実力至上主義
ようこそ!から
最近再熱しました。
二年生編も楽しみです。
「――――」
本音を言ってしまえば、帝城の玉座間近に転移してしまうこの事態は正直なところ想定外でしかなかった。
本来ならば穏便にガバルドの『英雄』としての地位や名声を駆使して特に流血沙汰もなく交渉する予定であったのだが。
そうした観点では、今回は俺の失策と、そう断じる他ないだろう。
――が、逆説的に、これにより面倒な手間が省けたと、そう認識することも無理矢理ながらも可能ではないか。、
今この瞬間にもことが起こるやもしれぬこの戦局だ。
故に、不用意に俺が持ち場から離れるのはなるべく避けたい事態である。
しかしながら頑固者な帝王さんにより、当初より交渉は難航しようだとそう判断し、俺と言う本体が直々に向かった次第である。
(ならば、早急に用事を済ませたいな)
この距離だ。
視覚的な観点からはもちろん、『念話』さえも圏外であろう。
つまること、今この瞬間メイルや沙織からの緊急連絡を受け取ることは到底不可能というワケでして。
「さて――そろそろ、本題に入ろうか」
「――――」
何故かそう宣言すると、「どの口が」的な眼差しを一身に浴びる。
ふむ、確かに酷くブーメランだな。
そんな雑感を思案しつつ、俺はジッと空虚な眼差しで中性的な容姿の帝王を見据える。
「俺がこうして直々に帝国へ向かったのは他でもない。 ――これから巻き起こる、未曽有の災厄に関してだ」
「――――」
「全く、お前たちって本当に頑固だね。 いや、この場合国民たちの脳味噌が筋肉と化しているだけなのか」
そう嘆息する俺へ、ふいにガバルドが怪訝な眼差しを向ける。
「……なあ」
「――? どうしたガバルド? まるで後方もしなかった情報がさも当然のように語られて、ちょっと何言ってるのか分からない的な顔をして」
「よく分かっているじゃないか」
「オッケー、騎士剣を静かに抜刀するのはまだ早いぞ」
どうやらとっくの昔に俺相手に舌戦では到底叶わないとそう悟ったのか、実力行使に打って出るガバルド。
だが、その懸念は杞憂だ。
他ならばともかく、今回の議題はガバルドにも関連してくる。
流石にこの戦局でそれを口外しないっていうのは無意味に不信感を煽る結果となるだけと判断し、口を開く。
「ああ、今更だけど、俺は俺で色々と暗躍してるんだよね。 その一環として人族の一致団結も視野に入れていたワケでして」
「――っ。 成程な」
「流石中年だ。 無題に老衰しているワケではないのだな」
「そろそろお前の俺に対する見解に対して話し合う必要性があるようだ」
「そんな……二人きりってっ」
「や、止めろッッ‼ 俺が度し難い評論を受けるじゃないか!」
「ガバルド……お前っ」
「ちょ、お前らなんでそんな眼差しを!? 法螺話だからな! 根も葉もない戯言だからな!」
「あらあら、照れちゃって」
「お前は永眠しろ!」
うん、分身体が無闇矢鱈にスピカ君とかにちやほやされてから、地味にこの詰られる感覚は新鮮である。
それから、話が本筋へ帰結するにはまるで夫の浮気を目撃でもしてしまったかのように憔悴する帝王をガバルドが釈明と同時に慰めるまで掛かった。
「――皆さんが静かになるまで三十分かかりました」
「お前が言うなよ、お前が」
ようやく帝王の語弊を解き、元の清い『英雄』と返り咲いたガバルドが心底呆れながらそうツッコむ。
そんな中年を横目に、ようやく俺は事の次第を語り始める。
「俺が根をまわして帝国と王国が同盟を組むように仕向けた。 まずはこれに関して相違はないよな?」
「――――」
沈黙は言外の肯定である。
それは交渉の場においては心底唾棄すべき愚行であるのだが、今この場においてそれは最も明瞭な意思表示となる。
ガバルドにも、大雑把でこそあるが『老龍』の襲撃についてに概要は言及している。
故に、その『老龍』と太刀打ちするために人族や、ついで魔人族たちもが一致団結する以外に手段は存在しないだろう。
かつて、魔人族との同盟についてガバルドが俺やライムちゃんを筆頭した面子を起用すれば、あるいは勝利を勝ち取ることは可能ではないかと、そう問われたことがある。
その疑問に関しての返答は無論『ノー』だ。
確かに、俺やガバルドたちが集えば、ある程度健闘は可能であろう。
だが、あくまでも善戦程度。
その先に本懐を成し遂げるのは、『老龍』の魔術を考慮すると少数人数では到底不可能であることは、王国に在籍している間に調べ上げた幾多ものの資料が裏付けている。
だからこそ、数を揃えるのは当然の策略なのである。
「それと、前提条件なんだけど、あんただって『老龍』の解放は既知の事実なんだろ?」
「無論、だ。 既に幾度となく派遣した諜報機関の報告の一切合切が一致している。 故に、それを知り得ないことはない」
「だろうな」
「――――」
もう、既に分身体が王の聴覚ごしにそれを確認している。
今のはその分身体がどこぞの『厄龍』により洗脳でもされていないのか、それを懸念しただけである。
だからこそ、ガバルドは盛大に困惑しただろう。
「――ちょっと待てよ」
「――――」
「お前らは、『老龍』の解放も、王国が、アキラがそれに向かって動き出しているのは知ってるだろ?」
「肯定しよう」
「――ならば、猶更理解できない」
「――――」
法国などの経済が盛んで、それ故に多少なりとも軍事が欠如しているが、それに対して王国は真逆。
武力に長け、自給自足能力に欠けている。
更に亜人国までも参戦の意を表明しているのだ。
これを好機と言わずして、果たしてなんと形容するだろうか。
この機に便乗すれば、少なくともソロの場合よりも幾分かは絶望に満たされていた戦局に光明が差すのは自明の理だ。
「――だったら、どうして同盟を結ばないんだ?」
「――。 知れたことだ」
「――――」
その疑問が吐き出された途端、帝王が目を鋭く細めるのに呼応して、周囲一帯へ俺ですら萎縮してしまいそうな、隔絶した王としての威厳や風格やらが肌を指す。
魔力の気配は、無い。
つまり、これは正真正銘の、示された王の威信なのだ。
「――帝国は、実力至上主義だ」
「――――」
「故に、弱者が淘汰されるのは自然の摂理だと、そう信じて疑わないのだ。 例えそれが合理の極地であろうが、我々は我々が掲げ、誓ったその信条に従う義務がある」
「――――」
盛大に絶句するガバルドへを冷徹に射抜く帝王は、なおも突き放すように宣言する。
「――愚者には、愚者なりの信念がある」
「――――」
「それは、同じ愚か者である貴君も理解している筈だ」
「――っ」
その声音を耳にし、悔しそうに歯噛みするガバルド。
ガバルドだって、多少なりとも帝国との交流はある。
だからこそ、その心底度し難い信念がどれだけの覚悟により塗り固められた品物であると、そう理解したのだろう。
交渉は、到底不可能。
そう悟り、悔恨を露わにするガバルドを一瞥する。
自明の理であるのだが、帝国の愚者たちがその信条を自ら反故することは何が有ろうがないであろう。
ならば――対処は、容易。
「――なら、その実力至上主義の信条に従い、叩きのめしてやんよ」
「なっ」
一連の会話で指針は確立した。
ならば、俺はそれに順々に従うだけでなのだ。




