もしかしてそれって……!
伏線は色々張ってたんだけど、何故かやたらと出番がなかったので披露する機会が多分に遅れてしまいました。
やっぱ、ギャップっていいよねって話です。
「あーー……疲れた」
「お悔やみ申し上げる」
「死んでないからね、俺」
流石に今回の死闘は『傲慢』と繰り広げた品物さえも霞んで見えるような高度な品物だったので、心身共に消耗は激しい。
それはもう、みっともなく、ほとんどが瓦解した床に、大の字で寝っ転がってしまうくらいである。
と、不意に頭髪と床の隙間に柔らかな物体が差し込まれる。
「――――」
その様子に戸惑いつつも、特に殺気はないのでちらっと一瞥するだけにとどめておく。
するとそこには、どこか恥ずかし気に、それでも惜しむことなくその太腿を俺専用の枕にしてくれているライムちゃんのあどけない容姿が。
ふむ、どうやらこれは彼女なりの気遣いらしい。
若干呼吸は荒いし、何故か血走って疲弊する俺を凝視していたり、こっそりと体液を回収している気がするのだが、きっと気のせいだろう。
そうでなければいよいよ言い訳が付かなくなる。
と、そんな俺の頭蓋へ多大な衝撃が。
「……ガバルド、俺は床じゃないんだぞ」
「そりゃあそうだよな。 床に失礼だから」
「――。 とりあえず、脚をどけ――」
「ふんっ」
「ぐぼっ」
あろうことかこの男はなんら躊躇することなくそれなりの功績を成し遂げた俺を盛大に親の敵とばかりに踏み締める。
もしや、そういう趣味嗜好に目覚めたのではあるまいか。
仮に俺の憂慮が的を射ているのならば、この同盟関係も今日限りである。
というか――、
「おいガバルド、いい加減足を退けろ。 俺の美貌が自主規制君の出演があるレベルの惨状になるから」
「大丈夫。 そんなに変わらないから」
「ええ!? それってどういう意味なのかなあ!?」
流石に文句しか吐き出せない物言いに飛び起き、頭突きをかまそうとするが、ガバルドは殺意に過敏に反応し撤退。
代わりに何故か凄まじい反射速度で俺へと唇を重ねようとしたライムちゃんから不貞の危機を何とか逃れ、立ち上がる。
「というかガバルド、お前だってもう立派なリア充じゃねえか!」
「う、うぐっ……!」
流石にこれだけの状況証拠がそろっていながらも否定するのは困難なのは、心底屈辱そうに頬を歪ますガバルド。
だが、どうやら色々無知なライムちゃんには抜け落ちている前提条件の意味合いが少々理解できなかったようだ。
「? どういうこと? この中年がリア充なんて、それこそお兄ちゃんに彼女ができるのと同レベルわよ?」
「お終いだ……」
「ちょっと待て、何故お前はこの世の終わりとばかりに絶望する」
まるで永遠に彼女ができないみたいな物言いである。
ちなみに、俺も一応は高校とかでそれなりにモテて「ぐぼっ」居たのだが、それでも最愛「がはっ」の沙織に対してお付「っぁ」あいなど失敬の極みなので「あがっ」未だに彼女の一人もできていない次第である。
「……どうしてお前は妹に物凄い勢いで殴られていて平然としているんだよ」
「日常だろ」
「日常だわ」
「嫌な日常だな」
もはや殴打されることなんて日常を彩る光景の一ページと化してしまった気もするが、それはそれで気色悪いと思いなおす今日この頃。
俺は撤収作業やら新体制への準備やらで激務に追われる帝国の政治官たちを横目に、既に肉腫により視界にさえ影響が及んだ顔面のまま、静かに問いかける。
「――ガバルド、顔取れてない?」
「その疑念が浮かび上がる時点でお前はもう二度と日常生活を送れないと思う」
「お兄ちゃんの浮気夫ッ!」
「ぐへっ」
また一つ、顔面が歪んだ。
何故か俺の周囲の人々は魔術さえも併用せずに他者の心情を読み取る謎技能に発達しているようで、ライムちゃん曰く『心の姦淫』という某白髪クズみたいな発言と共に、始終この様である、
そろそろ顔面がゴルフボールよろしくに吹き飛ぶる頃合いではないだろうか。
「というか、俺っていつ夫になったんだっけ」
「夫……リア充……撲滅……」
「お前はお前で思考回路が急すぎる」
どうして俺の周りの人々はこうも暴力に対して忌避感を抱かないのだろうかと心底疑問に思ってしまう。
と、不意に俺の顔面をその鉄拳を以て歪曲していたライムちゃんの連打の動作は停止する。
それに怪訝に思っていると、ライムちゃんは失念していたとばかりに、
「――で、この中年の嫁さんって誰?」
「ぶほっ」
「汚ねえっ」
そう、頭上に疑問符を浮かべながら問いていたのだった。
その唐突な奇襲に盛大に水飛沫と共にそれまで飲んでいた抹茶を噴き出す醜悪なる存在に俺は露骨に嫌悪感を浮かべる。
「というか、今更だけどなんでお前そんなにあいつのこと詳しく知ってんの? もしかしてストーカ……?」
「中年さん! 今貴方は禁忌の言葉を言い放ったわ! 最低っ!」
「うわあああああああん、俺可哀想おおおおおおおっ」
「なんだ、なんなんだよこの反応……!?」
中年を付きまとうのに意味を見出すばかりか、もはや苦痛以外の何物でもなく、故に盛大に泣き叫んでいると――、
「……貴君ら、もう少し静かにしてくれないか?」
と、人目をはばからずに騒いでいる俺たちを咎めるのは、顔をしかめ、されどガバルドを視界にとらえた瞬間分かりやすく瞳に喜悦を宿す帝王だ。
本当にこの人は分かりやすいなあ……。
「マジスミマセンっす。 悪いのは全部ガバルドなんです! 俺はいい。 だけど、ガバルドにだけは是非とも鉄槌を……!」
「お前雰囲気出してるけど言ってること最低だからな」
「な、なら後で個室にでも……」
「ア”ァ?」
「ちょっと黙ろうか、ライカ。 この非リア充は、他人の不幸を踏み躙りたくてしょうがないお年頃なんだ」
「ああ、確かにガバルドく……貴君にもそういう時期があったな」
「止めてくださいお願いします」
おや……帝王の様子が……。
どうやら多少なりとも緊張感が抜け、更にガバルドの間近ということも相まって取り繕うことを失念しているらしい。
その仕草も所々本性が透けて見えており、どこぞの『賢者』のカミングアウトに比べて相当マシかつ、誰もが幸福になれるその豹変に思わず目を細め――あっ、潰された。
「まったくもう……ライムちゃん、いきなり人の眼球を抉ったりしたらダメだからね? そういう時はちゃんと挨拶しておかないと」
「うん、次からはそうする」
「違う違う、そうじゃない」
どこかで聞いたことのある歌詞を口ずさむガバルドを放置しながら、ふと非リア充代表としてやつに制裁を喰らわせておかねばなとそう思い直す。
そして俺はしたり顔で戸惑うガバルドを一瞥しながら、燃焼した話題を再熱させる。
「――そういえば、ライムちゃんってガバルドのお嫁さんが気になってるんだっけ」
「スズシロ、今すぐ黙れば死罪は免れる。 だから黙秘しなければ――」
「――ガバルドのお嫁さんって、このライカちゃんなんだ」
「殺すッ!」
吐露された個人情報の漏洩に悪鬼が如き形相をしながら飛びかかるガバルドを何とか寸前のところで回避した。
だが、どうやらガバルドの重要な個人情報はしっかりとあどけない幼子の耳朶を打っていたようで。
「――お嫁さん? この人、男でしょ?」
「いやいや、何言ってるの。 この子は正真正銘の女の子さ。 ただ……ちょっと、貧乳なだけさ」
「――ッッ!」
この後怒れる帝王――否、ライカちゃんから盛大にビンタを喰らったのは言うまでもない。




