令嬢と
「と」シリーズ、まだちょっと続きます
「――『清罪』」
「おいおい、バカの一つ覚えかあな?」
苛む激痛。
体が一瞬とはいえ硬直するが、されどたった一瞬であり、その程度のタイムロス誤差にすぎないだろう。
いや、これが超次元的な激闘であったのならば一瞬の停滞は致命傷となってしまうだろう。
だが、不本意なことに今回の死闘に関しては両者のレベルが低すぎるせいか、そのような激戦が繰り広げられることはない。
だから――、
「――爆薬でも喰らいなっ!」
「――ッ」
迫りくる『嵐針』を紙一重のタイミングで回避しつつ、そのままさりげない動作でライムちゃん製の火薬を放り投げる。
虚空で引火。
それと同時に爆風が螺旋階段を吹き抜けていった。
だが、どうもヴァン家令嬢殿は風流の障壁でも展開しつつ、更に爆風の大半を手中に収めてしまい、被害は最小限に収めてしまう。
(チッ……決定打に欠けるな)
ヴァン家令嬢が俺へと致命的な裂傷を刻むような可能性は浮かばないが、それは相手も同様である。
唯一の称賛は令嬢殿の魔力枯渇を期待するというモノ。
(が、これは少々時間を浪費してしまうな)
これから想定の埒外な自体が巻き起こる可能性もある。
一日程度で終幕する可能性は大いに高いのだが、それでも不必要に暗躍する期間を低減させる理由はない。
ならば――、
「――そろそろ、本気出しますか」
「――ッッ!」
ならば、それまで温存していた魔力の一切合切を脚力を強化するために併用していき、筋力が飛躍的に上昇する。
そして、岩盤が破砕する程の勢いで跳躍。
進行方向は無論直線状――と、でも思っているのだろうか。
「――『嵐針』ッッ‼」
「残念!」
迎撃にと馬鹿正直にも真っすぐ『嵐針』を射出するのを察知し、俺は寸前のところで進行方向を無理矢理改変。
慣性の法則の影響で筋肉が抉られたりもしたが、それすらも無視し、天井へと勢いよく向かっていった。
更に、その天井さえも足場にし――跳躍。
「――っ」
「お前はなあ、浅いんだよ」
推し量るに、何故この少女がこの程度の初歩的なフェイントに引っかかったのかいうと、それはひとえに彼女の致命的な経験の欠如に起因する。
この令嬢の技巧を見る限り、修練を怠わったことはない。
ならば、何が欠けていたのか。
単純な話、それは実戦経験だろう。
そもそもの話、ヴァン家令嬢なんていう立ち位置の彼女の責務といえばデスクワーク以外の何物でもない。
類稀なその技量は、あくまでも自衛手段の一環。
そしてエルとかいうやつの警護も相まって、それまでそれを披露するような機会は皆無であったのだろう。
故に、咄嗟の判断があまりにも稚拙。
「くっ……! ――『嵐針』ッ!」
「いい加減、学習しなさいな!」
飛び降りつつ、持参していったルシファルス印の有能なアーティファクトにより射出されたその鋭利な針を迎撃。
バックステップなり、色々と手段が存在した筈。
それを決行しないのはそれまで敗北を味わっていないからか。
失敗をしない人間は、やがて無能と成れ果てる。
それは想像の埒外の危機に対しての対応能力が無敗であるが故に著しく欠如しており、また勝利が前提で戦場に足を踏み入れているから。
行幸なことに、眼前の少女はそれほどにまで愚かではないのだが、それでも似たり寄ったりである。
そして――、
「――ああ、愚かですね、貴方」
「――ッッ」
失笑。
浮かんだ嘲笑は紛れもなく魂の奥底から浮き上がった品物であり、そ瞳はたった一度たりとも己の勝利を疑いだにしない。
(クソッ、罠かよ!)
ハッタリだという可能性は言うまでもないが、この嘲笑が本当にそうであるのならば、役人などではなく役者にでもとっくの昔になっているだろう。
ならば――、
「不思議に思いませんでしたの? この程度の実力で、私が栄えあるヴァン家の当主に選ばれていることが」
「――ッ」
澄み渡った声音と共にアレストイヤの周囲を莫大な魔力が吹き上がり、その精巧な術式は見事の一言である。
つまること、この女は瀕死の重傷を負う覚悟で、俺の勝利を目前にした瞬間生じる油断を頂戴するために、余力を隠していたのだ。
俺はその術中にまんまと引っかかったわけで。
この立ち位置だ。
回避なんぞ、到底不可能であろう。
そして――、
「では、おやすみなさい。 ――『嵐龍』」
そして、俺というふらり者を滅ぼそうと至高の存在である『龍』が嵐をその身に纏い、牙を剥いて行った。
体制的に、回避は到底不可能。
気配からしてどれだけ声を張り上げようともスピカ君が駆けつけてくるよりも先に俺が細切れになっているだろう。
クソッ、こうなるんだったらもう少し魔力を分け与えてもらうべきだったな。
まあ、そうなったら本体が『傲慢の英雄』に勝利できていなかったかもしれないがな。
絶対絶滅。
そんな四字熟語が似合いそうな、そんな末路である。
だからこそ――、
「――いい加減、馳せ参じろやい『神獣』ッッ‼」
「――うっせえな」
だからこそ、俺は最後の最後まで努力を放棄し他人に期待する。
俺は殴りかかるようにして俺を暴威の根源から救い出した相棒――ガイアスへ悪態を吐きつつ、何とか立ち上がる。
「ガイアス、エルとかいう輩は?」
「安心しろ、ちゃんと始末した」
「……殺してはないんだろうな?」
「大丈夫、半殺しにしただけだから」
「大丈夫かな……白カ●キよろしく、骨103本折ってそう」
「誰やん」
こ、こいつあの人を知らないのか……!?
と、愕然とする俺へ心底忌々しいとばかりに睥睨するヴァン家令嬢が荒々しく問いかける。
「エルは、殺していないんですね!?」
「大丈夫。 ガイアスを信じ……御免、保証できないや!」
「娘、ミキサーは知らないか」
それの用途が非常に気になるところである。
さて、閑話休題。
「んじゃあ嬢ちゃん、そろそろ投降したらどうだ? ガイアスの力量は誇張抜きに本体ですら凌ぐレベルだ。 お前らが勝てる相手じゃねえ」
「……なら、どうする?」
「こうする」
俺はスタスタとアレストイヤとかいう令嬢へ歩み寄り、おおむろにその額に触れる。
「よし、後はガイアスが適当に拘束でもしておいてくれ」
「……何をしたのですか?」
「後で分かる」
そう俺は淡々と言い残し、戦後処理へ駆り出されていった。




