スピカと
スピカ君とアキラ君の出会いは、本当は長々と書きたかったのですがそろそろプロットが100万文字を超えそうなのでとりあえず割愛しました。
もしかしたら急遽文字数増大に伴って誕生したCパートで回想シーンがあるのかも。
――繊細な気管が、無思慮な悪意によって絡めとられていく。
「かっ、は」
「愚民、囀るな」
「――ッ」
包帯男が握ったモーニングスターを引くと、それに呼応してより深く、首筋を冷たい金属が刻まれる。
不意に、酸素不足が故に視界が霞みはじめ、五感も狂っていく感触が。
(クソッ……もってあと数分か)
だが、それも希望的観測込みでの結論。
最悪を考慮してしまえば、それこそ今すぐ酸素欠如により取り換えしないくらいに脳が傷つき、そのまま失神する可能性だってある。
そして俺は、ちらりと包帯男――否、『四血族』の一角であるレアスト・メシアを一瞥していった。
「くっ……メシア家当主がっ」
「おや? 私の名はご存じか。 蒙昧なる愚民にしては重畳だな」
「――ッ」
現状、不本意極まりないことに主導権はレアストに握られている。
ここで不用意に異を唱えるのは愚策以外の何物でもないと判断し、俺は両手を掲げ投降の意を表明した。
「ほう、膝を屈するというのか?」
「死ぬよりかはマシだろ?」
「ならばお前は、今この場で『誓約』を結ぶことはできるか?」
「無論、だ。 背に腹は代えられない」
「――――」
なにせ、リスクが皆無だからな。
そもそもの話、俺という分身体を手中におさめたとしても俺よりも優先度が低い本体がは微塵たりとも影響を受けない。
更に、俺には『天衣無縫』がある。
これならば、『誓約』を反故した際に生じる裁きも『誓約』ごと破棄してしまえるので、その選択肢にのってもいい。
だが、個人的には憂慮すべき事項が増加するのはどちらかというと遠慮したい。
だから――、
「ああ、それと一つ言い忘れたことがある」
「――? 何だ、愚民」
「愚民、ね」
言い得て妙だな。
確かに、俺程下らなくも愚かな理屈でこうも大規模な変革なんて、普通だったら明らかに発想だにしなような。
そういう意味合いでは、俺程の愚者は存在するまい。
だが、それでも俺の本望が成し遂げられるのならば、周囲の有象無象なんぞの評価、耳を傾けるに値しないだろう。
俺は俺の意思で動く。
やはり、そういう観点からだと術者を雁字搦めにする『誓約』という魔術は俺と大いに相性が悪いな。
「そんな愚民から、一つ通達が」
「ほう、自らを愚者と、そう割り切ることで自責から逃れる所存か?」
「うっせぇよ。 ――俺以外にも愚民とやらが存在しないって、一体いつどこの誰が宣言したんだよ」
「――ッ」
それを敵対意志の明言と、そう認識したレアストは思いっきりその手腕を振るい、俺の首筋の拘束を最高潮にする。
これは、俺とて卒倒は免れない束縛だな。
だが――生憎、俺だってこの程度の失策で絶望する程可愛らしい奴じゃないんだよ。
「――スピカ君」
「――委細承知」
跳躍、それと共に音速さえも遥かに上回る勢いで加速しきていき、黒ローブ姿の『獅子の目』の一因は俺たち――厳密には、俺とレアストを接続していっている忌々しきそのモーニングスターへと肉薄していった。
そして踏み込み、一閃。
「残念――俺は、一人じゃねえからな」
「くっ……!」
そうして振るわれた鋭利な刀身はそれこそバターでも切り分けるように呆気なく強固な鎖を割断する。
ようやく自由の身となった俺はしたり顔で笑みを浮かべ――、
「さてはて――まずは、お前だ、包帯野郎。 その意地汚い性根ごと引き剥がしてやんよ」
「――来い」
そして、仕切り直し第二幕がスタートしていった。
――そして、縦横無尽に神聖なる王城をモーニングスターが打ち壊していく。
「おいおい、王への敬意は皆無かよ!?」
普通王へ首を垂れるていたのならば、もうちょっと神聖なる王城が瓦礫だらけにならないよう工夫を凝らすでしょうが。
まあ、あの傲岸不遜な性格だ。
本当に忠誠心皆無なんていう悲しい可能性も垣間見えるところがこの態度の悪い包帯男の恐ろしいところである。
「下らない些事で不必要な出費を出す程に愚昧だとでも?」
「うん!」
「よし、お前はメシア家に代々受け継がれた拷問に処するぞ。 生きていることを心底後悔させてやる」
「おいおい、落ち着きなよ包帯男。 情緒不安定は嫌われるよ? あっ、そういうば全身包帯なんだから、女っていう概念とは無縁なのかー。 ごめんね! 無遠慮で!」
「コロス」
何故か青筋を浮かべる包帯男。
どうやら彼は少々頭の沸点が低いようである。
包帯男はどこからか取り出した新品のモーニングスターを螺旋階段という限られた区域で存分に振るう。
その勢いは先刻のヴァン家令嬢が繰り出した『嵐針』などとは一線を画しており、それこそ視認することさえも困難だ。
ならば、他力本願で乗り切るしかないな。
「――スピカ君!」
「承知ッ!」
それこそ千里の里にまで響き渡ってしまいそうな鉄球が振るわれ、俺の頭蓋が果実のように砕け散る――寸前、華奢なローブ姿の少年にとって間一髪退避する。
「ハッ。 あれだけ挑発してきただというのに、お前自身はその様か! 惨め! 哀れ! 滑稽なり!」
「うるせぇ……もうちょっとイケボになってから出直せや」
「好きなだけ囀るといい、愚者よ」
「ハッ」
本当に、救いがたい程に腐敗した性根だな。
そう心中で悪態を吐きつつ、俺はささやかな仕草で紙一重で俺を救い出したスピカ君へ礼を告げる。
「ありがとな、スピカ君」
「いえ、アキラ様が無事ならば何よりです」
「お、おう……」
余談なのだが、スピカ君に関しては実を言うとライムちゃんの洗脳や俺の『天衣無縫』は一切使用していない。
ただただ純粋に敬愛故に俺に付き従っているとのこと。
巻き込まれる形で解決、というか崩壊させたその事件が引き金となってしまったのは理解できるのだが、こうも慕われるのは少々、いや多大に想定外である。
しかも、スピカ君は亜人だからかその身体能力も人並外れている。
術式改変の領域には依然として届いていないが、おそろしいことに魔術に関してはすでに会得済みだと。
しかもこの子の場合ただただひたすら身体強化に特化したタイプで、その力量は本体ですら苦戦するレベル。
(ほんと、俺にはもったいないな……)
そう思いつつ悲願を成し遂げるためには必要不可欠なので、捨てることができないのだ手厳しい問題である。
閑話休題。
「スピカ君、包帯男は任せても」
「もちろんです。 あの程度の輩に苦戦していれば、アキラ様の忠臣を名乗ることさえも憚れます」
「お、おう……」
「――? どうしました?」
「いや、なんでもない……」
何というか、今までこうも直接的な好意を示されることは気薄なので、対応が手慣れないし、普通に照れる。
まあ、それはそうと。
「んじゃ、俺は部下より下の得物を狙うのは心苦しいが、ヴァン家の令嬢を再起不能にする。 あと、申し訳ないけど有事の際は、フォローよろしくね」
「無論」




