包帯男と
アカン、更新時間ミスった……
「――ッ」
「ほう。 餓鬼か」
「――――」
そうしてアキラには一旦別れを告げ、その俊足を以て眼下を忌々しき怨敵の首を掻き切ろうと馳せ参じるスピカ。
その容姿は女の子とも形容できるレベルで端正であるのに、それを瞳の恐ろしい殺意が台無しにしてしまう。
「――では、不在の主に代わって僕がお相手致しましょう」
「餓鬼が、あまり粋がるなよ。 この世の真理は単純明快。 自分は栄光、自分以外の奴らは一切合切クズ。 人生これに尽きる」
「――。 ならば、主もそうだと?」
「自明の理だろ?」
「――――」
その無遠慮な発言が木霊した瞬間――スピカを起点として、腐ってもメシア家の当主として相当の腕前であるメシアでさえも悪寒を憶えてしまいそうな、針を刺すかのようなそんな殺意がどこまでも反響する。
嘆息、そして、殺気と共に吐露する。
「――主を、侮辱するか」
「――――」
「ならばそれ相応の報いを差し上げますよ、クソ野郎」
「愚民はお前だろ、死ね」
「――――」
にらみ合い、いがみ合い、そして誤差など一切なく互いに軽やかに跳躍し、縦横無尽に宙を舞っていった。
「ふんッ!」
「――――」
そして、裂帛の気合と共に凄まじい質量の鉄球が文字通り猛威を振るい、盛大に螺旋階段が抉られていく。
掠り傷でさえも致命傷へ昇華されてしまいそうな一撃だ。
回避重視、所々迎撃、反撃していく指針を立て、スピカは羽毛を思わせる動作で押し寄せる鉄球を避ける。
そのまましなやかな筋力を遺憾なく発揮し、されど音もなく一陣の影と化して猛烈な勢いで肉薄する。
いつのまにやらその両腕には鋭利な小太刀が握られている。
何を隠そうこの小太刀、アーティファクト関連の名家ルシファルス家が製造していった至宝ともいえる品物でもある。
故に、太刀打ちは容易。
「――――」
スピカは重苦しいその鉄球を小太刀を巧みに操るり、その衝撃をいなすことによって暴威から逃れる。
無論、獲物が鉄球の威力に耐え切れずに崩壊することはない。
こういう些細でこそあるが、それでも必要不可欠な魔術が付与された魔術は純粋にありがたく、故により集中することできる。
「――――」
鉄球によって描かれた軌跡によって構成されたある種の暴威的な結界の隙間を通りぬこうとするスピカを変幻自在に操作可能なモーニングスターが猛威を振るう。
何とか弾幕から抜け出そうとし――直後、何の前触れもなくそれまで眼前で暴れ狂っていた鉄球が視界から掻き消えいることを過敏に察知する。
そして、背後に空を切りさく快音が――、
「――ッッ!」
「ほう」
脊髄反射。
否、もはや本能とも言いとれるその感情に従い、虚空に足場を形成しつつ、大至急跳躍し、その暴虐からの離脱に成功する。
荒い息を整えながらバックステップしつつ、それでも包帯男からは一切視線をそらさないスピカへ、不意に掠れた声音が投げかけられた。
「――なあ、お前らはどうしてあんな奴に付き従うんだ?」
それは、至極当然の疑問であった。
不可侵領域である王城への襲撃という蛮行を、個人で決行すること関してはまだ百歩譲って納得できる。
だが、何故それに追随するのかが恐ろしい程に理解できないのだ。
それこそ、『誓約』により縛られている可能性が大いにあるであろう。
今後のためにも、それらを推し量らなくてはな。
きっと、その問いかけを投げかけたのは包帯男なりの王国、というかアレストイヤへの些細なお節介だろう。
だが、それへの返答は想像の埒外のモノであった。
「――理由なんて、必要ですか?」
「は?」
絶句。
これほどにまで驚嘆し、息を呑んだのは幾年ぶりであろうか。
今、眼下の少年は何と申した?
理由もなしにその威信が知れ渡っているはずの王城へ野蛮にも足を踏み入れるなんて、正気の沙汰とは到底思えない。
狂っている。
そうとしか思ないが、しかしながらこれまでのスピカの態度から、狂人なんていうイメージは全くといっていい程に沸き上がらない。
つまる――この少年は、正常な思考で、正気でこの王城へ侵入したのか。
有り得ない。
有り得なさ過ぎて、もはや失笑さえも浮かんでしまう。
「――嘘は、不得手か?」
「……不本意ですね。 そうも信じられないのですか?」
「当然。 貴様ら愚民が救いようもない程に愚かであることは周知の事実であるが、貴様の主張はそれすらも超越している」
「貴方たちから見たら、やっぱり異常ですかね」
「ああ、この上なくな」
「――――」
突き放すような、そんな辛辣な物言いに――思わず、自嘲にもにた笑みがついつい浮かんでいってしまう。
描かれた弧に勘づいた包帯男は、包帯ごしにでも怪訝そうな眼差しをしているのが分かる程に疑問を浮かべている。
「何が可笑しい?」
「自分が、世界が、この上なく」
「――――」
即答された内容を噛み砕こうとするが、如何なる解釈をしようとも包帯男の凡庸な思考回路ではその結論を裏付けることができない。
ブラフ、ハッタリの類か。
否――、
「――アキラ様に付き従う。 それこそが、僕の宿命です」
「――ッ」
――その、幾度となくその類の闇を垣間見てきた包帯男ですら無意識のうちに後ずさってしまうような、その瞳の奥に宿る狂気が前述の可能性を否定する。
この少年は、本気で、真摯に、魂の奥底からそんな荒唐無稽な由縁であの青年に寄り添っているのだ。
そう理解され、ようやく包帯男は自らが履き違えたモノを察知する。
狂っていないワケが、無かった。
もう既にそれに違和感を抱かせない程に眼下に立つこの少年は、取り返しの使い合レベルで狂愛に溺れてしまっているのだ。
否、もはや既に彼は狂人として完成しきってしまっている。
包帯が今この瞬間まで狂人だと把握できなかったのがその証拠だ。
そして――不意に、狂人は跳躍。
「――ッッ!」
苛まれる恐怖に呼応し、鉄球が唸りをあげるが――、
「なっ……!? 消えた!?」
包帯男がその輪郭を捉えるよりも先に目視さえも不可能な程の速力で地を蹴り上げ、死角へと潜む。
ならば、全方位へ鉄球を振るい矛と盾の役割を同時に果たせばいいだけのこと――、
――不意に、視界が暗転する。
「――遅いですよ」
「あっ……」
だが、即座に練り上げたその対抗策を実行する寸前、その脊椎が鋭利な切っ先によって抉られることとなる。
神経が異物の侵入に悲鳴をけたましく鳴り響き、その激痛から逃れるがために意識が暗転して――、
「――おやすみ」
最後に満面の笑顔で自分の顔面を蹴り上げるスピカの姿だけが捉えることができた。
死体の尊厳さえも踏み躙る鬼




