決戦前夜 ~豚の花亭にて~
ホントは『清瀧事変』の時にガバルド君のこの葛藤を解消したかったんですが、それとは別の苦悩と決別することになしました。
それに、今回の一件でそれが解決するとは限りませんしね。
……どうして、栄えある七章ラストの第一幕がおっさんメインなんだろうとか、考えたら負けです。
一応、帝王な自称十代もいますからね!
「――乾杯っ」
「はーい、かんぱーい」
互いのグラスが接触し、耳に残る心地の良い音が木霊する。
それを矢切に、男は――ガバルドは、盛大に顔を歪めながら思いっきりグラスに注がれた芳醇なワインで喉を潤す。
「……前から思ってたんだけど、ガバルドっオジサン臭いよね」
「なぬっ。 い、いや一応これでも中年なのだが……」
「ワインを飲むなら、もっと可愛く飲まなちゃ」
可愛らしい仕草でちょびちょびとワインを飲み干す中年……
「悪夢じゃね?」
「大丈夫。 慰める準備はできてるから」
「傷心することが想定できるいてるのなら扇動するなよ」
「いや……ほら、たまにはそういう姿も見てみたいじゃん」
「そ、そういうモンなのか……?」
「うん。 女子はそういう生き物なんだよ」
「――――」
と、朗らかにはにかむのはガバルドと相席する可愛らしい少女――その実、かの厳格な王者、『帝王』である。
声音も彼女生来の甲高い品物へ移り変わっており、普段は意図的に細められていた瞳も存分に見開かれているようだ。
と、そんな彼女へ一言。
「その年で自分のことを女子っていうのは……」
「――何か言った?」
「…………」
何故、如何なる斬撃であろうが容易く見切ってしまう猛者、ガバルドですら知覚できない速度で首筋にステーキを切り分けるためのナイフが添えられているのかを問うのは、きっと『女の子』的に無粋なのだろう。
「ライカさんは、立派な女の子デス」
「よろしい」
脅は――お話合いによりライカのことをあどけない女の子と、そう認識したことになったガバルドは心底渋そうな顔をしている。
昔は、もうちょっと可愛らしかったのだ。
だが、何故か最近になって変な意味で強くなって……
いや、それはそれでいいんだよ?
でもね、そろそろ年相応の振る舞いを憶えてみたらと、口が裂けてもいえない禁句をガバルドは心中で呟いたのだった。
「というか、お前戦時準備は大丈夫なのか?」
「大丈夫! 護衛の……えっと、あの……護衛の人に丸投げしたから!」
「仕事をサボるな! あと、護衛の名前くらい覚えてやれ!」
「テヘッ?」
「可愛く舌出したらどんな横暴も許されると思ったら大間違いだぞ?」
と、内股でちびちびとカップに注がれた牛乳で喉を潤しているライカへ忠言する。
とにかく、ライカはひたすら女子力が高いのだ。
きっと、男装やら厳格な振る舞いやらで存外ストレスが募って、そしてこれはその反動なのだろう。
だがしかし、である。
彼女の場合それがひたすらに極端なのだ。
0か1しか選べない女の子。
それこそが正直な見解であった。
だが、ガバルドもそんな竹を割ったような性格に惚れ込んだワケなので、別に注意を促すこともしないのである。
代わりに、ガバルドは愚痴を吐くかのような乱雑な口調で、酔いも相まってそれまで秘めていた本音を口にした。
「……しっかし、本当にあの野郎は何を考えていやがるんだよ」
「……あの野郎って、アキラ君のこと?」
「ああ、そうだよ」
「――――」
そう投げやりに答えるガバルドは明らかに苛立っている気配が伝わり、されどその双眸の奥にはそれだけでは言い合わらせないような、そんな迂遠な感情が渦を巻いているように感じられたのは、ライカの勘違いなのだろうか。
「――やっぱり、似てるね。 その子と、ガバルド」
ガバルドに宿った異能の内一つが『目』。
これがありとあらゆる存在の魂を看破するというモノで、観点を変えれば他者の魔術を見抜くことも可能だ。
そんな特殊な能力を会得しているからこそ、その少年の異常性を否応なしに理解できてしまったのだろう。
――それは、『無』だ
真っ黒。
通常魂には各々独特の色彩が存在しており、それを原液として術式改変を発動しいているのだが、黒などどこの世界を探しても存在しない。
更に観察してみると、彼が心底歓喜している場面でさえ、その暗黒のベールに包まれた魂は身じろぎ一つさえしなかった。
機械。
そんな不名誉な形容が似合うおぞましい魂を、ガバルドは本能的に恐れ、そして嫌悪していたのだ。
あくまで、接する時はその本質を見ぬくために嫌悪の念は隠蔽している。
だが、交流を重ねていく内にアキラの人間なんて形容が到底似合わないような魂の異彩が浮き彫りになって。
だが、それも数日前の話で、沙織とやらと再会を果たしたアキラの魂は、確かに揺れ動き、心から喝采していた。
何だ、人ではないか。
そう気を抜いた矢先に、例の事件が巻き起こってしまったのである。
何の前触れもなく王城が瓦解し、それだけにとどまらずに彼はガバルドに対して、その冷酷な魂をわざわざ露呈したのだ。
その時になって、ようやく自分とこの『人もどき』は決して相容れない存在だと、ようやく再認識することができた。
同時に、絶え間の無い嫌悪も。
「……あいつが行っていることは、結果的にはとえ、いずれくる逆境への打開策として十二分に作用している」
「――――」
「でも、それがハリボテだったら? そう考えちまうと、どうもあいつを信頼することはできねえよ」
「……まあ、そうだね」
ガバルドが背負う身命は計り知れない。
『英雄』という異名は、確かに名誉だ。
だが、それと同時にそれは絶え間もなく魂を押し潰す重圧となり、そしてこの男はその性質上それから目を背けることはない。
だって、そういう生き方しかできない『英雄』なんだから。
あの日、か弱い少女を救ったことにより、人が死の瀬戸際に立たされた時にだす本音を切願するガバルドは、そういう運命なのだ。
だからこそ、得体の知れない存在であるあの少年を相応に警戒しているのだろう。
あくまであの荒唐無稽な理念に賛同したように振る舞ったのは、手元で監視しておく方が賢明と考えたかたでしかない。
「……ホント、似てるね」
「……どういう意味だ?」
その不名誉な物言いに露骨に顔を顰めるガバルドを一瞥しながら、ライカは己の見解を紡ぐ。
「ガバルドってさ、昔から『目』とか『耳』とかの異能に、結構苦悩してきたんだよね」
「……まあ、そうだな」
ガバルドの異能は戦場では比類なき効力を発揮する。
だが、それはあくまでも戦闘中だけ。
この異能が日常生活で役に立つことなんてなく、絶え間の無いおぞましい呪詛に心が擦り切れるばかりであった。
無論、その苦悩はライカも理解している。
故に――、
「――だったら、アキラ君だって、自分が他とは違うことに、苦悩したんじゃないの?」




