プロローグ ――鬼と、狐と、龍と、――
はーい、また始まりました七章! これで何回目だよ!というツッコミは無しの方向性でお願いします。
付け加えますと、七章はこれで最後です!
『清瀧事変』を目下に、私も色々とプロットを練ってます。ついでに、その過程で脇役だった筈のスピカ君が主要メンバーの一員になりましたが、それはまた別の話です。
前置きはこれくらいにして、意味不明なプロローグをどうぞ!
――それは、部屋だ。
しかしながら、かといってどこにでも存在する家庭的な品物ではなく、その空間を構築するモノの一切合切が無機質である。
その部屋は地平線さえも垣間見える程に広大で、しかしながら生活感はなくただただ真っ白な世界だけが広がっていた。
「――――」
その中央に、強固な手枷により手首を拘束された男が、存在していた。
男はその紅蓮の頭髪を獅子の如く逆立てており、野性的な雰囲気を醸し出しているが、どこか神聖ささえも感じてしまう。
「――――」
その男の瞼はとっくの昔に閉じられている。
その空間に存在するのはそのたった一人の青年だけであり、これだけの面積であるのにも関わらず、ほぼ無人である。
「――――」
青年からは生気も、活力も、それこそ吐息さえも感じられない。
それこそ、精巧な彫刻であると、そう説明されてしまえば容易く納得してしまいそうな無感動さだ。
「――――」
不意に、青年の肩がほんの一瞬、微動した。
かつてある経緯によりこの異空間へ鎮座することとなった青年が、これまで文字通り微動だにしていなかった。
が、しかし。
今この瞬間、その記録が完膚無きままに打ち壊れる。
刹那。
ほんの数秒の間にちらりと垣間見えたその瞳には、途方もない無機質さと、一片の懐古ともいえる感情が複雑に飽和していた。
――それは、その世界軸に『神獣の器』が勢ぞろいしたこと、そして『月』に冠する彼らが、ようやく目を覚ましたことに起因している。
が、それはまた別の話。
青年と『月』との因縁を語るのは、また後程。
何故なら青年は、必死に不条理に抗う彼らを眺めることができない、究極の傍観者であるのだから。
青年が、彼らと干渉することは、未来永劫ないだろう。
「――――」
否。
あるいは――。
夜景が隅々まで見渡すことができる広大な屋敷の頂上へ、二人の人影が佇んでいた。
一人は、煌びやかな金髪を腰程にまで伸ばした可憐という形容では説明できないような不可思議な神聖さを無意識のうちに放つ少女だ。
そして、その話し相手こそ――、
「……互いに不干渉じゃなかったの?」
「まあまあ。 そんなに怖い顔しないでよ~」
「――――」
「分かった、分かりましたから怖い顔は止めなよ。 彼も悲しむよ」
「――っ」
その無遠慮極まりない発言は十二分に少女の逆鱗に触れていたのだが――だが、今は全力で堪える。
この激情を発散する機会は、きっと別にある。
なにせ、かつての同胞が立ち向かっているのだから、きっと膠着状態であったこの戦局も必然的に変動するであろうという確かなる確信があるのだから。
少女と対峙するのは褐色の肌に、日本人を彷彿とする漆黒の長髪を背後に束ねた長身の青年である。
その青年の言葉の端々からは他者を愚弄する悪意が入り込んでおり、常人ならばその狂気に当てられ、それこそ発狂しても可笑しくはないだろう。
が、少女は決して常人なんていう可愛らしい形容が似合うような、そんな見た目通りの存在ではないのだ。
それこそ、奮闘すればたった一人で世界を滅亡にまで追い込んでしまえる程に。
本来ならば眼前の青年なんぞ容易く一蹴できるのだが――奴を殺害してしまえば、少女の悲願は未来永劫叶わなくなる。
「――で? どういう心算なの? あなたがこれからやろうとしていることは、あなた自身の悲願を打ち砕くようなこと」
「――――」
「どうして、今更になって万年も恋焦がれたこの大地に終止符を?」
「――勘違い、しないで欲しい」
「――――」
瞬間、青年から迸るのは途方もない妄執により成立するおぞましい感情の大時化だ。
その深紅の瞳には、確かなる執着が未だ存在していた。
「この程度で崩壊する程にこの世界は脆くはないんだ。 ――それこ、あるいは彼らがこの逆境を打倒する可能性も存在するだろ?」
「……それが、あなたの狙い?」
「悪くない話だと思うよ? あの子が彼の代わりになれば――君の宿願も、必然的に達成されるのだからね」
「――――」
否定は、しない。
それはどれだけ否定しようとどうしようもない事実であるし、少女も心の奥底ではそれを願望しているのだろう。
だが――、
「――あの子が、彼に懐いた」
「――――」
「今後彼らの関係がどうなるかは未知数とはい……いささか、乗り気じゃない」
「ほう……やはり、情が移るのかな?」
「……本当は、適当に育てるつもりだったんだけど、やっぱり私じゃそういうことは無理だったみたい」
自嘲するかのような乾いた笑みを、青年は愉快そうに一瞥する。
「だろうね。 君は彼と似て甘いから」
「――――」
優しい、ではなく甘い。
この形容の些細な差異があの悲劇を生み出し、少女自身もそれを悔いていることは無論青年もお見通しだ。
言うならば、これは悪質な嫌がらせ。
本当に悪質だなあ……と溜息を吐きながら、少女はその言葉を紡ぐ。
「……もし、彼が試す前に敗北したら?」
「既に、保険はかけてある。 取り込ませた因子に微弱ながらも意思が芽生えたなんていう誤算も生じたが、概ね想定通りだよ」
「……用意周到だね」
「そりゃあそうさ。 ――この状況を、幾年待ち焦がれていたことか」
「――――」
きっと、万なんてとっくの昔に超えているだろうなと嫌悪の眼差しを向ける。
この青年に課せられた悲願への執着心は計り知れないのだが、その過程で犠牲となった儚い命を想うと、必然胸の内をくすぶるのは猛烈な憤怒だ。
「……ホント、気持ち悪い」
「おや、それは誉め言葉なのかな?」
「彼に滅多打ちにされて、そういう性癖でも目覚めたの? もしそうなら、視線合わせないでくれる?」
「相変わらず辛辣だね、君」
「逆に親密になれと? 吐き気が差すどころか全身の細胞が破裂して死ぬ。 というか死にたい」
「やれやれ……まあ、彼に関しては、本当に犬死だったね」
「――――」
瞬間、限度を超えた無粋な発言に少女は激発し、思わず即座に懐から抜いた『銃』を一発、正確無比に青年の脳天目掛けて放ってしまう。
が、吐き出された弾丸は確かに青年の頭蓋を打ち砕いたが、それも数秒後には跡形もなく再生されていた。
「いきなり発砲するなんて、野蛮になったね」
「黙れ、ゴキブリ。 ――お前があの人を愚弄するな」
「アッハッハ……色んな意味で、君たちはソックリだね」
「――――」
空笑いする青年に侮蔑の眼差しを向けながらも、これ以上の争いは不毛だと悟り、銃をホルスターに仕舞う。
そして――、
「……彼が助かるなら、それでいい」
「それでこそ君だ」
そう、事実上の不可侵条約を結んでいったのだった。
……『円卓』、設定の面倒くささは飛びぬけてますよ




