悪寒
――随分なクソゲーだな
それがこの戦局を分析し、導き出した結論であった。
「――ッッ」
「――――」
薙ぎ払い、それに咄嗟に足が動いてしまうが、即座に刹那で一里先まで跳躍できるこの化け物相手に、それは不毛――、
「な」
「流石に、ワンパターンなのは如何なるモノだと思ったのでな」
唐突な方向転換に備え、神経を研ぎ澄まし――そして、先刻までの独特なステップは鳴りを潜め、馬鹿正直に直進する帝王の姿を捉えた。
ブラフ。
それまでの難解なステップは、この一瞬の隙を作り出すためのカモフラージュか!
「マジでクソゲーかよ!」
「ふんっ」
薙ぎ払い――と、思わせておいて今度は剣閃が描き軌跡の方が方向転換。
放たれるのは鋭く心臓へと狙いを定めた刺突だ。
どうやら帝王が平然と振り回すこの大剣は切っ先が刀のように鋭利になっており、触れてしまえば容易く臓腑を抉ってしまうだろう。
(おいおい、太刀と大剣のいいとこどりか……!?)
この短い剣舞で迎撃は到底不可能だと、そう判断した。
なら、回避は?
不可能。
音速が如く速力を駆使する相手に、それは愚行以外の何物でもない愚行であり、失策もいいところであろう。
しかし、絶対絶滅のこの逆境であるのだが、唯一袋孤児なこの状況を打破する秘策が存在し、豪運なことに俺はその手段を持ち合わせているのだ。
魔術を超高速で構築し――周囲一帯へ展開する。
「――『天衣無縫』」
「――ッ!?」
――ありとあらゆる存在を消し去ってしまう、絶対領域を。
それに触れてしまえばただならぬことが起こってしまうと、そう本能が警鐘が鳴らしたのか、やむを得ずにバックステップし、間一髪でその暴威から逃れる。
「なんだ、それは」
「おいおい、この場において魔術の概要を提示するとか、愚行以外の何物でもないことくらい察しろよやい」
「――。 正論だ」
「ハッ」
そう、何とか危機一髪で難を逃れたが、いつまでもそれが続くのかと、そう問われれば渋い顔をせざるを得ないだろう。
ご存じの通り、俺の魔術は浪費魔術が多大だ。
今の一幕で、相当節約したというのに魔力の一割が消し飛んでいる。
(だが――契機は、得た)
だが、先刻の戦況を考慮するのならば、文字通り生命線を展開するのにも多少なりとも意義があっただろう。
それまで帝王の俊足さに本論されっぱなしで、明らかに主導権を握れていなかったが、こうして無事に振り出しに戻ることができた。
(後は……どう立ち回るかだ)
正直な話、帝王の実力は様々な意味合いで想定外。
基礎的な身体能力すら尋常ではなく、なによりも危惧すべきは常軌を逸したその速力にあるだろう。
これに対応せねば、俺が栄光を勝ち取ることは難しいだろう。
とりあえず、詭弁を振る舞い時間でも稼ぐか。
「――強いな、あんた」
「これでもなお『老龍』へ届かないのならば、一切合切不要だ」
「……謙虚というかなんというか……」
もはやその低評価は病魔の類ではないか。
そう、奴の『記憶』をお門違いにも閲覧した俺は思案しつつ、静かに爆弾を投げかける。
「なあ、知ってるか?」
「厳粛に。 今は神聖な決闘の場だぞ」
流石にこれ以上の私語を許容するつもりはないのか、剣呑な眼差しで俺を射抜く帝王であったのだが、その仕草は次の瞬間完膚無きままに瓦解することとなった。
「――ガバルドに、彼女が出来たらしいぞ」
「え」
突如として会話の引き出しから出されたガバルドが分かりやすく絶句する中――その恐ろしい瞳が、彼を射抜いた。
「――詳しく、聞こうか」
「オッケー、落ち着けライカ! これは毎度の如く、スズシロのシャレにならない悪質な冗談で――」
「浮気男が言い訳してるー」
「よし、屋上な」
妻の逆鱗に触れてしまったらしいガバルドが能面のような真顔で己を見据える帝王に焦燥感を募らせている。
――そう、帝王は今、俺という敵対者がいながら、余所見をしているのだ。
まさに、禁忌の所行。
ならば俺はその愚行へ、最大限の鉄槌を叩き落すのみである。
というわけで。
「さて――ようやく、時間稼ぎが終わったぞ」
「――ッッ」
その一言に、ようやく己が心底しょうもないことで俺を意識から除外していたことに察知した帝王が、再度向き合おうと――、
「――残念、もう手遅れでした」
「――ッッ」
刹那――王城を、氷獄が支配する。
――氷獄刀。
これはかつて月彦と共にこなしたあるレイドクエストの報酬で得た溶けぬ氷を刀身とすて起用した存在である。
諸々、様々な微細な魔法が付与されていたりもするのだが――一番の特徴は、魔術の適性に欠如する俺ですら、簡易とはいえ上級魔法を行使できる点。
「蒼海乱式――『流鯨』」
「――ッッ」
俺の詠唱に呼応し、虚空より莫大な物量の水塊が噴出し、容易く帝王の華奢な細身を吹き飛ばしていく。
無論、この程度で済んだとは夢にも思うまい。
帝王の規格外さは数回鍔迫り合いをしただけで否応なしに理解できており、そこに今更慢心も油断も皆無だ。
なにせ、これは序章に過ぎない。
本命は、氷獄刀を触媒にし生じる、絶大な冷気なのだから。
「――――」
「な」
吐息により、その魔術が付与された因子を周囲へ拡散させ――それと共に、濁流の如く流水していた水塊の勢いが、唐突に停止する。
否、厳密に言うとその表現は正しくないであろう。
凄まじい勢いで流れていた水塊は、刹那にして隔絶した冷気により結晶と化したのである。
この魔術の構築に忙しく、帝王の猛攻に倒して遅れを取っていたのだが、その迷惑な縛りも今この瞬間を以ておさらばだ、
そうしたる顔で笑みを浮かべつつ、水流の勢いを巧みに調節し、帝王をドームの如く流れ込み、そして氷結晶により束縛した。
だが、この程度で封殺できていれば苦労はしない。
この物量でも、一時的に奴の動きを停止する程度の効力しか発揮することはないだろう。
だが――その刹那で、十分。
「――ッッ!」
「――っ」
流石に常軌を逸した膂力だろうが、王室を覆い尽くす程のこの氷点下を一斉に打ち壊すことなど、到底不可能である。
故に、俺の肉薄をみすみす黙認してしまう。
そして――、
「さて――終いだ」
跳躍し、氷獄刀を両手で強かに握り、それにより帝王に対して致命傷を容赦情けなく負わせようと――、
――悪寒
「――ッッ!?」
浴びるその殺意は『厄龍』さえも霞んでしまうような、凄まじいおぞましさを感じられ――、
「あっ」
直後、尋常ではない膂力により俺は吹き飛んでいったのだった。




