伝統と
ちょっと短め
そもそも、だ。
推し量るに、王国陣営は俺たちの目的は彼らとの交渉と、そう勘違いしてしまったのだろう。
が――それは大間違い。
そもそもの話、俺みたいなロクでもなしは余程のことがないかぎりそんな穏便な手段をとることは有り得ない。
「――今回は、強引にいかせてもらうぞ」
「――――」
痛みは、ある。
それこそ神経が狂い果てるかのような、堪え難い苦痛が耐え間もなく蝕ばみ、通常ならば微動だにできないだろう。
だが、その程度の障害、停滞に値しない。
『獅子の目』もその法則に該当するらしく、特に気負うった様子を垣間見せることもなく、淡々と獲物を構える。
準備は、万端。
ならば、退く理由なんぞ皆無でしかない。
「ガイアス、痛覚は?」
「依然として無痛だな。 やっぱり俺が薄汚いお前らよりも圧倒的に清いからか?」
「アハハハハハ、ガイアスったら冗談が下手~」
「最近、ちょっと眩暈が酷くてな。 ついつい標準が狂ってしまう可能性もあるが、気負うことなく無防備な背中を晒して欲しい」
「相棒の定義とは」
おそらく俺とガイアスは相棒なんていうありふれたモノではなく、もっと形容し難いおぞましい類だろう。
閑話休題。
「『目』の皆、君たちは周囲の雑魚兵をよろしく。 とりあえず俺とガイアスはヴァン家の令嬢を狙うから」
「委細承知」
「……俺がいつそれに了承したのやら」
「その発言で半ば首肯しているようなモノだと思うんだけどな」
相手も阿呆ではない。
故にそれなりの兵士を引き連れているだろうし、現に上階には無数の気配が蠢くのがありありと理解できる。
だが、発せらる魔力総量から取るに足らないと判断した。
なにより優先すべきは、行動不能とまではいかないものの、繊細な動きを苛むこの激痛を晴らすことだ。
「ってなわけで――悪ぃが、ちょっ眠ってくれ」
「――。 乱暴ですわね」
そもそもの話、無粋にも神聖なる王城へ土足で足を踏み入れるような輩が礼儀正しいわけがないだろう。
俺はあくまで分体でこそあるが、ある程度の自衛手段は持ち合わせているので、華奢な少女一人を無効化するのは容易いだろう。
無論、それは何ら妨害が生じなかった場合の想定、否、もはや妄想の類でしかない話なのだが。
「――『反転』」
「――ッッ」
そして、俺たちは慣性に従い、唐突に立ちはだかる障壁に盛大に快音と共に激突していったのだった。
「――ッッ‼」
「信じない、信じない。 ――誰が、お一人と申した?」
「――――」
追撃。
鋭い踏み込みと共に虚空に描かれた鮮やかな軌跡は、鉄筋であろうとなんら障害となることはないだろう。
本体ならばまだしも、弱体化が芳しい現状ならば掠す程度の負傷でさえも致死の裂傷にまで発展しかねない。
だからこその、布石だ。
「――『龍穿』」
「――ッ」
そして、次の瞬間かすれるかのような声音と共に光さえも凌駕する勢いで弾丸が正確無比に放たれる。
その際に用いられた弾丸の素材は純然たる水滴でこそあるが、たかが水、されど水。
極限にまで圧迫された水滴は弾丸と化し、鈍痛に一瞬動きが鈍る俺へと振るわれたその刀身を打ち砕く。
「……厄介な術だな。 しかも、既知の品物とは一線を画すモノ……もしや、魔術の域へ到達しているのか?」
「イエスと答えれば、どうする?」
「――それを告げる意義は、どこにもない」
「――――」
跳躍。
それと共に痛烈な魔力操作技能により最小限の魔力で、最大限の身体強化を成し遂げたエルは、その脚力を遺憾なく発揮し、床が陥没する程の勢いで踏み込んでいった。
その標的は俺ではなく無論ガイアス。
どうやら先刻の一連の動作により、俺よりもガイアスの方が真っ先に打倒すべきだと、そう結論づけられたらしい。
嬉しいような、殴りたくなるような……。
さて、そんな雑感は置いておくとして。
「――集まってきたな」
「――――」
そして、ヴァン家令嬢が合図したのか、それとも一部始終を『目』のアーティファクトでもつかって視認していたのかは知らぬが、雪崩のように階段を駆け下りる強かな靴音が盛大に耳朶を嬲て行く。
「主、どうなさいます?」
「うーん……つらいのは分かるんだけど、殺しちゃダメ。 それじゃあインパクトが微弱になっちゃう」
「そうですか」
「ああ、一応言っておくけど、預けておいたポーション類はご自由に」
「ありがたき幸せ」
「……そこまで畏まらなくてもなあ」
本体がやたらと弄られるのに慣れていってしまったので、このように敬われるのは少々羞恥心を誘う。
と、そんな頬を掻く俺へ鈴を転がしたかのような澄み渡った声音が投げかけれらる。
「――今投降するのならば悪いようにはしませんよ」
「そうやって奴隷とかにするんでしょ? いやー、やっぱ魔人族よりもなまじき無力な人族の方が気色悪いわー」
「……寝返ったのですか?」
「別に俺はそもそもこの国所属じゃねえし。 ――まあ、謀反っていうのも言い得て妙だが、どちらかというの俺はこの国のために動いているよ」
「ならば、何故王国の剣にならないのです」
「はあ……これだから人間は」
「――――」
この女、まだ諦めていなかったのか。
まあ確かに、極力私兵を殺害しないようにすることで、無意味にも御幣を招く俺だって悪いんだけどさ。
そう思案しつつ、俺はヴァン家令嬢のハッキリと見えるようにと、中指を立てながら啖呵を切っていく。
「履き違えるなよ、ド阿呆が。 あくまでも結果的に王国の皆さんがハッピーになるだけで、最初からそういう結論を目指しているわけじゃないの。 ぶっちゃけ、平和とかそれの副産物でしかないし」
「ほう……人族の大義を背負って英雄扱いされるその栄誉さえもはねのける程の」
「お前さあ……ホント、思考回路が古くさいよな。 お前みたいなやつ、絶対後で某軍人のようにA級戦犯になって死刑されちまうぞ」
「――――」
幾度となく彼女と会話を交わすことにより、この女の思考回路は歩いて五度推し量ることができた。
だからこそ、その在り方に多少なりとも不憫に思えるな。
まあ、だからと言って容赦するわけはないんだけど。
「お前は、いつまでも常識に固執しすぎなんだよ。 いい加減、未来のことを考えてから出直し的な」
「――。 戯言を」
王城にて、螺旋階段を舞台に、数々の死闘が繰り広げられていったのだった。
テロリストとの交渉は禁句なのは世界共通認識です。
うん、お互いにね




