決戦前夜 ~その姿、まさのオカン……~
異常者には、異常者なりの苦悩がある。
そしてそれは、アキラと同じくかつて、否、今でもなお異常者であるガバルドも十分に共感できるモノだった。
(……盲点だったな)
人々は、何もかもを見透かしてしまうその少年を心底嫌悪し、迫害していた。
その瞳の不気味さ故に幾度となく泥を這うかのような仕打ちをされていたのは、未だ懐かしい記憶である。
「……あいつが開き直ってるだけっていう可能性は無粋か?」
「あの子、まだ十数歳なんだよ。 思春期の男児が、そんあ竹を割ったような見方を、できると思う?」
「……なんか、ババア臭いな――」
「――ライムちゃんは女の子?」
「はい、とても可愛い女の子です」
今一瞬ガバルドですら死を覚悟してしまうような強烈な殺意を感じた気がしたのだったが、きっと何かの間違いなのだろう。
閑話休題。
「……成程。 確かに似ていやがるな」
「でしょ?」
「ああ……癪だがな」
「――――」
ガバルドの異能は調節ができずに、その出力は増大させることは容易だとしても、逆は決して有り得ない。
ならば、日常生活でその致命的な短所を包み隠してしまえばいい。
それこそが、己の苦悩を初めて吐露した存在であるライカが言い放った、今でも瞼を閉じれば鮮明に思い出せる助言であった。
「演技っていう意味合いじゃ、私も同じだね」
「流石は男装女子」
「えへへ、可愛かった?」
「いや、お前の立場でそれやったら暴動が起きると思うぞ」
内股で謁見を行う帝国最強の王。
成程、中々にシュールな光景である。
「というか、胸とかどうしてるの? ザラシ……あっ、必要ないヒギャアアアアアアアア!?」
「制裁っ」
ぶすっ。
おや、ガバルドの目元から血の涙が……。
どうやらそれほどまで先刻の失言を悔いているらしい。
「そもそも、女の子にそんなデリケートなことを聞くのはどうかと思うよ? ん?」
「…………」
その笑顔が地獄の悪鬼のそれに思えたのは気のせいか。
ガバルドは『心臓』を行使し潰れた眼球を再生しながら、恨めしそうにライカへ抗議する。
「おいライカ、幾ら俺に『心臓』の異能があるとはいえ、唐突に眼球をすり潰すのはどうかと思うよ」
「いいじゃん、だって減るモノじゃないし」
「減ってるから。 バリバリ潰れちゃってるから」
「はあ……ガバルドって頑固者だよね」
「ええ!? 何その不本意極まりない見解!」
きっと、乙女的にアウトだったのだろう。
数十年間もの付き合いであるライカであったが、依然として彼女の逆鱗に触れる発言が如何なる者なのか把握できていない。
そんな厄介な彼女に頬を引き攣らせながら、ガバルドは不意にそれまでのお茶目な一面が鳴りを潜め、年相応の憂いを帯びた横顔で語った。
「――もしかしたら……アキラには、本当の何も分からないのかもな」
「――――」
酔いから醒めたような、そんな雰囲気を醸し出すガバルドを、ライカは声音を発することなくじっと眺める。
「何も感じないから、普通余人が心底嫌悪してやまないモノがなんなのか、理解できていない。 ……言うならば、無邪気な子供か」
否、そこらの幼児よりも行動力と厄介さは群を抜いているので、アキラの方が悪質だと、そう微苦笑する。
今では、あれ程まで唾棄すべきだと、そう考えていたあの少年とも、少しだけ向き合うことができるようになっていた。
これも、ライカからの助言による効力か。
やはり、持つべきは聡明な嫁である。
「まあ、だからさあ、多分、割とお前の言う通り似ているのかもしれないな」
「……だね」
幼少期のガバルドは、何故こうも人々が己を嫌悪しているのか、その幼さ故に理解できていなかった。
だが、次第に年を重ねていくうちに何故あれ程まで迫害されていたのか、人生経験を経てようやく理解している。
――言うならば、アキラは在りし日のガバルドの延長線上だ。
どんな言葉が人々を傷つけてしまうのか分からずに、それでも知らず知らずのうちに言葉をナイフを突き立てる、そんな存在。
成程、確かに似ている。
唯一の相違点と言えば、アキラには人間として必然的な感情の一切合切が抜け落ちており、他者を理解する機能も存在しなかったことが。
ガバルドは、少しずつ変わっていられた。
でも、この先それができないアキラは?
「……そういう点を思案する必然性は、俺にはないよな」
「うん、そうだね」
「まあでも――あいつが、この先どんな大人になるのかは、ちょっと、ほんのちょっと興味があるよ」
「――――」
ようやく吹っ切れた様子のガバルドに、ライカは花が咲くような微笑をこぼす。
あの頃ならばただ無闇矢鱈に拒絶していただろうに、今や酸いも甘いも嚙み分けたこの男は柔軟性を会得している。
だからこそ、それまで理解できていなかったその少年を、少し観点を変えるだけで、受け入れることができたのだろう。
否、あるいは――、
「――まあでも、理解しても大して印象変わらないけどな」
「……うん、やっぱりガバルドはガバルドだね!」
「おい、どういう意味だ。 ……何故慈母のような慈愛に満ちた眼差しを俺へと向けてくる!」
「大丈夫。 大丈夫だから」
「何が!?」
結局のところ、本質的にガバルドが変動することはなく、きっとこういう結末になるんだなあと予測していたライカは思わず乾いた笑みを浮かべたしまう。
ガバルドは基本的に相当な頑固者で、一度植え付けられた印象に齟齬が生じることはほとんどない。
それこそ、実は相棒ともいえる存在が女の子だった……的な展開でもないかぎり、変動することは有り得ない。
「じゃあ、これからどうするの?」
「アキラには謝らん。 あれは純粋にあいつが悪いし、俺にも非はない」
「じゃあ、これからどうするの?」
「何故スルーしたし」
実際のところ理解したとしてもあんまりあの悪辣な少年への悪印象に差異は存在しないので、態度は表面上はあんまり変わっていない。
だが――、
「――まあ、これ以上いがみ合うことは不毛だろうし、大人として時々倫理ってモンを指南してやるよ」
「――――」
理解は得た。
ならば、ガバルドとて険悪な関係のままでいるのは少々申し訳ないらしく、多少なりとも接し方は変わってくる筈。
その確信を得たライカは、また一つ成長したねと、まるで母親のように微笑んだのだった。
補足ですが、未だガバルドさんは割り切ってないです。
ただただ無闇矢鱈に何も知らないのに否定するなんてナンセンスだなとそう思い直し、もう少しアキラ君のことを知ろうとしただけですん。
この思いに決着がつくのは、眼下の『清瀧事変』ですよ~




