思わぬ来訪、来るべき来訪
沙織さんは安定のかわいさ
――夜天
テラスより照覧することができる大空は、上空故にそれを遮る雨雲が存在しないからなのか、鮮烈な星々たちがハッキリを目に浮かぶ。
「――――」
寝不足故にらしくもなく緩み切った頬を我に返り引き締めながら、壮大な情景をなんら理由もなしにジッと眺める。
(……とりあえず、魔王はよくやってくれたな)
と、何と無しに俺は今回の一件の功労者を心中で労う。
『清瀧事変』の延長戦を制する最低限の条件として挙げられるのは、悩ましい戦力不足などを解決する、いわゆる同盟だ。
無論、実際に口先だけでそう宣言するのは容易であるが、それを成し遂げるためには様々な工面すべき箇所が存在する。
故に俺とて無策で挑むような阿呆でもなく、ある程度意思の統率がはかれた魔人族を統べる魔王と共謀したのだ。
ちなみに魔王との共謀に関しては数日前からこつこつと画策していたモノである。
今後、不要な戦争は避けたい。
それこそが俺と魔王の総意であり、現状魔人族に関しては誰かさんの洗脳演説により敵意は皆無といっても過言ではないだろう。
唯一の懸念は人族たちに根強く残った敵愾心。
だが、これに関しては今回の会談によりある程度は除去することができただろう。
大国である帝国が動き出すのなら、結果は必然。
が――、
(……でも、やっぱ懸念事項は多いいよなあ)
今回の会談は、あくまで混在する問題のたった一点を解決しただけ。
未だ憂慮すべき過大な山積みである。
「やっぱ、一個づつ解決していくしかないな」
俺とてれっきとした人間であるので、おのずとも限界という区切りは必然的に見えてきてしまうだろう。
だからこそ、成すモノは分相応に。
そして、できることなら最低の労力で最大限の結果を叩き出したモノだ。
「さて、そろそろか……」
と、俺は来るべき難解な交渉に再度頬を引き締めようとした直後。4
「――アキラ?」
「――――」
ふと、何の前触れもなく鈴を転がしたかのような澄み渡った声音がテラスに木霊した。
無論、その声色を幾度となく慣れしたんだ俺にとって、それを発した主を推察するのはあまりにも容易であった。
「――よお、沙織。 こんな時間にどした?」
「……ちょっと、寝れなくて」
「そうかそうか。 でも、成長期なんだし睡眠はちゃんととったほうが賢明だぞ? 背が伸びないからな」
と、何故か沙織は軽口をたたく俺へと、拗ねたように頬を膨らませながら断固として抗議する。
「おもったんだけど、最近のアキラは私の事をやけに子ども扱いしている節があると思います。 でも私、立派なレディーだからね」
「大人な女性はそうも可愛らしくはねえよ」
「ちょっ……いきなり止めてよっ!」
照れたように、ぽかぽかとか弱い膂力で俺の胴を殴る。
否、殴るというより感触的には触るという形容が適切だな。
どちらにせよ心底可愛らしい少女である。
「はいはい、俺が悪うございました。 沙織は立派なレディー。 これでよろしいですよね?」
「……だから、子ども扱いしないでよ」
「その物言いこそ正真正銘のお子様だと思うがな」
「うぅ……」
実際自覚はあるのか、それでも不満なのは変わらないのか、恨めしそうに俺をじっと睥睨する沙織。
否、睥睨といってもそれを行う人物が沙織のような人知を超えた美貌の持ち主であるので、その形容は間違いなのかもしれないな。
「……それで、アキラはどうしてこんな時間帯に?」
「あー」
紆余曲折ありようやく機嫌を直すにいたった沙織が、そういえばとばかりに雪のように色素が抜け落ちた白髪を弄りながらそう問う。
無論、俺とて用もなしにこんなところに居座る暇人ではない。
最終局面が眼前へと近づいている今、参謀ともいえる俺は日々策の清濁に拘り、また主要となる術式が誤作動を起こさないかにも細かく気を配っているのだ。
つまること、相当多忙なワケで。
必然、俺には気分休め程度の猶予さえも残されていない。
それでもこんなところに向かったのにはそれ相応の理由が存在するのだが、それを説明するのは心情的にアウトである。
だが、だからといって法螺話を嘯くのも憚れたので、俺は苦渋の決断として否定も肯定もしないスタンスを貫く。
「――まあ、ご想像にお任せるするよ」
「――っ!?」
「いや、どうして赤面するんだよ……」
と、何故か沙織は俺の不明慮な発言を聞き入れた瞬間、その雪のように純白な柔肌を朱に染めていく。
なんだ!?
なんなんだこの劇的な反応は!?
だが、直後に脳裏を支配していた無理解という概念は完膚無きままに消え失せ、代わりに多大な焦燥感が訪れることとなる。
「ご、ご想像にお任せしますって……アキラはどうしてそんなに汚れちゃったの!?」
「いや、どういう意味だよ」
「ききき、きっと魔王さんやレギウルスさんとあんなことやこんなことを……!」
「どういう意味だ!?」
というか、そもそも夜這いと解釈できたのなら、普通女性の名を挙げると思うのだが、何故全員紛うことなき♂なのか。
しかも、約一名筋骨隆々な大男だぞ。
「どういう意味って、この時間帯でそんなことを言っちゃうなんて……そんなの、前メイルが貸してくれた薄い本みたいな展開じゃん……!」
「オッケー、ちょっくらメイルを叩きのめしてくるわ」
メイル、お前は絶世の天使を穢したその大罪を死を以て贖う義務がある。
「だ、大丈夫! 大丈夫だから! 男の子たちがくんずれほぐれつになったりしてた漫画なんて、見てないから」
「あのクソアマあああああああああああッッ!!」
見てるじゃんか、しっかりと!
レギウルス、残念ながらお前はもう二度と恋人を相まみえる機会が存在しないだろう。……別に全然残念でもなんでもないな。
「お、おい沙織、何を勘繰っているのかは知らないが、実態はお前のいやらしい想像とは真逆の――」
「分かってる! 分かってるから! 偶には、男の子同士の方がいいんだよね」
「違う! 後俺はれっきとして童貞だ!」
「えぇ……それはそれで……」
「ああ、墓穴掘った!」
頼む、ライムちゃん、今こそ洗脳魔術を……、
「大丈夫、私は全部分かってるからね! じゃっ、存分にねっとり楽しんで!」
「あっ」
思考が外道よりになった瞬間、まるでそれを察知したかのように沙織の華奢な細身が脱兎のごとく掻き消える。
どうやら不本意極まりない誤解を正すのはまた別の機会になりそうだ。
だが――、
「――隠れておいて、ありがとな。 クズみたいな人間……そもそも人間でさえないのかもしれないけど、気遣い感謝するわ」
と、俺はちらりと物陰に気配を隠蔽したその青年を鋭く睥睨する。
そして――、
「おや、それは自嘲の類かな」
「――。 やっぱ、お前嫌いだよ」
そう、口元に嘲笑を浮かべながら『厄龍』ルインは俺の元へ歩み寄ったのだった。




