王と
そろそろシリアスパート、終わる予定です
――血飛沫が、宙を舞う。
撫でるかのようにアレストイヤの繊細な首筋へ触れた鋭利な刀身は、容易く通過と同時にそれらを断絶する。
絶叫はこの令嬢の身を魂から案じる騎士のモノか。
しかしながら、首元を切断されておいて死滅していないワケがない。
つまり――今この瞬間、アレストイヤ・ヴァンという少女は避けがたい『死』へ直面していったのである。
だが――それでも、まだ可能性はある。
それは治癒魔術。
程度にもよるが、ライムちゃん程の術者ならば容易に息の根が途絶えた相手さえも蘇生させてしまうだろう。
日本とこの世界の常識は大きく異なる。
だからこそ、念入りに、執拗に。
そして俺は、手元に握られた鋭利な小太刀で、首元が吹っ飛んでいったアレストイヤの亡骸を、なおも再起不能に追い詰めていく。
「止めろッッ‼」
「ほう」
快音。
それと共にこの少女の騎士に抜擢された生粋の騎士は、その容貌に途轍もない殺意と怒気を宿らせながら俺へと肉薄していく。
既に手枷は圧倒的な膂力に耐え切れず破砕されているか。
ルシファルス印ではないにせよ、それなりの品物だ。
それを純粋なる筋力のみで打ち破るとは。
流石は『四血族』の当主の騎士を今日この日に至るまで真っ当にしてきた優麗なる騎士といったところか。
推し量るに、魔術さえも吐息を吐くように自由自在だろう。
成程、確かにその役職に見合った有能さである。
だが――それはこの世界においての常識。
今この場に集うのは、道理という概念から完全に遺脱した存在。
言うに及ばん。
「――スピカ君、頼むよ」
「承知ッ」
俺の鋭い勅命に呼応し、即座に背後から凄まじい速力で華奢な人影が蠢き、直後容易くこちらへ迫っていったエルを組み伏せる。
確かに、エルという騎士は有能。
常軌を逸した存在の集団である騎士の中でも上位の存在なのだろう。
だが――言ってしまえばその程度。
依然として最上位ではないし、最強なんてそう啖呵を切る程の領域へまでは、未だ到達していないのだ。
対して、スピカ君は亜人の中では頂点に立つべき存在。
紆余曲折あって俺に付き従っているのだが、本来ならば栄光を浴びるべき存在である。
――一位と二番手の差は1じゃない
そう、どこかの誰かが言ったっけ。
実力差は単純明快、故にエルはスピカ君の拘束から逃れることは叶わず、なおも抗おうと抵抗を続ける。
そして俺は、これ見よがしにアレストイヤの亡骸を踏みつけにし、それと同時にエルの怒りが頂点に達した。
「貴様――ァッ‼」
「そんなに叫ばなくても聞こえるよ、エル君」
「――ッッ‼ その御方を殺害する、どころかあまつさえその清きお体さえも愚弄する――到底、許しがたいッッ!」
「あっそ」
「――ッ」
激怒するエル君には悪いが、そんなの俺にとっては「だから?」と聞き返す程度の微々たる問題だ。
それは周囲の面々も同じで、そもそも暗躍の一環として面倒な人物を始末していたルイーズはもちろん、スピカ君やガイアスも眉を顰める程度。
この面子だ。
殺人なんて、とっくの昔に済ませてあるし、肝心のスピカ君には事前に色々と歪曲して説明してあるから問題は皆無。
まあ、本体の周囲の面々ならば断固として抗議するだろうがな。
だが生憎のところ俺の周囲の人々は皆裏社会を生きる者だ。
この程度の光景、それこそ朝食のように眺めているだろう。
と、不意に周囲を一瞥してみると、それまで拘束されていた貴族やら政治官やらが視線だけで人を殺してしまいそうな程の眼光で俺たちを射抜いていることに今更ながらも気が付いた。
「貴様ッ! その御方が誰だと……!」
「ヴァン様ぁっ!?」
「――ッッ‼」
「うん、予想通りの反応ありがとねー」
本当に予測と一切異ならない態度で心底安堵する今日この頃。
どうやらアレストイヤという少女は、それなりに信頼を一身に浴びていたらしく、そんな彼女に殺害に非難の雨あられだ。
無論、この程度織り込み済み。
というか、こういう反応を期待したからこその判断である。
「スズシロ……お前、何考えているんだ?」
「抽象的に表明するのならば、撒いた『種』に肥料分と水を摂取されている最中」
「真面目に答えろ」
「ヒ・ミ・ツ☆」
「顔面がケツの穴になる気分を味わってみたいか?」
「何この『神獣』コワい」
そもそもの話、どのような思考回路をしたらそのような発想に至ってしまうのかと心底不思議である。
と、毎度の如く茶番を繰り広げていた俺たちの仕草を挑発と受け取ったのか、悪鬼が如き形相で睥睨するエル。
「貴様、どうなるのか分かっているのだろうなッッ!」
「逆に聞くけど、どうなるの? そもそもの話、この狭き王国、というか世界に俺たちを妨害できる存在なんて、居る?」
「――ッッ」
俺たちの力量は見せつけるかのような手段を用いて否応なしに理解しているのか、分かりやすく歯噛みする。
無論、そんなことはない。
俺たちとてパチモンではない『厄龍』だって脅威だし、というかぶっちゃけルシファルス家には敵わないだろう。
なにせ、生きている限り殺戮兵器を無限生産することが容易なのだ。
しかもそれにさえありとあらゆる魔術を付与できるらしく、最悪『天衣無縫』さえも牙を剥く可能性もあるだろう。
もちろん、ヴィルストさんには色々と事情を説明し、そして納得してもらっているので彼が牙を剥くことはない。
だが、重要な要点は俺たちの脅威となるべき存在はこの世界に幾らでも存在するということである。
それに関しては俺たちは十全に理解している。
だからこそ、このように「絶対に勝てない」なんてい固定概念を植え付けるためのこの山門芝居なのである。
絶対不可侵領域の王城への侵入どころか、誰一人逃すこともなく制圧してしまった俺たちはきっと彼ら彼女らにとって悪夢の類とも解釈されるであろう。
錯覚は、当人には真実にしか見えない。
俺たちの存在を未だかつてない脅威だと、そう認識してもらえば御の字である。
「さて――」
「――――」
(来ないな……)
あの一幕で向かってくると、思案していたのだが、もしや怖気づいてしまったのではないだろうか。
ならば――、
「――確か、この中に王女とかいう類の女が複数存在するよな?」
「――――」
数人、微かに肩を震わせる。
露骨な反応、心底感謝する。
「スピカ君、とりあえず、一人づく皮から剥いでくれない? 一応言っておくけど、死なないように、激痛がいつまでも持続するようにね」
「承知」
「ひっ」
スピカ君が俺の厳命を実行しようと、脳内リストに思い浮かべたであろう事項を改装し、そして対象へ歩み寄ろうと――、
――殺気。
「――スピカ君、後退ッ!」
「――ッ」
――刹那、鉄筋でさえも触れた途端割断されてしまいそうな大剣が盛大に床を抉っていった。




