貴方と
鬱展開注意警報!
「――さーて、つかぬことをお伺いしますが、皆さんは今がどんな状況なのかちゃーんと理解していらっしゃいますか?」
「――――」
「はいはい、それで十分だよ~」
それこそ射殺せんばかりの眼光で俺を射抜く兵士たちの総意を代弁したのは、確か騎士団でも重鎮の筋骨隆々な大男だ。
「――貴様ら、何しにここへ?」
「何だと思う?」
「――。 舐めるのも、大概にしろ。 もしや、魔人族の輩か?」
「ふっ」
状況が状況だ。
そのような勘違いが生じていってしまうのも無理がなく、納得もできる。
だが、俺が思い描くプロットにおいて、その見解は不都合以外の何物でもなく、俺はにこやかにそれを訂正する。
「――いいや、違うよ」
「――。 ならば、何奴だ?」
「さあね。 自分でも自分がどういう存在なのは、ちょっとよく分からなくなっちゃった。 分かる人いる?」
「Gだろ」
「――スピカ君」
「はい」
「とりあえず、ゴミ置き場にミンチにしてから投げ捨ててくれない? その後で落ち着いたら、ミキサーでジュースにしてみんなで美味しく頂こうね」
「委細承知。 おいクソ中年、アキラ様を侮辱したその大罪、万死に値する。 もちろん、それに対する罰も心得ているだろうな?」
「アキラ様は最高にカッコいいです!」
フレンドリーになってくれてなによりである。
と、そんな毎度の如く喜劇を繰り広げていた俺たちの態度は、鬼気迫った彼らにとっては挑発以外の何物でもないわけで。
「――茶番か?」
「下らない与太話は如何かな?」
「いらんな。 ――で? 何が目的だ、賊。 貴様らが我らを殺害しないということ、何らかの思惑があるのだろう?」
「さあね。 もしかしたら俺たちがただの享楽主義者なのかもしれないよ? そういう可能性は考慮してないの?」
「生憎、お前の瞳は正気のままだ。 そのような愚行をするような男とは、到底思えん」
「へえ」
やっぱ、軍人なだけあってその慧眼もそれなりに磨きがかかっているようであり、俺は思わず失笑してしまう。
「……何が可笑しい?」
「全部さ」
「――――」
成程、この老将の仰る通り、俺たちはある一つの目的のためにこうも面倒な事件を巻き起こしていった。
だが、それでもこいつは見当違いなことを言うな。
「――俺が、正気? 戯言を」
「――――」
自嘲するような響きに思わず瞠目する老将へ――否、それだけではない。
俺がそれまでただただ盲目に殺意の眼差しを向ける周囲の人々へも聞こえるように、盛大に啖呵を切る。
「――俺たちの目的は、この世界の破滅だ」
「は」
そうして投げかけられた声音の荒唐無稽さに唖然としてしまう老将へ、俺はなおも戯言を吐き続けた。
「聞こえなかったのかなあ? 俺の――否、俺たちの宿願はこの世界に蔓延るありとあらゆる生命体の死滅! 破滅! 滅亡! いやー、これほど分かりやすい手段なんて、そうそうないよねって自嘲する今日この頃」
「貴様は……何を、言っている?」
「――聞こえなかったのかよ、クソジジイ」
「――――」
これだけ懇切丁寧に大まかな概要を説明していったのにも関わらず、なおも無理解を示そうとする老将へ目を細める。
それと同時に今まで意図的に制限していた魔力を精一杯周囲へと垂れ流し、そうすることにより独特な威圧感を演出する。
そして――、
「安心しろ。 お前ら人族も、魔人族も、亜人族だろうが一切合切滅ぼしてやんよ。 それこそが、俺たちの悲願だ」
「――。 何故」
「ほう」
流石に、一連の流れでそれが狂言の類ではなく、魂の奥底から吐かれたモノだと否応なしに理解したのだろう。
滝のように冷や汗を掻きながら、そう掠れるかのような野太い声音で問いかけれる老将へ、俺親切に告げる。
「――面白いだろ?」
「狂人がっ」
悪罵。
しかしながらこの状況でのそれは、ただただ無意味な負け犬の遠吠えとしか意味を成さないであろう。
「狂人? 今更だな」
「――――」
「――さて、そういえば一つ失念していたことがある」
「――――」
圧迫感に押し黙る老将へ、俺はそういえばとばかりに頬を掻きながら意図的に告げていなかった事項を指摘する。
「名前だよ、名前。 やっぱり、名は大事だよね~」
「――ッ。 それが、どうした」
「うん、そういう反応は予測していた」
「――――」
彼らにとってこの戦局は危機以外の何物でもなく、その主犯である俺の名前なんぞゴミ屑以下の利益さえも見出すことができなかっただろう。
だが、それでもなお俺はその言葉を口ぐさむ。
なにせ、これが大いに拡散するためには、固定した概念、つまること名前が存在すれば俺の目的の一助になるだろう。
そして俺は、どこぞの性悪かつ存在自体が意味不明な存在を模範にした、凄惨な嘲笑と共にその名を名乗り上げる。
「――『厄龍』」
きっと、その単語が意味する真意を推し量ることが唯一可能なのは、それ関連の事情に精通したガイアス程度だろう。
だからこそ、その驚愕は大きい。
なにせ、『厄龍』こそ『神獣』たちにとっての怨敵。
そんな存在を名乗るという行為は一種の禁忌といっても差し支えなく、最悪面倒な反感を買うこととなるだろう。
だが、それを理解していながらも俺はそれを発するのを止めない。
「――さて、そろそろお前らの勘違いを正さねばな」
「――――」
「お前たちはきっと、俺を不殺主義かなにかとでも勘違いしていると思う。 だって、実際一人たりとも死者を出していないんだからな。 そう捉えるのも。間違ってはいないと思うね」
「――――」
「――だが、それが永劫続くと、そう誰が裏付けた?」
「――ッ」
歩み寄る。
スタスタと、まるで死神が生者の命を刻一刻と刈り取っていくかのように、ゆっくりと、焦らすかのように足を進ませ――、
「やあ」
「――ぁ」
――そして、それまで俺の不可解な言動の真意を必死に探り当てようと模索していたアレストイヤと、不意に目が合った。
「――止めろッ‼」
浮かんだ哄笑の意味を否応なしに理解され、忠誠を誓った主の末路を悟ったエルがそう声を張り上げるが、手枷のせいでままならないまま。
歯痒いよな。
直ぐ近くに大切な人が苦しんでいるのに、何もできないのって本当に悔しいよな。
分かるよ、分かる。
だから――、
「――短い付き合いだったけど、サヨナラ」
――そして、鋭利な刀身がアレストイヤの首筋を撫でるのと同時に、どこまでもエルの絶叫が木霊していった。




