暴威と
「――で、スピカ君、もう各員回収したってことでいいんだよね?」
「無論です。 アキラ様の順々なる懐刀、『獅子の目』としての責務を、僕たちが放棄するはずがございません」
「その口調でボクっていう呼称、すんごい違和感あるね」
「ツッコむべきことはそこではない」
もう、なるようになれである。
さて、それはそうと――
「念には念を押すけど、避難経路からの逃亡者も?」
「もちろん、一切合切をですよ。 そうじゃないと意味はありませんからね」
「――? どういう意味だ」
「あー、あーー」
スピカの不可解な物言いに首を傾げる、鬼ですら全裸で逃げ帰るような醜悪なる存在、すなわちガイアス。
「今ナニカ痛烈な悪意を感じた」
「気のせいじゃないのかな」
きっと、戦犯は俺ではなくどこぞのロリコンだと思う。
「……で? 全員を収集しなきゃ意義がないって、一体全体どういう意図だ? そろそろ、伝えろよ」
「あー、うん。 そだね」
確かに、ガイアスに関しては色々な要因が重なってぶっちゃけあんまり信頼していなかったのでまだ話してないな。
あれ、でも俺スピカ君にはちゃんと告げたよね、概要。
つまること、ガイアスは新参者であるスピカ君よりも――、
「……なんでお前はこの思考で満面の笑みを浮かべるんだよ」
「因果応報って言葉を知ってるか」
どうやらパートナーを信頼していないのはお互い様であったらしい。
ちなみにこれで仮にガイアスが俺のことを半身みたいだとかそういう気色の悪いことを述べたのなら、即座に自刃する所存である。
「というか、お前の答えを勿体ぶる癖はいい加減更生してしまった方が賢明だと、俺はそう提言するぞ」
「概ねその原因はお前らが無意味に会話を引き延ばすからだがな」
「――――」
そういわれると何も言えないのか押し黙る醜悪なる中年を横顔に、俺は懐からある鮮やかな色彩により彩られた結晶を取り出す。
「……それは?」
「メイドインライムちゃんの結晶。 まあ、流石にライムちゃんでもたった一つの魔術を付与するしかできなかったがね」
「……お前っ」
「そういうこと」
そして、その結晶から漂う忌々しき気配を敏感にも察知したガイアスが、驚愕でもしたかのように目を見開く。
どうやら、薄っすらと浮かぶ術式で何の魔術が付与されたのか理解できていたようだ。
ならば、話は早い。
「それじゃあ、起動よろしく」
「……借り千つだぞ」
「多いね、借り」
気分は悪徳業者の標的にされてしまった惨めな被害者のようである。
そして放り投げたその結晶を不本意ながらもキャッチしたガイアスは、そのまま淀みなくそれを魔力を込める。
「対象は、俺たち以外でいいんだよな?」
「まあね。 俺たちがその術中になれば、本体と合流した時に齟齬が発生して最悪魂が死滅する可能性もあるから」
「よし、全員だな」
「成程、お前俺のこと嫌いだな」
満面の笑顔で言外に殺意を言明しないで頂きたい。
そろそろもうちょっと協力的かつ有能な手ご――もとい、ガイアスの代わりとなる優秀な人材が欲しいばかりである。
「さて……じゃあ、頼むよ」
「――。 了解だ」
悪態を吐きつつ、ガイアスはその結晶へ魔力を――、
■
――そして、書き換えられる。
それまで正常であった記憶が絶大な効力を保有する魔術によりなすすべもなく改竄されていってしまう。
スズシロ・アキラ――ス■■ロ・ア■■――ス■■■・■■――そして――、『 』。
■
「――これで、完了? 見た目はそんなに変わってないんだけど」
「知らん。 狂人、もといお前の妹に聞け」
にべもなくガイアスは手元の結晶を俺へと投げ捨て、それを拾いつつ妙に引っかかる物言いに抗議を申し上げる。
「ねえ今狂人っていったよね。 人の大事な妹のことを狂ってるって、そう悪罵したよね」
「一つ疑問に思ったのだが、お前にとって妹とは?」
「都合のいいマリオネットッ!」
「成程。 人間のクズだな」
「流石です、アキラ様! 僕たちにはできないことを、平然とやってのける!」
「頼むからそれに痺れも憧れもするなよ」
疑問なのだが、彼らはどこでそのネタを仕入れてきたのだろうか。
「さて――」
「――――」
俺は目を細め、それまで倒れ伏していた周囲の人々を一瞥する。
術の影響によって昏倒していた彼らは、それに違和感なく体が馴染むと相次いで起き上がっていく。
微睡む視界の中、人々は次々と俺たちを眺め――、
「――ッッ!?」
そして、それを認識した直後凄まじい勢いで後退し、それでもなお親の仇とばかりに俺たちを睥睨していらっしゃる。
「クソッ……! まさか、一目見ただけで後ずさる程にガイアスの顔面偏差値は絶望的だったか……! 分かっていたこととはいえ、失念していた……!」
「くっ……アキラの汚泥としか思えないようなこの体臭に恐れをなして逃げてしまったのか! 確かに、臭いけど。 本当に臭いけど」
「「――――」」
不意に、閑静な静粛が。
そして――、
「アッハッハ、ついにガイアスは自分自身を卑下にするのかい? 確かに、同情してしまうほどに不細工だけどさあ!」
「アッハッハ、スズシロにしてはセンスの悪い冗談ではないか。 だが、自分自身を顧みることはいい傾向だぞ」
「「アッハッハッッ‼」」
「笑っていない……目が全然笑っていない」
何故こうもルイーズ君は当惑しているのだろうか。
そして俺は目を細めながら、口元に嘲笑とも見て取れる笑みを浮かべる。
「さて、ガイアスの気色の悪い筋違いはもとより――そろそろ、実行しようか。 先送りしていてもなんら利益は生じないしね」
「……何を、するつもりだ」
「何って、決まってるじゃないか」
「――――」
魔術の効き目は覿面。
ならば、もはや臆することはないだろう。
「――暴虐さ」




