誤算の乱入
――法国グリュンセル
その名を耳にし、真っ先に思い浮かべるのは教会であろう。
法国は途轍もなく宗教活動が盛んであり、雑多な宗教が国中に浸透しており、国民の誰しもが最低でも一つのモノを信仰している。
元々の話、法国はあるモノを信仰していた人々により構成されていたのだが、時がたつごとにその容貌は大いに変貌し、現在ではこのような形に落ち着いたらしい。
閑話休題。
「――――」
大理石により構築されたその円卓の周囲には凄まじい威容を誇る十二もの神々を象った石像が設置されている。
それらが放つ威厳は途轍もないモノで、思わず各国の要人たちも萎縮してしまう程に。
――法卓会議
それこそが、フーリュ王国の国王直々に提案されたこのプロラグムである。
その指針は、各国の同盟に対する調印。
――否。
その認識には少々語弊があるだろう。
もう既に各国の重鎮たちに此度の一件については承諾されており、それは難航していた帝国も同様。
ならば、この円卓の意義は一致団結することを知らしめるためか。
(……それは限りなく少ないだろうな)
我ながら浅ましい思案に自嘲する亜人国の政治官――グルン・ルフィール。
「――――」
彼は、否、彼の一族はその叡智を駆使し莫大な財を成した存在であり、現在では亜人国の重鎮を担っている。
故に、幾度となく修羅場を乗り越えてきたことにより培われたその鋭利な直感が己の見解を否定する。
(それでは、あまりに収支と損害が釣り合っていないな)
つまること、要点は金だ。
使者を送る時点で既にまとまった金品が必要となる中、これだけ大規模な会談を開くのには、莫大という形容さえもおこがましい金銭が浪費されるだろう。
ならば、この円卓にはそれ相応の意義があるべきだ。
グルンはちらりと荘厳な会議室を見渡す。
(……これだけの規模、おそらく億すらも軽く上回るレベルだな)
今現在王国は『老龍』の対応に四苦八苦している筈。
その戦局での、この出費だ。
つまり、それだけ重要な要点が存在するということ。
(……謀反者でも発覚したのか?)
実際四血族の一角であるルイーズも王国へ歯向かったのは有名な話。
その可能性もなくはないが、しかしながらいささかインパクトに欠けると、そう断じる他ないのだろう。
ならば、一体全体王国の真意は如何なるモノなのか。
「――――」
どれだけ熟考しようが正答に至る気配すらない。
(……癪ではあるが、実際ことがおきてから対応するか)
先手を打たれるのが交渉の場において禁忌に近い所行だ。
しかしながらそれをがむしゃらに拒み、目を逸らしたとしても不明慮な現状に光明が差すことは永劫ないだろう。
ならば、開き直り、打開策を練るのが賢明か。
(……はあ、面倒草)
そもそもグルンという男は面倒ごとが嫌いだ。
書類仕事を考慮すると気が滅入るし、不要なトラブルが発生してしまえば必然人目をはばからずに溜息まで吐いてしまう始末である。
だが、決して無能などではない。
否、有能だからこそこれまでやたらと苦心しているのだ。
「――――」
「――っ」
溜息を噛み殺していた最中――不意に、扉が開かれる。
スタスタと、周囲の視線を意に課した様子もなく、まるで散歩でもするかのように淡々と足を進めるのは四十に差し掛かるであろう中年の男だ。
しかしながら彼が纏う威厳は依然として衰えることは知らず、もはや年々厳格になっていく始末である。
(始まるか……)
会談の開始に目を細め、グルンは最低限の礼節として腰を折り頭を下げようかと――、
「――ッッ!?」
不意に、その背後から溢れ出す禍々しき気配に瞠目する。
ふと周囲を見渡してみると、他の面々も馴染みのない、されど一度は感じたことのあるであろう鬼気に唖然と目を見開いている。
確かに、その参戦は聞いていた。
実際他の国々も渋々ながらもそれに了承していき、一時停戦する所存を示した。
――だが、今この瞬間悪しき『魔王』が神聖なる聖堂へ、脚を一歩また一歩と足を踏み入れているのだ。
これを禁忌と言わずして、何というか。
「――どういう了見ですか、フーリュ国王!」
「――――」
厳格なる国王の参入。
それは、いい。
その程度を想定できなければもはや人間として失格の烙印を押されるレベルであり、無論グルンもそれは把握していた。
が――、
「――どうも、『魔王』のアンセル・レグルスです」
「――――」
が――、『魔王』の来訪。
こればかりは、想定外でしかなかった。
亜人国とてそれほど魔人族への憎悪が存在するワケではないのだが、それでもその誇張された醜悪さは誰もが理解している。
そして、この舞台は神聖という概念の代名詞ともいえる聖堂だ。
故に、諸悪の根源である存在が足を踏み入れることは、それこそ万死に値する程の大罪ともいえるだろう。
既に、魔人国の参戦は皆理解している。
多少の葛藤もあったのだが、それでも自国を死守するにはそれが最適解であると、そう理解しているのだろう。
不平不満こそあったが、明確な拒絶はない。
だが、それでも赤子でも分かる程の嫌悪と侮蔑は、健在で。
だからこそ、禁忌を侵す『魔王』の存在を咎めもしない国王へと矛先が向くのはある意味道理であるだろう。
だが――その瞳に宿るのは、冷徹な念。
「――君たちは、何か勘違いをしているようだ」
「――。 貴君、勘違いとは?」
つい先日王国への同盟を自ら申し立てた帝国を統べる王――『帝王』ライカは鋭い眼差しでそう問う。
それに対して国王は嘆かわしいとばかりに、肩をすくめる。
「そもそもの話、魔人国は既に対等な立場で『誓約』を結んだ同盟国。 故に、その待遇は君たちと対等であるべきだろう」
「成程。 一理はある。 ――だが、その理屈で彼らの不平不満が晴れるとでも?」
「――――」
ふと、グルンは法国の参謀を一瞥してみると、彼は心底驚愕し、そして激烈な怒気を無粋なる『魔王』へ示している。
少なくとも、悪鬼が如きその形相は演戯などではないだろう。
ならば、この事態は法国さえもあずかり知らぬモノということの言外の証明だ。
「履き違えるな。 どれだけ足掻こうが魔人族、ひいてはそれを束ねる存在である魔王に敵意を浴びるのは自明の理。 よもや、それすらも理解できない程の老害であったか?」
「ライカ殿、少々言葉が過ぎますよ」
「失敬」
辛辣としか言いようのない物言いを咎める法国の重鎮であったが、禁忌の片棒を抱いた国王が無様にも悪罵する様に内心ではそれは大層なしたり顔を披露しているだろう。
「はあ……頑張れ私、今日も可愛い」
そう疲れた様子で呟くライカであった。
↑クズが多い呪術においける唯一の癒し枠です。
パンダは……パンダはちょっと……




