嘲笑と
……何故、私は毎回木曜日の更新をお休みしているのか。
いつのにやら、これが定着しちゃいましたね。
「――『龍穿・蜘蛛糸』」
――そして、騎士は踊り狂う。
圧迫。
加圧とほぼ誤差なしのタイミングで限度まで圧出された水滴がまるで蜘蛛の巣のように周囲へ飛散していく。
見た目は水遊び程度にしか思えないが、その殺傷能力は凄まじく、人間程度容易く細切れにしてしまえるだろう。
しかも、この広範囲だ。
通ならば回避も不可能、更に迫りくるのは必中必殺へと昇華された弾丸だ。
まさに、絶対絶滅。
だが――この程度の苦境、踏み越えなくてはどの顔で騎士と名乗れようか。
「――『反転』」
「――ッッ」
――刹那、虚空に外界の刺激の一切合切を遮断、そして反射される絶対的な障壁が展開されていく。
それまでエルへと向かっていた弾丸は、瞬く間に術死本人であるガイアスへ牙を剥き、その四肢を穿とうと猛威を振るう。
だが、無論天下の『神獣』がこの程度で膝を屈するわけがない。
「――『透海』」
「――ッ」
詠唱。
それに呼応して、それまで固体オンリーで構成されていたガイアスの細胞の一切合切が液体へと変貌を遂げる。
海を幾ら引き裂こうが不毛でしかなしのと同じ。
そうして無傷でその逆境を乗り切ったガイアスは鋭い眼差しでガイアスを見据える。
「……強いな、お前」
「生憎、まだまだ余力は残しているぞ」
「信じない、信じない。 仮にそれが事実だとして、何になる?」
「――――」
君が悪い雰囲気に目を細める。
(『大時化』は……この舞台だ。 考慮するだけ不毛だな)
『大時化』は周囲へ掌握した大波を意のままに操作し、物量で相手を押し切るという、そういう品物だ。
だが、この場は螺旋階段という限られた場所。
仮に『大時化』を使えば、まず間違いなく死人が発生するだろう。
――死人は、俺がいいよって言うまで我慢して。
「――言われるまでもない」
「――――」
無論、アキラの指示がなくともガイアスには人間を保護し、殺傷を禁ずるという『神』からの厳命がある。
もとより死者は出さない所存だ。
だが、あくまでも『神』の指示は無益な殺傷の厳禁。
ならば――殺さなくとも、再起不能にすればいいだけの話だ。
「――『流刃』」
「剣、か」
そして、ガイアスは一旦バックステップしつつ手元を起点として虚空に大量の液体を生成していく。
その過程で無駄なモノはそぎ落とし、必要不可欠な刀身の部分を入念に整え――そして、そこらの至宝の一振りさえも遥かに上回る業物が数秒程度で形成された。
「騎士の真似事か?」
「概ねその通りだが――舐めるのならば、痛い目にあうぞ」
「――――」
そして――跳躍。
――剣ってにはな、如何に剣と向き合うかが大切なんだよ。
ぼんやりと、かつての旧友の助言が脳裏に浮かぶ。
懐古。
そんならしくもない感情に自嘲しつつ、ガイアスは獣のような低い姿勢を『流刃』を構え――一閃。
「――――」
「――ッッ」
即座に迎撃を兼ねて『反転』を展開するが、驚くべきことにガイアスはそれを敏感に察知し、すぐさま軌道を変更。
だが、その程度のイレギュラーならば言うに及ばないだろう。
エルは魔術だけで上り詰めた成金のような騎士ではない。
そもそもの騎士としての技量はそれこそレイドにさえ凌ぐと言われており、実際彼と模擬決闘をした時もこのような手管を用いた。
だからこそ――、
「――対策は、している!」
「――――」
ガイアスの狙いは、最も回避が困難な足首。
エルは軽やかに跳躍、そのまま低い姿勢で『流刃』を振るおうとするガイアスへ、回転しながらその鋭利な刀身を振るう。
この体制だ。
回避は、到底不可能。
ガイアスにはその身体を液体化される御業があるようだが、エルの得物とてそこらの有象無象ではない。
エルが常時携帯するこの刀身は魔剣とも呼称されるような品物であり、故にどれだけその体を液体と化そうが不毛である。
だが、明らかに勝利は目前にある戦局であるのにも関わらず、どうもエルは悪寒が止まらなかった。
事実、その直感は間違っていない。
――何故なら、至上の存在である『神獣』が矮小なる人間の小細工などを意に介するわけがないのだから。
「――ッッ!?」
「――――」
一閃。
しかしながらその感触はまるで空を掻いたような、全く手ごたえを感じさせないような品物であり。
怪訝に思い――直後、エルを人影が覆った。
「――ッ」
すぐさま己の失策を悟り、何と奇策に対応しようと足掻くが――それよりなお、宙を舞ったガイアスがその刃を振るう方が先だ。
「あがっ」
「覚えておくんだな。 分身だって、できるんだよ」
ガイアスの魔術の根本は高度な水流魔術。
つまること、屈折角さえ整えれば容易に分身体を生成し、更にそれに己自身の輪郭を映し出すことも容易なのだ。
分身体はエルの斬撃に堪え切れずにその形を崩壊されるが、今更そのような些事、眼中にすらない。
空を踏み、一閃。
それと共に、盛大に血飛沫が舞い上がった。
「……死、か」
「まだ、殺すとは言っていないぞ」
「信じない、信じない。 その発言の信憑性が限りなく低いぞ」
「言い得て妙だな。 なら、逆に問うがお前が死を欲するのか」
「さあ、どうだろうな」
「――――」
否定も、肯定もしない。
ガイアスはその様に目を細めつつ、即座に虚空に水塊を生成し、そしてそれを素材として触手を作り出し、エルを絡めとる。
「確かに、お前の今後については定かではないが、今は殺害される可能性は限りなくない。 精々、巻き添えを喰らわないようにするんだな」
「……殺さないんだな」
「殺すだけが一切合切なワケないだろって、もしあいつがこの場にいたら声張り上げているだろうな」
「――――」
「それじゃあ、俺は行く」
そしてガイアスは、世迷言を置き土産に踵を返していった。
「――あの人が見たら、さぞかし喜ぶだろうなあ」
そう、醜悪な嘲笑を浮かべる騎士の姿に気が付かぬままに。




