蛇足・天龍祭
蛇足なので三話程度で終わります。
ちょっとした箸休め的なお話です。
町に飛び舞う喧噪の声。
道歩く人々の表情は晴れやかであり、今ここで死んだとしても悔いはないように思えてしまう。
「――凄ぇな」
「えぇ、そうですよね」
隣を歩くシルファーがどこか誇らし気に返答した。
本来ならドレスが正装なお嬢様なシルファーだが、今回は様々な意図を込めて気配遮断機能盛りだくさんのローブをその身に纏っている。
だが、それでも本人そのものの魅力を隠しきれていない様子。
流石は生まれながらの淑女と言ったところか。
俺も少しは見習いたいモノだな。
「ったく、どうしてこうなったんだが」
俺は何となしにこれに至るまでの経緯を回想する。
「――祭りの行きたい、か。 少なくともそれは姫さんみたいなお嬢様ピーポーが口に出したら一発アウトな類だと思うぞ」
「それでも、です。 それとシルファー」
「名前呼びは勘弁してくれよ……」
あん時みたいに姫さんファーザーに誤解されてたまるものか。
同じ轍は踏まんぞ。
しかし……〈天龍祭〉、ね。
字面だけならイベントクエストと勘違いしそうな祭りだ。
――〈老龍〉。
かつて、人族魔人族両者へ一切の不平なく猛威を振るった龍人族の王。
そして、今日はそれがルシファルス家の手によって封印された当日でもある。
大方、長く続く戦争への不安を解消するためだろう。
だが……本来それは上級階級である姫さんには関係のない話のはず。
そもそもどうやってこれを知りだしたのやら。
もちろん、返答は決まっている。
「ダメに決まっているだろ。 もうちょっと自分の立場を考慮してから発言しろよ。 それにお前は〈四血会議〉の準備、忙しいんだろ? こんなところで時間を浪費していいのかよ。 それじゃあもう寝ていい?」
「えぇ……」
明らかに落胆した様子のシルファー。
もしかして、断られるなんていう当然の末路も分からなかったのか?
まぁ、シルファーも中々聡明。
じゃあなして愕然としてるし。
「最近の事案を思い出してみろ。 魔族による襲撃で、ルシファルス家の血族は給仕諸共全滅状態。 しかも姫さん、あんたは長女だ。 もし万が一のことがあったらシャレにならんし、俺も目的を達成できん」
「フッ。 その点なら問題ないですよ」
?
何故ドヤ顔するし。
もしや、ドMなのかという失礼極まりない疑惑再浮上。
だが、どうやらそれは杞憂だったらしい。
シルファーが取り出したのは鮮やかな色彩のローブ。
しかもこれ、ただの布じゃねぇぞ。
「おいおい……自腹で買ったのかは知らんが、よもやアーティファクトを持ってくるとは……。 びっくりしたわ」
「しかも付与された効果は「隠形」。 それこそ〈老龍〉の目すらもかつて欺いた品物なんですよ!」
「うわぁ……」
確かに、魔力の残滓の流れから何となく隠形系なのは分かる。
だが、今この姫さんなんて言った?
〈老龍〉の目を騙した?
あくまでも伝承なのだが、〈老龍〉は圧倒的な身体能力と神々ですら羨むような魔法への才覚を兼ね揃えた龍王。
そんな〈老龍〉の目を欺く?
たとえそれが比喩表現だと理解しても、それが凄まじい能力を褒めていることは分かる。
問題は、その出所だ。
そんな品物、一体どうやって手に入れた?
「あ、このローブはお父様が万が一の時のためにと預けて下さったんですよ。 本当に、アキラさんのことといい、お父様には感謝してもし切れませんね」
「あー」
納得したわ。
確かにあのおっさん、娘のこと大好きそうだしね。
姫さんのような非力な少女に持たせるはずだわ。
「……ならせめて親御さんに連絡してからだ」
あのおっさんも娘のことが心から心配なはず。
ならば、このような外出、とてもじゃないが許容しないのだろう。
沙織以外の女とデートなんて嫌だ!
俺は死んでもこのソファーから離れないぞ!
そう意気込む俺の最後の抵抗は、おっさんの悪意(本人的には善意)によってあまりに呆気なく崩壊してしまった。
「フッフッフ。 お父様に肩もしながら懇願したらあっさりと許可してくれました」
「ブホッ」
嘘だろおっさん!?
あんた、あんたって奴は……!
一体どんな神経したらそんな発言をできるんだよ!
一度でいいからその図太さと愚かさを見習いたいわ!
でも、これどうしよう。
ついに親公認となってしまった今、俺に退路は無い。
しかし、諦観してしまえば俺の初めてのデートが沙織以外の女によって穢されてしまう!
どうしよう!
本当にどうしよう!?
「きょ、今日はもう疲れたからまた明日な」
「七時間以上ソファーで寝ておいて何言ってるんですか」
「くっ……!」
俺の苦し紛れの反撃はあっさり一蹴されてしまった。
何と言うことだろうか。
この俺が、こんなところで敗北を期してしまうのか!
「あーーーーー! 分かったわこんチクショウ! いいだろう、俺の初めてを奪って見せろシルファー!」
「い、いやらしい言い方は止めてください!」
こうして俺は不本意ながらも〈天龍祭〉へ参加することとなった。
おっさん「頑張れ、娘」
悪意なき悪意が猛威を振るったのであった




