『獅子の目』
アキラ君の周囲を群がる輩って沙織さん以外全員なにかしらイカれているよねって話です。
「……どういう魂胆だ、スズシロ」
まるで騒ぎ疲れた赤子のようにスヤスヤと『示念』を多用した反動も相まって寝静まるルイーズを背負う俺へガイアスはそう問いかける。
「? どういう意味で?」
「どういう、じゃない。 流石に意外を通り越して不自然、不自然と通り越して虚言にしか思えなかったぞ」
「辛辣だね」
「自業自得だろうが」
それに関しては言い訳のしようがないな。
「意外だった?」
「ハッ。 相棒をミキサーの中にいれてしまおうという発想が浮かぶ奴の御言葉じゃないってことは確かだな」
「それな~」
「お前自身も賛同するのかよ、もっと反論しろよ」
適当に相槌を打つ俺は咎めるガイアス。
やだあ……こいつ、まさかこの期に及んでかまてちゃん――殺気!
「チッ」
「……今明らかに弾丸の照準は男の子の急所へ定められていた気がするのですが」
俺は安然の快眠を貪る我が息子を無慈悲にも撃ち抜こうとした暴漢魔へ断固として抗議するが、続く返答により青筋が浮き上がることとなる。
「頭が疲れて――おかしいのだろう」
「言い直す必要性あった!? ねえあったの!?」
「うぜぇ」
「ちょ、なんでお前が困っている風な雰囲気出すの!? この場合無意味に罵倒された俺が大迷惑なんですけど!」
「少しは黙れ。 俺はまだお前のような思考回路になりたくないんだ」
「けっ」
何故か最近、本体からおくられてくる情報も相まって弄られキャラと化した気がするのはきっと気のせいなのだろう。
閑話休題。
俺は深々と嘆息しながら滔々と語る。
「――ちょっとさ、似てるって思ったんだ」
「――――」
「この世の全てを絶望し、それでもたった一つの大切なモノに恋焦がれ、縋りつくその姿に、ちょっと共感を覚えたが故の偽善だ。 気にするな」
「す、スズシロ、お前にも人として当然の心があったんだな……!」
「何を当然のことをっ」
「コノキモチ……コレガ、ココロ……?」
「天呑ネタ止めてね! 顔面をケツの穴みたいな惨状にしてやろうか!? ア”ァ!?」
「照れてる~」
「◆%*/&」
「吐くか、普通」
お前っ……その醜悪な顔面でその態度はないだろ。
まあ流石に今回は我ながららしくもない態度をとってしまったので、ある意味最もたる俺の理解者であるガイアスが多少なりとも驚愕してもおかしくはないだろう。
今回ばかりは、黙認してやるか。
「……それで、今後の予定は?」
「――? まだ話してなかったっけ」
「今こうして俺が直接問いかけているんだ。 察しろ」
「へいへい。 ――ようやく、準備が整った」
「――――」
しみじみと、まるで五つ星シュフが作り出した最高傑作を堪能するかのように嘆息し、俺は口を開いた。
「数週間前に巻いておいた『種』。 そろそろ、これが国の情報制御じゃあどうしようもないくらい拡大し、そして根強く土壌の養分を吸い尽くし、天空へと育っていっている筈だ」
今回、本体が実行しているように魔人国の民の思考を『天衣無縫』によって洗脳するのは到底不可能。
というか普通に魔力も時間も足りない。
ならばと別の方策を模索し、ようやく俺は一滴も鮮血を流さない、最も穏便な、それこそ名誉革命さながらの作戦を編み出した。
つまること――、
「――扇動だあ!」
「お前、こういう時くらいはもうちょっとシリアスに言えよ」
痛み入ります。
と、いうワケで。
路地裏で俺はどこまでも木霊するように声を張り上げ、勅命を響かせる。
「はーい、皆集合――!」
「おいおい、ついにイカれたのか? こんな人影のない路地裏なんかに、人が突然集まるわけが――」
刹那、音もなく数人の影が着地、流れるようにして俺へと跪く。
「ね?」
「成程。 お前ら全員頭イカれてんな」
酷い言いぐさである。
俺はちらりと明確に屈服する黒ローブ姿の私兵を一瞥しながら、適当に威厳を醸し出して一言告げる。
「――頭、上げていいよ」
「――――」
「うわあ……」
黒ローブたちは俺の声音に呼応して一糸乱れぬ動作で顔を上げ、そしてどこぞの軍人のように敬礼する。
ちなみに、彼彼女らの表情は能面のように平淡そのもの。
そんな彼らが一斉に敬礼姿は――成程、慣れない奴だと中々に気色が悪いな。
もちろん、俺はこんな指示を出していない。
つまること、誇張抜きに、こいつらが自主的に惚れ惚れするような敬礼を決行したワケなのである。
「……こいつらが、前聞いた『獅子の目』、か。 ネーミングセンス最悪だな。 こんな熟練した奴ら、どこで拾った?」
「『ライオン組』よりかはマシだと思うよ。 後ルーツはナイショ。 発狂するのも辞さない覚悟だったら適当に記憶を閲覧すれば?」
「……性悪め」
「それは良い誉め言葉だよ」
「ケッ」
参謀とも形容できる俺にとってガイアスの悪罵は、紛れもない称賛の声だともいえるだろう。
ちなみに、実のところ、ガイアスからして一目で只者ではないと見抜かれてしまった彼ら――『獅子の目』はかつての『亡霊鬼』の残党により構成した者だ。
かつて俺の本体は『亡霊鬼』の面々の存在を一切合切消し去ってしまい、行き場を失った彼らを篭絡するのは割と容易であった。
もちろん、俺が言う篭絡とは悪意しかない手段で、基本的にライムちゃん製造のルーツとほとんど同一であった。
唯一の差異といえば、ライムちゃんとサポートがあったくらいである。
ライムちゃん=ドラ●もん。
これは世界認識であった。
「――で? お前はこれで何をしようと?」
「うーん……クーデター」
「端的すぎる。 もっと噛み砕いて説明しろ」
「もう……お前のような阿呆な相棒をもって実に甚だしいあれ視界が」
「ふんっ」
何故か暗転する視界。
どうも後から生じる激痛からして、目つぶしでも喰らったようである。
「アース君、治癒魔術頼んでも?」
「委細承知」
「……もはや痛がる仕草さえも皆無だな」
慣れは人を変える(真理)。
「……クーデターって?」
「安心しろ、俺だって国家をおさえれば世論が変革するなんて、そんな希望的観測を抱くことはない」
「そりゃあそうだな。 で? その真意は?」
「単純な話、扇動のキッカケ。 これで人々に不信感を抱かせる契機となるだろうな」
「だから、肝心の概要をだな……」
……ふむ、目的ばかりを吐露していたら、本題に移ることができなかったようだ。
俺は薄い笑みを浮かべながら、噛み締めるようにして吐息しながら――、
「――まずは、クーデターの第一歩だ」
そう、告げたのであった。




