終わりと
「逃げたな」
猛威を振るった龍であったのだが、彼の成果はただただ闇雲に王城を破砕してしまっただけである。
推し量るに、あのアーティファクトはこのような有事の際に備えてルシファルス家が用意したのだろう。
付与された魔術は『転移』。
ライムちゃんの十八番である。
「見事な程に逃亡されたね、この役立たず! そこまで詫びたいのならば、まずはスク水着て往生を爆走……ちょ、冗談ですよ、冗談ですから!」
「ケツが、尻の奥深く。 選べ」
「どちらにせよ大切なナニカを失う気がする!」
『龍穿』ステンバーイ。
極限にまで圧縮されたその弾丸は、本体ならばいざしらずこの弱体化ボディーならば……女の子になってしまうであろう。
「お前の思考回路ってナチュラルに狂ってるよな」
「へ、変態……っ! 人の大事なところをそうもジロジロ見るなんて……この、覗き魔っ! 俺の大事なモノを奪わないで!」
「ア”ァ?」
「止めろスズシロ。 スピカの瞳が黒一色になっただろうが」
いやいや、そんなワケがない。
ガイアスの年齢は今や百どころか、万の域にさえも到達しようとしているので、老眼故にそのように見えて――、
「駆逐……駆逐……」
「ひぃっ!?」
何故能面が如き真顔でひたすら小太刀を研いでいるのかを問うのは野暮といったところなのだろう。
とりあえず、合掌。
「サヨナラガイアス……! 俺、生涯ただひたすら醜悪な生物だったって、ガイアスのこと忘れないからな!」
「お前ちょっとこっちこい!」
「御免よお……俺は無力だ」
「本当だよ!」
俺関連の地雷は色々と存在してしまうのだが、ガイアスは不運なことにその筆頭を盛大に踏み外してしまったワケだ。
余談なのだが、地雷筆頭のうち一人は無論ライムちゃんである。
「安心して! スタッフで美味しくいただくから!」
「何を!? 何をお召がある気なのか!?」
「そんなの……言われるなよ、恥ずかしい」
「なあ嘘だよな? きっと毎度の如き茶番劇なんだよな……!?」
「――――」
「何故黙る!?」
人望。
「……本当に、キミたちは騒がしいね」
「一応言っておくけど、お前だってその筆頭なんだぞ。 というか、お前はもうちょっと年甲斐もなく騒げよ」
「善処する」
「それ絶対実行しない返答」
と、茶番を繰り広げる俺へ、肩幅にも及ばない背丈の端正な容貌の美少年――否、美老人が声をかける。
まあ、確かにこの騒乱に慣れていない者にっとては、それなりに新鮮に思えてしまうかもしれないな。
そう推し量っていると、ふいにルイーズが目をスッと細める。
「それで……君は何を画策している?」
「信頼ないから黙秘する!」
「……君、本当に正直だね」
そもそもの話、この少年ならぬ老人が俺の傘下へ加わったのはたった数日前であり、故に今は彼と言う存在を見極めている最中。
俺はガイアスのように確実に裏切らないような輩や、ライムちゃんやスピカ君にような例外以外に本心を吐露することはないのだ。
故に、彼だけを特別扱いするのは到底不可能で。
「ぶっちゃけたところ俺が策略を吐露するのはなるべく少数人数にしてるから、これ以上それをしる者を増やしたくないの」
「……漏洩を懸念しているのか?」
「いやなー、弁解するけど、俺だって相当厳選して部下を選択しているし、謀反っていう可能性は限りなくねえよ」
「なら、何故?」
「――『厄龍』」
「――――」
俺が呟いた声音に、鋭く目を細めるルイーズ。
それは俺が王たち王国貴族や騎士たちへ名乗った偽りの名であり、おそらくルイーズもその意図は定かではないだろう。
(……流石に、多少なりとも誠意は示すか)
鞭と飴とも呼称する。
「あー、一応聞くけど、『厄龍』って知ってる?」
「無論。 なにせ、つい最近まであの人に付き従っていたんだからね」
「まあ、だよな」
この美少年は、つい先日まで『厄龍』の手先として『四血族』の権威をフル活用して暗躍してきたのだ。
しかも、推定するにその年月は数百年にも及ぶだろう。
故に、一定の信頼は得ているワケで。
否、そもそもある程度の情報開示は『誓約』を結ぶ上で行っている可能性だってあるが、正直なところどうでもいいな。
「それで、どうして君は『厄龍』なんていう突飛な名を口走ったんだい? 理由も無しならば今後の雇用について考えさせてもらうけど」
「露骨だなあー。 ――脅しだよ、脅迫」
「――――」
今回の王城襲撃には色々な意図が存在するのだが、その中でも特に重要なのが前述の事項なのである。
「まあ、詳細は追って連絡するよ」
「……本当にかい?」
「疑われてるー」
こうも胡乱気な眼差しという描写が似合うような視線は中々類稀であろう。
まあ、これまでの戦績を考慮してしまえば、そのような印象に落ち着いてしまうのも無理はないだろう。
因果応報な現状に「はあ……」と重苦しい溜息を吐く。
「何なら、『誓約』でも結ぶ」
「いや、流石にそれはよしておくよ」
「ふーん」
俺としてはどちらでも特に問題が生じなかったのだが、どうも埒が明かないと、そう判断したのか投げやりな返答が木霊する。
(さて……そろそろ佳境だな)
肝心のマーキングは済ませた。
色々な細かい作業は、追々済ませるとして――、
「駆逐……中年を駆逐……」
「おいスズシロ、お前いい加減人は選んだ方がいいぞ! こいつ、普通にライムとかいう妹に匹敵するレベルで病んでるぞ!」
流石に子供を傷つける程のクズではないのか、拘束する指針で飛び舞うスピカ君と立ち回るが、依然として劣勢。
今だって鋭利な小太刀が紙一重でガイアスの首筋の皮膚を掠める。
そう――眼前に、血を血で洗い合うような激戦が繰り広げられていた。
と、それを眺める俺は――、
「ああ……平和だな」
「うん、そうだね」
透き通るような笑顔で明後日の方角を見据えていた。
無論、自称温厚な男の子ルーズ君も微笑ましいモノでも見るかのような眼差しでいがみ合いを傍観していた。
そんな俺たちを見て、露骨に絶望するガイアスであった。
頑張れ、苦労人(満面の笑み)。




