再開
「全く……! 乙女の風呂場を覗くだなんて……!」
「心外だな、オイ」
頬を耳まで真っ赤にした姫さんの罵倒に俺は待ったをかける。
というかなぁ。
「そもそも、ここに案内したのは俺じゃないぞ。 そもそも俺この屋敷の構造知らねぇし。 恨むなら全身真っ黒イケメンを呪うんだな」
「あぁ。 レイドのことですね。 ……でも、どうしてレイドがそんなことを?」
「俺に聞かれてもなぁ。 レイドとやら本人に直接聞いてくれ」
俺は未だ痛みが収まらない右頬をさすりながらそう言った。
ちなみに、まだ謝罪はない。
何故か、こういう時に悪いのはいつも大抵男子なのだ。
女の子は悪びれるどころか被害者面である。
本当に、この世界は理不尽だ。
俺は今もぷりぷり怒る姫さんに、話題を転換せねばと今更ながらも事後報告を告げる。
「あー、改めてあんたの護衛は俺が受け持つことになった。 事後報告になるがな。 まぁ、そんなわけでよろしく。 嫌ならあのレイドとやらに変えてもらうがいい」
「べ、別に私は嫌いなんかじゃありませんよ」
「――――」
風呂上がりだからだろうか、頬を真っ赤に染めながらそうか細い声で呟く姫さん。
「逆にお礼がしたいくらいで……」
「そ、そうか……」
うーん、ちょっと理解できない思考回路ですね。
もしや、本当にマゾなのだろうか。
だが、その言葉通り特にこれといった敵意は感じない。
というか、これはその逆……
いや、それは流石にあり得ないよな。
もしそうだったらどんなドMだと抗議したい。
「しっかし一体全体どうして俺をご指名したんだ? 言っとくが無遠慮さと不謹慎さにかけては最強だという自負があるんだぞ」
「えぇ、そうですね」
「あ、否定しないんだ」
ちょっと心にダメージが入っちゃったぞ。
まぁ、自業自得なんだけどさ。
「――でも、だからですよ」
「……お前たちのそういうところがホント理解できない」
「? 何か言いました?」
「いいや、なんでも」
危っな。
思わず本音が漏れ出てしまったようだ。
幸い、小声だからか聞き逃されたようだ。
今度からもうちょっと注意しよっと。
「というか、疑問なんだけど、お前たちどうやってこの屋敷移動してるの? 普通無理……だよね?」
アカン、レイドのあの迷いのなさを思い出してつい疑問形になってしまった。
いやそもそも疑問形か。
なら問題ナシ。
「えっ? これが普通じゃないんですか?」
「異常だよ」
「…………っ?」
何となく、アメリカ人が英語をどうして話せるか理解できた気がする。
通常は困難なことも、余りに身近に、そして初期の段階から触れ合っていけばそれが日常へ成り果てるのだ。
そして、おそらく姫さんのこの反応もそれと同じケースである。
取りあえず、これに慣れるまで凄まじい努力と時間が必要なことだけは理解できてしまった。
「あ、そういやぁ姫さんの名前聞き忘れてたな」
「あっ! 確かにそうですね! というか、確かにあってはいますが「姫さん」という渾名は乙女的にアウトですよ。 撤回を要求します!」
「さいですか」
確かに、立場的には俺は姫さんの護衛。
まぁ言うまでもなく下の立場だよな。
そんな俺が「姫さん」呼ばわりはちょっとばかり無礼である。
流石に今回ばかりは変えないとな……
「じゃあ聞こう。 ――お前の名は?」
「――――」
不意に、沈黙が訪れる。
(!? なんで黙んまりなんだ!?)
なんだ、このシチュエーション。
ちょっとシュールなのである。
そして数秒の間の後、姫さんは口を開いた。
「――シルファー・ルシファルス。 それがわたしの名です」
「――そうか。 ……シルファーね、シルファー」
俺はそう噛みしめるように復唱する。
「ちょ、いきなり名前呼びですか!? それはちょっとハードルが……」
「どうしたルシファルス。 どうして赤面してるんだルシファルス。 なんで拳を振り上げるんだルシファルス! ちょ、痛い! 痛い、止めてルシファルス!」
なんだ、この理不尽の極み的な展開は。
「シルファー」
「…………」
「シルファー」
「分かった分かった! 分かりましたよシルファー様! これで満足ですか!?」
「はいっ」
花が咲くような笑顔を見せる姫さん――シルファー。
何となく、その微笑を見ると、どうも溜飲が下がってくる。
(なんだこいつ……調子が狂うな)
どうも、凪いでいた波が一気に荒れたような――でも、それでも不快感は感じない、そんな不思議な感覚である。
だが、悪くはない。
不意に、シルファーは「ふわぁ……」と大きな欠伸を浮かべる。
「ん? 眠いのか?」
「えぇ、もうこんな時間ですからね」
ちょっと現実世界の時刻を確認してみると、確かに今は深夜。
健康的な学生なら今頃ぐっすり眠りについているのだろう。
そんな時間帯だからか、シルファーの服装はあまり♂の俺には馴染みのない可愛らしいフリルが装飾されたパジャマを着ている。
「お前、やっぱ可愛いな」
「ッッ!? 不意打ちは止めてくださいよ!」
「いや、意味が分からん」
こうして二人の喧噪は朝日が昇るまで続いたのである。
リア充死ね滅びろ爆発して詫びろ




