『賢者』
結局、何一つとして理解することができなかった。
この性は本来なら正しい。
そう思っていたんだがな……
やっぱり、俺も変わっている、か。
本来なら、姫さんは甘い妄言で手駒にでもする算段だった。
だが、それは結局失敗してしまった。
他でもない自分のせいで。
喜ぶべきなのか、それとも嘆くべきなのか。
複雑に成らざるを得ない、な。
「正直、姫さんの心中は全く理解できません。 ですが、今はそれを不問にしましょう。 大事なのはそこではない」
「――――」
「改めて、貴方の依頼を謹んでお断りします」
「――理由を、聞いてもいいかな」
理由?
そんなことも分からない男ではないと思うが。
「そもそも、取引というのは互いの利害関係が一致した時にのみ発生するいわば奇跡のようなモノなんですよ。 貴方たちの利益は確かに分かります。 ――ですが、自分は? それに応じることにより、何のリミットを得られるのですか?」
「――――」
俺は、正義のヒーロ―なんかじゃない。
無条件に己の感情ばかりを理由にして、誰かを守るようなヒーローなんかじゃないのだ。
そして、今の取引には何の利益も感じなかった。
これが沙織ならば話は違ったかもしれないが、現実は違う。
関わったのもほんの数時間程度の姫さんの護衛を無条件で承るヤツなんてどっからどう見てもスパイとかそういう類だろ。
「――一つ、君は勘違いをしている」
「――――」
「いつ、私が君に利益を保証しないと言った?」
「――話を、聞きましょうか」
誘導成功ってことか。
俺は内心でガッツポーズをしながらもポーカーフェイスを崩さない。
「――『賢者』。 この名に、聞き覚えはあるかい?」
「――――ッ!」
その単語を耳にした瞬間、俺は思わず瞠目しそうになり――寸前で何とか真顔を取り戻す。
――『賢者』
人族が今この瞬間も生き永らえている大きな原因の一つである。
『賢者』はその名の通り、凄まじい知識量を誇り、この世のありとあらゆる事項は網羅しているとのこと。
かつてはその知恵を使い、『英雄』を打ち果たした第一人者。
俺もガバルドと交わしたクエストをクリアするべく『英雄』の死を間近で見たはずの『賢者』を訪問しようとしたのだが、思い直し却下した。
『賢者』の存在は王国の要だ。
当然、そう安々とそのご尊顔を拝見できる訳がない。
ガバルドからのお墨付きがあるとはいえ、俺は出身地すらも定かではない見るからに不審者なのだ。
そんな奴が国の中枢である『賢者』と面会できると信じて疑わないやつには喜んで優秀な精神科を紹介してあげよう。
しかし、そんな『賢者』が話に出てくるということは……
「――『賢者』との茶会。 それこそが私が君へ差し出す最大の利益だよ」
「成程、ね」
俺のような余所者はともかく、ルシファルス家のように百年単位で国を支え続けた名家ならこの程度の特権、造作もないだろう。
だが――、
「どうして、俺がそれを欲していると?」
「……勘だよ」
「それで納得するのは、俺が知っている限りじゃぁ一人だけですね」
ちなみに、その一人は何を隠そう安吾くんだ。
あいつならほぼ確実にこれで誤魔化されるだろう。
「……残念ながら、私はその質問を答えられない。 不満かい?」
「当然。 ですが――報酬が報酬です。 受けましょう、そのクエスト」
『賢者』との茶会は俺が欲して堪らないイベントだ。
なんでも、『賢者』は数千年もの間長きにわたって人族を支え続けていたらしい。
そんなジジイなら、色々と裏情報も網羅しているだろう。
「うん、君のように感情任せではなく、利益だけで行動する子はある程度信用できるよ。 かつて、君のような人と出会ったことがある」
「……何度も言いますけど、どうして謎に高評価なんですか? 僕は貴方が思い描くようなヒーローじゃありませんよ」
「だが、報酬さえ支払えば死んでも娘を守る。 ――君は、そういう人間だよ」
「――――」
その瞳に虚言の気配は一切無く、だからこそ不気味だった。
(なんだこの人……気持ちわりぃな)
いきなり理解者面されて寒気しかしない。
だが、それでもおっさんの価値観の致命的なズレに目を瞑ればこの取引は悪くはないだろう。
結局、おっさんの思惑通り、か。
ここまで来ると少し癪だと思えるくらいな。
「……『賢者』との茶会は、何時でしょうか」
「丁度十日後だよ。 あの人も最近誰も来なくて退屈してたから喜んでいたよ」
「――――」
このおっさん、俺がこの取引に乗ることを大前提としてやりやがった。
ひぇ、本当に食えないジジイだ。
どうせならもうちょっと愚かでも良かったと思うんだがなー。
「――なら、約束しましょう。 貴方が俺へそれ相応の利益を与え続ける限り、俺は姫さんに地獄のどん底にまで着いていきましょう」
「……そこまでは言っていないんだけどね」
やだぁ、めちゃクソ恥ずかしいんですけど。
穴があったら入りたい気分である。
「――君の覚悟、確かに見届けたよ。 なら、私も君が娘を守り続けるならば相応の利益を保証すると、誓おう」
「――――」
「娘を、頼んだよ」
「――はい」
……なんだか、妙に違和感を感じるのだが。
何か大前提が致命的にまでに狂っている。
違和感にも近い感覚に襲われたが、結局それが見つかることはなかった。
少なくとも、今この瞬間は。
「――私は、君に似ている人を知っている」
「――――」
「――私だよ」
こうして、約定紡がれたのであった。
微妙に一章の章タイトル変えました。




