帝王
余談ですが、帝王さんやガバルドさんは割と二章の舞台とかかわりがありますよ。
「……本気なのか、ライカ」
「無論。 逆に問うが、何故このような場面において虚言を吐き出す?」
「――――」
通常、帝国において帝王との決闘は、王位継承を確約する際にのみ生じ、故に帝王が剣を振るう姿はツチノコレベルで気薄だ。
そんな神聖なる決闘を、素性の知れない俺なんかと行っていいのかと、そう憂慮しているのだろう。
まあそれは表向きに理由で、実際のところは十中八九帝王さんの身を案じているので、本当に不器用という評価を撤回することはないだろう。
と、そんな評論を下していると、ふいに俺の袖を華奢な指先が握る。
「……お兄ちゃん、死なないでよ」
「ん? そんなにヤバいの?」
基本的にライムちゃんが荒事に対して口を出すことはない。
それは単純に俺の実力を俯瞰して把握しているので、並大抵の相手ではお話にはならないと、そう理解しているからである。
だか、ライムちゃんはその不文律を破った。
それだけ隔絶した存在なのか?
「多分、『老龍』程でもないけど……少なくとも、『傲慢』は超える」
「嘘やんけ」
流石にそれは想定外。
推し量るに魔力の残滓の流出を制限するアーティファクトでも利用しているのか、帝王の実力を俺が目測することはできない。
だが、それでもライムちゃんに見解が見当違いとは、到底思えなかった。
腐っても元『賢者』。
その慧眼は俺なんかと比べることさえおこがましいだろう。
「……ったく、本当に俺はどうしてこうも厄介な相手と太刀打ちすることになるんだよ。 本当に面倒だなあ」
「太刀打ちさえできぬかも知れんぞ」
「かもなー」
ガバルドの助言を頭ごなしに否定することもなく、甘んじて肯定する。
相手の実力は未知数だ。
だが、少なくとも都合の良い意味合いで予定外、そういう歓喜すべき展開が訪れないことくらい、ライムちゃんの反応から理解できている。
だが――、
「んなの、平常運手だろうが」
「――――」
隔絶しか存在?
上等、そんなの沙織を振り向かせる手段という、難関な問題を解くよりかは幾分以上にマシであろう。
そう己を鼓舞しながら、アイテムボックスから獲物を取り出した。
だが、生憎のところ今現在俺は愛刀は持ち合わせていない。
それ以外の貴重な得物もレギウルス戦で使い果たした。
ならば――少々、妥協しよう。
「――幾年ぶりかな」
「――――」
俺が懐から取り出したのは、二振りの鋭利な双剣だ。
その双剣の刀身は水晶のように透明の澄み渡っており、それこそ刀身の光景さえも明瞭に浮かんでしまうだろう。
俺はそもそも太刀中心の立ち回りで修練してきたので、他の種類の武器を扱うのは多少なりとも不安が残る。
だが、ある程度とはいえこれも使い慣れてきた頃合。
立ち回りに齟齬が生じるだろうが、俺が持ち合わせるアーティファクトなんて、悲しいかな、もう既に出し尽くしている。
故に――今は、妥協しよう。
「――準備は、万端なようだな」
「そりゃあな」
無論、既にこの展開に至るまでの道筋は見えてきた。
その準備を俺が怠ることは、決してないだろう。
「――ライムちゃん、よろしくね」
「了解よ」
俺の合図に呼応し、ライムちゃんを起点として流れる魔力の奔流が両者を覆っていく。
「流石に、『誓約』程度は許容してくれよ?」
「気にするな。 他者を不審に思うのは誰しもに備わった正当な権利。 それは誇るべきことで、決して恥ではない」
「そう励ましてくれるのなら、重畳だな」
お互い、既に言外に『誓約』は結んでいる。
ならば――後は、その果てに至るまでの道筋を模索するだけである。
「――征くぞ」
「来いよ。 八つ裂きにしてやんよ」
推し量るに、帝王はそもそも王国との同盟に本心では賛成の意を表明していた筈なのだ。
それは誰かさんの『記憶』を閲覧する限り、それにより導き出される彼の人柄から推察すればどのような愚図であろうが容易く理解できるだろう。
だが、それでも彼は個人である前に一人の王なのだ。
民衆の意見は彼が述べた通り。
「――――」
幾ら帝王がそれを張り上げようが、反感を買うだけ、というか最悪暴動まで生じてしまう可能性さえ多分に含んでいるのだ。
あくまでも実力至上主義とはいえ、その本質は民主主義。
彼の人柄も相まって、それほど厳しい独裁政権ではないからこそ、それは意味を成さない。
故に、彼は口を噤んでいたのだ。
だが、それでも、置き土産とばかりにある程度は頭が回る奴ならば察知できる手段を言外に提示する。
やはり、根本は良好な人格者なのである。
成程、俺がこの決闘を制せば、必然帝国の意思をたった一つの焦点に集中させることも容易であろう。
が――この律儀な人は、それを理由に手加減するような生易しさは持ち合わせるわけがない。
「――――」
跳躍。
それと共に、帝王の姿形が掻き消える。
岩盤が砕け散る程の脚力を以て加速していった帝王は、いつのまにやら構えた大剣で俺を切り裂こうと、薙ぎ払う。
それに至るまでの動作に要した時間、およそ0,21秒。
(速い……! 魔術か?)
単純に魔力で強化しただけではない。
これだけの速力、それこそ俺の全魔力を一度に浪費したとしても果たして届くかどうか。
流石に広大な『獅子の目』の情報網であろうと、帝王の魔術を国家機密ともいえる魔術を把握することは叶っていない。
「――――」
受けるか、否か。
確かに一度に膂力を中心的に強化すればあの鉄槌が如き一線を捌き切ることも可能だろうが、それよりも回避の方が望ましいと判断する。
「――っ」
足元に魔力を集中させ、飛び舞おうとした直後――ふいに、俺が鈍い鉄筋の刀身が描く影が覆ってしまう。
そう、俺がそう脳内で結論を弾き出した瞬間に、これだ。
もはや人間業ではない――神仏の御業。
(転移とか、そういう空間系か!?)
だが、流石にこの絶対絶滅とも形容できてしまう中、相手の魔術を推し量る暇があるとは到底思えない。
迎撃は、この速力なら魔力を張り巡らせるよりも先に割断されるだろう。
ならば――、
「――ッ」
「ほう」
俺は後方などではなく――真正面から、全神経を擦り減らしながらも脚力を極限にまで強化することにより閃光と化し、迎え撃つ。
確かに、迎撃は不可能と述べた。
だが、それは勢いを度外視した威力であって、これだけの助走が絡まり合い、微弱な刀身は音速さえも上回る勢いで加速していく。
「――ッッ‼」
「――――」
低い姿勢で踏み込み、そして鋭利な刀身は大剣と真正面からぶつかり合う――寸前、再度帝王の姿が消え去る。
またも超音速で跳躍したか。
そう認識し――俺は、魔力を全力で振り搾り、再度飛躍していき、背後から踊り舞うように振るわれる刀身から回避していった。
帝王さんの超音速は魔術における基礎的要因が関連しているのですが、そこら辺は多分終盤に言及すると思います。




