――不理解
もうだいたいの話に伏線設置してるから「ここ伏線ですよー」ってわざわざドヤ顔できないこの理不尽。
やたらストーリが壮大で過去最大の設定量ですからそりゃあ伏線も必然的に大きくなりますよね。
全てはこれを作った私が悪い。 分かっているじゃないか。
「――スズシロ・アキラ。 君にルシファルス家の護衛を任せる」
「ちょっと何言ってるのか分かりません」
回想終わり。
うん、いい加減現実逃避ばかりしていないで、ちゃんと現実に向き合わないとな。
――あの執事の爆弾宣言の後、俺は新幹線の如き速度でルシファルス家へと向かった。
まぁ、警備上ここはあくまで別居だけどな。
ガバルドが物知りでよかったと心底思っている。
しかし、当然疑問もあるわな。
(……どうして俺なんだよ)
護衛を募集する理由は、分かる。
その最もたる理由は先日起こったルシファルス家襲撃だ。
あくまで、犯人はあの規格外な『傲慢』。
だが、それでも彼が再び襲撃を決行しないとは限らないよな。
必然、たった二人のルシファルス家の血筋を継いだ姫さんとこのおっさんは厳重に守護されるべきで。
そして考え付いたのは〈プレイヤー〉の運用だ。
大前提として『傲慢』対策ならば並大抵の戦力では不十分だろう。
だからこそ、強力かつ命が一つではない〈プレイヤー〉を護衛として運用するという結論へ至るのは至極当然というわけだ。
だが、問題はそこではない。
「……まず、質問を。 ――どうしてですか?」
「――それは、あまりに抽象的だね」
「あぁ、失礼。 ――何故、俺を選んだんです? こう言っては何ですが、俺ほど怪しい奴は居ませんよ? それに姫さんにはちょっとばかりキツイことを言った。 どう考えても、適任ではないと思います」
あの馬車での俺の言葉は姫さんの心の傷を多少は抉った筈。
最後は良い感じで締めくくったが、アレはあくまでその場しのぎだ。
俺が最初に言ったあの言葉が消えて無くなるわけじゃない。
なのに、何故俺?
「……成程。 君の困惑はもっともだ」
「ご理解いただけたならなによりです」
「――だが、やはり私と娘の意見は変わらないよ。 私は改めて君へ護衛依頼を申し込む」
「……? 娘? 姫さんのことですか?」
今このおっさん、妙なこと言わなかったか?
確かに、信用なんて誓約を交えればどうにでもなる。
それに、俺には一度姫さんをあの地下牢から救出したという紛れもない実績があるのだ。
だから、おっさんが賛成するのはまだ理解できる。
だが姫さん、あんたはダメだ!
もしかして姫さんはマゾ体質なのでは、という実に失礼な疑惑が浮上する。
ないと……願いたい。
だけどなぁ……あの沙織の幼馴染。
あいつあんな清楚な外見の癖に、めちゃM気質なんだよなー。
もし、姫さんもあいつと同類であったのなら……
「――変態ですか?」
「……御免。 ちょっと何言ってるのか分からない」
「あっ。 済みません。 つい思考がトリップしてしまいました」
つい本音が漏れ出てしまったようだ。
やはり、俺も未熟だなぁ……
おっさんは苦笑いを浮かべながらその真相を説明する。
「――私の娘はね、あの惨劇を目に焼き付く程間近で見たんだよ」
「――――」
知っている。
『傲慢』の襲撃も、給仕たちの死も、そして彼女の後悔も。
「だから、誰かに慰めて欲しかった。 誰かに涙を拭って欲しかった。 でも君が送ったのはそんな綺麗事じゃない。 ――叱責だ」
「……済みません」
あれ、もしかして俺叱られるために来たの?
この人姫さんの父親だから絶対馬車での一連の出来事、把握してるよね?
どうしてよう、逃げようかしらん。
しかし、相手は俺が傷付けてしまった姫さんの父親なのだ。
なら、俺は甘んじて罵倒を受け入れよう。
確かに、策謀には失敗した。
だが、それでも今の俺には後悔はない。
あれほど心の底から出た本音を吐き出したのは何時振りだろうか。
分からない。
感覚が無くなる程、誰かを欺き続けていた。
でも、あの言葉に嘘偽りという虚飾は無かった。
なら、それでいいのではないか。
だが、どうやらその懸念は杞憂だったようだ。
「――安心するといい。 私は、別に責めている訳じゃない。 いや、逆だ。 ――私は、君を称賛するよ」
「はぇ?」
流石にこの発言にはビックリした。
ま、まさか……!」
「一家揃ってマゾ体質……!?」
「違うから。 それと、あまり貴族を舐めないように。 たまにマゾな人はいるけど、それが全員ってわけじゃないからね」
あ、マゾ居るんだ。
それはそうと、
「……どういう意図を以て俺の発言を許容するんですか? 少なくとも、僕は彼女を責めましたよ?」
「それでいいんだ。 罪の無い人々が理不尽の極みとはいえ自分のせいで殺される。 その責任はあまりに強大で計り知れない。 それに、適当な甘言を吐いたとしてもいつか絶対に自分を責める時が来る。 無闇な救済には何の意味も持たないよ」
「……ですが」
「――少なくとも、君の叱責に娘は救われた」
「……はっ?」
意味が、分からない。
俺はただ、自分の本音をぶつけただけだ。
だというのに、どうして姫さんが救われる?
「娘は、君のように誇り高く生きたいそうだ。 あの時の娘の顔を見た時、私としたことが思わず涙がこぼれたよ」
「……俺は、姫さんのような人間じゃない。 姫さんは何か勘違いを……」
「――たとえそれが見当違いだとしても、私は君を認めるよアキラ君」
「……理解できませんね」
「ハッハッハ。 今はそれでいい。 君は私と違ってまだまだ有り余るほどの猶予があるんだ。 その時間の中でその答えを探すといい」
「――――」
仮に、このおっさんの話が事実だとしても。
俺は、姫さんの感情を生涯理解することはないだろう。
今はただ、そう漠然と理解できた。




