り裂いて行った。
同時に木霊する痛烈な苦痛故の絶叫。
十二分に致命傷なのだが……存外、亜人という人種は強大であったらしい。
と、ふいにスピカ君と目が合ったグルンは、まるで失念していたモノを思い出したかのように絶句し――、
「――二十三番! どうしてお前がここに!?」
「――――」
「……ああ、そういうこと」
こいつも曲りなりにも亜人国の重鎮。
ならば、鮮烈に倫理を存在自体が否定するかのようなあの残虐なプランも、当然把握していたワケだ。
というか口振りからしてこいつも当事者。
「……誰です?」
「ああ、何故研究所から脱走したお前がこんなところに……」
「――。 研究所、とは?」
「――――」
不意に、俺ですら後ずさってしまうような、凄まじい殺意がその華奢な細身から周囲へ無作為に飛散されていく。
その激烈な殺気に萎縮し、声も出せないグルンへ、おおむろにスピカ君は歩み寄り――、
「――誰だ、お前」
「――――」
そして、機械の如く、ハイライトが消えたその瞳を存分に見開き、直後大地が抉れる程の勢いで跳躍。
次いで執務室を木霊したのは絶大な膂力により吹き飛んでいったグルンの左腕が飾られていた壺を木っ端微塵にした音だ。
「は?」
理解できない。
否、理解したくないのであろう。
本来戦士などとは程通り彼の魂は、到底その非現実的な光景を受け入れることなんてできやせずに――、
「――もう一度聞く。 お前は、誰だ」
「――――」
歩み寄るスピカ君がそう無機質な声音を響かせる。
その有無を言わさぬ態度に息を呑むグルンへと、スピカ君がその小太刀を振るい――、
「――はーい、そこまで」
「――ッ」
寸前、俺はバシッとスピカ君の細腕を掴み取る。
「これ以上嬲ると殺しちゃうからね。 別に殺害の有無に関してはとやかく言わないけど、まだ情報を引き出していない」
「――。 ご無礼をっ」
「いーよ別に。 気持ちは分かるし」
あんまり分からんだがな。
ようやく己が窮地から脱したと、そう判断したグルンは肩から力を抜き――、
「気を抜いちゃだーめ」
「ぐふっ」
なされた蹴撃により、胃液を吐き出すこととなる。
呻くグルンへ、俺はまるで不出来な生徒を論じるかのように、優しい口調で、されど厳しい現実を突きつける。
「――さっさと情報吐いて死ぬか、それを拒んで嬲り殺されるか。 選べ」
「――――」
己の未来は存在しないと、そうようやく理解したグルンの瞳に移ったのは、痛烈な絶望であった――、
被検体とやらは、『清瀧事変』や九章の重要な伏線になりますよ! 実は深夜テンションで書いちゃった設定がこんな風になっちゃったとか、そんな裏事情、ないったらないです!




